その16 不可解な第三者

「やはり憲兵軍の学者共が言った通りだ、ディーゴンの死体には不可解な点がいくつもある」


 とある豪邸の一室の中。

 窓から差し込む月光に照らされた書類を眺めては、魔法道具から聞こえてくる声に耳を傾ける。


「学者共いわく、ディーゴンの体をバラバラにして横50m、縦10mの深さほど地面をえぐるの火力を出すのは常人では不可能だ。ましてやアクセルが使えるだけの力がないランタンならなおさらだ。つまり―――」

「―――あの場所にランタンとディーゴン以外に誰かがいた、ということになるな」

「……ランタンは鳥を見たと言っていた。意識が途切れそうな中、顔を覗き込んできたそれは鳥にそっくりだったと。『無意識に近い状態で、だけど瞳の中には確実にそれが映った』と」


 ……鳥の魔物や亜人の種類なら沢山いる。

 だが問題なのはその中にディーゴンを潰すことができる力、もしくは技術や魔法を持った生物はいないことだ。

 図鑑でそんなことができる鳥人間がいるのか調べてみたが、想定通り望んだ答えは得られなかった。

 

 ……本当にディーゴンは死んだのか?


 にわかには信じられなかった。

 というのも彼は前にとある国の都市に一人で入り口から侵入し、破壊の限りを尽くしたという事件があった。

 そこへ駆けつけたダマスカス級の冒険者10人は再起不能。

 全員、たった棍棒を一振りされただけで終わった。

 多くの市民が逃げ込んでいた魔法壁も50回棍棒で殴打したのちに破壊、中心にいた真竜の巫女に近づこうとするが遅れて到着したアダマンタイト級冒険者と対峙して戦闘。

 両者引かない戦闘が30分間続いたが、さすがに不利だと感じたのか、それともただ飽きたのか、ディーゴンは呼び出した部下をおとりに使ってその都市を離れた。

 

「そもそものランタンの証言は変だ。『意識が途切れそうな時に鳥を見た』と言っていたが私が会った時ランタンの体はどこもおかしくなかった」

「……と、思うだろ? だがランタンの体には誰かが回復魔法をかけた痕跡が残っていた」

「回復魔法の痕跡?」

「ランタンは冒険者を助けるために〈アクセル〉を使った、これはギルドにいたトムサが証言している。1秒で350m移動できるようになるレアスキルだがランタン本人は魔力が極端に少ないため使い切ろうとしたら1日に30秒しか仕様できない。町からライフ草原まで約5km、そこまで移動するには約15秒ほどだからランタンの魔力は少なくとも残り1/2になるわけだ。だが、身体を魔法道具で調べてみると……魔力は全く減っていなかったのだ」

「……」

「つまり、どういうことかというと『他の誰かがランタンに回復魔法をかけた』ということになる。オークがそんなことをするわけがないだろうし……君も知っての通りできないだろうしな」


 魔力を回復する手段はいくつかある。

 主に薬を飲んだり、休息をとったり、魔法を使用するしかないが、魔法を使用する手段以外は全て『回復速度が速くなる』程度なのだ。

 時間をかけなければいけず、いきなり魔力が満タンになることはない。それをある特定の魔法なら一気に回復させることもできるが……それはアダマンタイト級冒険者の数人しか使うことができないほどの超高度な第10階位魔法なのだ。


 魔法には1~10階位まである。

 1階位はとても簡単な魔法だが、数が上がれば上がるほど取得する難易度の高い魔法になる。

 10階位には『魔力を回復できる魔法』の他にもテンペストという範囲内全てを木っ端みじんにする魔法や、目ではとらえることができない魔力の塊を高速で発射し、触れた場所全てを消すがその断面は青く光るというテラマジックアローがある。


「……疑問が浮かびすぎてキリがないから一旦置いといて、問題はその『鳥の目的は何か』ということだ」

「ディーゴンはペンタグラムに入る逸材だと言われていたと聞いていた。それが力任せに暴れまわっていたから見限った誰かが止めに入ったのでは?」

「あのディーゴンを止められるのはペンタグラムの奴らぐらいだろう。だがそこまで大胆な行動ができるとは思えない。大きな役割を担っているあいつらがそれをほっぽりだして他国に潜り込むなんて考えられないからだ」



 『五本柱の王達(ペンタグラム)』

 この世界を支える柱と呼ばれ、生物とは思えない力持った5人のことの総称。神竜級や使徒級の実力を持った人々と言われている。それは国の王だったり、組織の長だったりする。

 この世界で使徒級オークを倒せるのはペンタグラムとアダマンタイト級冒険者ぐらいだろう。

 そして私も一度だけその内の一人に会ったことがあったが……思い出しただけでもあの直感が蘇る。『こいつとはここで戦ってはいけない』と感じたことを。



「私の他に近くにアダマンタイト級は―――」

「いないに決まってる。動きがあればすぐに各国に連絡が来るはずだし、無断で他国の領土に入るのはタペルタ条約で禁止されているからな」

「じゃあ……一体誰が……―――」

 

 第10階位魔法を使い、ディーゴンを叩き潰すほどの力を持った生物……アダマンタイト級冒険者でもなく、ペンタグラムでもない……


「……だが、鳥に似たやつなら近くにいた。書類の4ページを開け」

「2人分のステータスが載ってあったが。これがどうした?」

「今日ギルドに入ったばかりであり、ランタンに助けられた新人達だ」

「―――まさかこの2人がディーゴンを倒したかもしれないと言いたいのか? だがステータスはどう見ても……」

「その通り、凡人より少し上のただの医者と弟子だ。だがその医者のほうは素顔を見せず変わった鳥のようなマスクを身に着けているらしい」

「それだけで疑っているのか?」

「ああ、そうだ」

「……バカバカしいな」

「それで結構だ。どうせ暇なんだし、違えばそれでいいし、当たってたら運がいいだろ?」


 ……彼と話すときはいつも疲れる。

 言ったことは絶対に曲げない、逆に言えば他人からいくら注意されようとも絶対にそれを変えようとはしない。

 それに付き添わなければならない私の身にもなってくれ。 


「それで、ギルド本部からわざわざ私に連絡しに来たということは……何か用事があるんだろう?」

「ああ、君に新しい任務がある。『サハタダ・イネプトの追跡&監視』だ」

「……」

「……どうした?」

「いや、なんでもないさ」


 ベットに立てかけた剣を何も考えずに鞘から抜き出した。


「そうそう。一応言っておきたいんだが——」

「分かってる……大丈夫だ」


 刀身が月光に照らされ鈍い光を放つ。その色は他人からすればとても綺麗だとは呼べないだろう、だけど私にとってはそんな光が自分らしくいるための唯一の道しるべなのだ。

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