第40話 チーム結成?
話に一段落ついたと言わんばかりに、由美子は十畳間に突撃した。
「朝ですよ! むしろ、もうすぐ昼ですよ!」
遠慮して、離れたところからそっとのぞいていた司にも、布団の上にごろごろと並んでいる男たちの一部が見えた。
「ともかく、私と山田さんは帰りますから!」
「うえー、先生、待ってくださいー」
なんとも情けない緑川の声が聞こえた。
「帰りはご一緒したいですぅ」
「おい、ミドリ。来るときは別行動だったのか?」
海獣のごとき有村が、ごろんと彼の方を向いた。
「俺は先乗りでしたからぁー。先生ー、待っててくださいよぅ」
Tシャツと半ズボンという恥ずかしくない姿の緑川は、乱れるだけの髪の毛がないせいで、他の二人よりはずいぶんまともに見えた。
陸斗は、大声が飛び交ってもぐうぐう寝こけたままだ。
下着の白いシャツと赤いトランクスという格好で布団の上に起き上がった有村に、由美子がタオルケットを放り投げた。
「山田さん、一応見苦しくない程度に隠したわよ」
由美子が遠慮なく言うのを耳にして、司は戸口に寄った。
「あの、いろいろとありがとうございました。おかげさまで、大変に有意義な滞在になりました」
「そうかい? あんたの方が、ここの親子には有意義だったと思うぞ。なあ、由美ちゃん」
「お兄ちゃんには賛成したくないけど、実際そうね」
由美子は、つんと顎をそらした。
彼らが話している間に、服やら何やらをつかんだ緑川は慌ただしく洗面所に駆け込み、着替えや洗面を猛スピードで済ませてきた。何が何でも一緒に帰るという勢いだ。
結果、由美子と司、緑川は一緒に新幹線に乗ることができた。
朝食を食べさせていないと気にする絹子が、ふくれ菓子を代わりにと持たせてくれた。
始発駅だけあって、自由席も難なく確保でき、三人で並んで座ることもできた。
周辺も空席が目立つのが好都合だ。窓際に由美子、真ん中に司、通路側に緑川が座った。
早速ふくれ菓子をもぐもぐ食べている緑川に、女性二人が朝の絹子の様子を話す。また、わかばとの出会いについても司が改めて話した。
「じゃあ、そのわかばちゃんって子は、何かが見えたらしいってことね? しっぽが長い小さい子。何かしら」
「魂そのものではないかと思うんですが、それはないですかね? ほら、人魂の絵にはしっぽみたいなものがあるじゃないですか」
緑川は、あっという間にふくれ菓子を食べ終わり、物足りなさそうな顔をしていた。
「人魂と、魂は違うと思います」
「そうよね。沖縄の言葉ではもっと明確に違うわよ。人魂はタマガイだし、魂はマブイだから」
「そうなんですか」
緑川は、残念そうに肩を落とした。
だが、ちょうど車内販売車がやって来たので、コーヒーを買うのだと伸びあがった。
「先生もいかがですか? 山田ちゃんも。おごるからさ」
彼がそう言ったときに、司はもろもろの支払いについて思い出した。
「お母様の睡眠時の問題のためという大義名分がありますから、泊めていただいたことの言い訳は立ちますけど。食事とか、有村さんにごちそうになった分も含めて、あまりにもこちらで払っていなくて」
「いいんじゃないの? お金の使いようが少ないって怒る経営者はいないでしょう」
由美子はすましてそう言った。
「それより、母の具合についての話、すり合わせておかなくちゃね」
「先生にまで、作り話をさせてしまうなんて、本当に申し訳ありません」
「とんでもない。すれたお婆さんはね、作り話の一つや二つ、平気なのよ。あなたみたいに純真な方のほうが、気が咎めてるでしょう」
「お婆さんだなんて、そんな」
「だって、あなたは私の孫に会いに行くのよ?」
由美子はいたずらっ子のような顔をした。
「それはそうです、けど」
「私が保育園のお迎えに行くことも、ないではないの。なるべく早く何とかするから、待っていて。それよりも、目先のことを片付けましょう」
由美子が話を作りあげ、司がそれを修正しつつ、森川所長に報告できるものを作り上げた。緑川は、いかにも口を出したそうな顔をしていたが、目だけきらきらさせて黙って聞いていた。
「以上、ですか?」
話が終わったと見たところで、緑川が由美子の方へ身を乗り出した。
「で、私の話も合わせますか?」
「あなた、学会の後は公認の休みだったんでしょう? 別にいいじゃないの」
「いや、だからですね。先生と山田が鹿児島にいると聞いて、休みは鹿児島観光にしたーっていうことで。それで、途中偶然出会ったっていうのは、だめですかね」
「そんな必要ないじゃない。宮崎観光したっていうことになさいな」
「そうはおっしゃってもですね。現にこうして、九州新幹線に乗っているところを誰かに見られてたら、どうするんですか?」
「どなたか、九州旅行の話でもしていたの?」
「いや、聞いてないですけど」
真ん中の席で二人のやり取りを聞かされていた司は、ちょっと首を傾げた。そのまま何事か考えて、思い切って言った。
「先生。やっぱり緑川さんとは、鹿児島で会ったことにしてください」
「あら、どうして?」
「緑川さんが、うっかり口に出す予感がするんです」
「ええー、それはなんか、ちょっと違う」
一瞬喜びかけた緑川は、相当がっかりしたようだ。
「緑川さんは、先生のことが大好きですから、どこで何を言うかわかりません」
「あのさ、山田ちゃん。それは、優しい笑顔で言うことじゃない」
「わかりました。緑川君とは鹿児島で会ったことにしましょう。ついでに、こっちからしゃべる必要はないけど、有村のお兄ちゃんに会ったことも、隠さないようにしましょう」
二人のやり取りをよそに、考え事に没頭していた由美子が、宣言するように言った。
「緑川君にとって、ゲーム業界の重鎮、っていうのは嫌だけど、そんな人に会ったのは重要な出来事でしょう?」
「もちろんでっす!」
緑川は過剰に力を込めて答えた。
「だったら、黙っていられないこともあるかもしれないわ。あなたと会ったのは偶然だけど、その後で家に呼んだってことで。でも、いいこと? 宣伝するじゃありませんよ」
「承知しております!」
「同じ職場の若い二人が、よそで会ってたっていうのもね。私っていうお婆さんもいたっていうことが、目に入らない人もいるんだから」
「ああ、それはありません」
即座にさわやかに否定した緑川を、由美子はきっとにらみつけた。
「えっ? だって、私は山田をそういう目で見てませんよ? 断言できます」
「まったくもう、あなたって人は」
「え、怒ってるんですか、先生?」
きょとんとした彼を見て、由美子はやれやれと首を振った。
「山田さん。気を悪くしないでね。この失礼な人を」
「いえ、先生。私も対象外なのは重々承知の上ですから」
笑顔を崩さずに言った司にも、由美子は呆れた目を向けた。
「あなたの場合は、自己肯定力が低すぎよ」
若い二人を交互に見ながら、由美子は脱力した。
「まあ、いいでしょう。チームとしてやっていくと思えば、ちょうどいいかもね」
「チーム、ですか」
司は頬を赤らめた。
「あなた本人は意識していなかったけど、私が探索に引き込んだ。知識のない私たちには緑川君のサポートが必要。チームと言っていいんじゃない?」
「だったら、そこはパーティーと言ってほしいですねえ」
立てた人差し指を振って、緑川が言う。
「どうして?」
「今回は、ゲームがらみじゃないですか。ゲームと言ったらパーティーですよ。ほら、山田ちゃんが姫で魔法くらい使えるとしたら、先生が僧侶か賢者、私が剣士ってとこですかね」
「あの、クリパレシリーズには、そういうシステムはないですよね?」
司が自信なさそうに訊いた。
「うん、そうだけど。まあ、パーティーを組むってゲームの王道じゃん」
「あら、パーティーっていうのは一時的なものでしょう?」
由美子は不思議そうだ。
「参加者個々よりも、そう、ゲームで言うなら、悪役を退治してくれって頼む王様だとか村長だとかがいるんじゃないの? そういう依頼主の目的のもとに集まった、いわばその時限りの関係でしょう。チームなら、構成者が同じ目的の元に結束する意味合いがあると思うんだけど。英語が得意じゃないから、間違っていたらごめんなさいね」
「先生は、便宜上一時的に集まったのではないと、考えてくださってるんですね?」
司はどことなくもじもじと、恥ずかしそうな顔をした。
「日本人的な発想かもしれないけど、そうね。チームの方がしっくりくる」
「なるほど」
緑川も大きくうなずいた。
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