第35話 酔っ払いたち

「やっぱりって、なんだよ?」

 有村は、煽るように言葉をぶつけた。

「見えたんだな? アラクネーダの動画を見たときに。由美ちゃんには、そういう力が有るんだろ?」


「そういうこと、勝手に想像しないでよ」

 由美子はまなじりをつり上げた。

「力だなんて、アニメか何かみたいに、無責任なこと。ああ、アニメじゃなくてゲームだったわね」

 常の由美子にはなく、吐き捨てるように言ったことに動揺したのか、緑川が片手を上げた。

「いや、先生。そこは、お言葉ですが」

「何、緑川君。憧れの人と半日過ごして、早速肩を持つの?!」

 見たことのない彼女の剣幕に、緑川はさっと青ざめた。


「先生、ちょっとお水でも飲みませんか?」

 いつの間に席を立っていたものか、司が水の入ったコップを差し出した。

「え? ああ、ありがとう」

 由美子がぐっと飲み干すのを見つつ、全員が黙り込む。


「先生、差し出たことを、申し訳ありません」

 まず、緑川が頭を下げた。

「いや、お前のせいじゃない。さすがに俺が悪かった。デリケートな話題を簡単に扱いすぎた」

 緑川と一堂に向けて言った有村は、由美子に向かって頭を下げた。

「よくよく知ってるからこそ、俺を毛嫌いしてるんだろうに、何度もすまない」

「本当に、今更だわね」

 ふうっと長く息を吐いて、由美子は頭を軽く振った。


「うん。俺が由美ちゃんを嫁にもらってれば、もっと早く解決したかもしれないのにな」

「はあ?!」

 すっとんきょうな声を上げた由美子だけではなく、さすがに全員が驚いた。


「どこがどうなって、そういう話になるのよ?」

「いやさ。由美ちゃんみたいな力の持ち主には、いろいろと苦労があるだろうと思って。俺になら、おばちゃんのことだって隠さなくていいし」

「あら、ご心配には及びませんでしたのに」

「そう。結果的にはそうだった。結婚相手が沖縄の人だって聞いたとき、話してくれたおばちゃんは憤慨してたけど、俺はそういうことかって思った。ユタだかなんだかの、そっち方面のつながりがある相手を見つけたんだろうなって」

「あらまあ。ずいぶんな深読みだこと」

「違うのか? どっちにしても、俺がさっさとプロポーズすりゃよかったってことだよな」

「なんで、そこに戻るのよ」

 由美子はお手上げのポーズだ。

「そもそも、私が結婚したのはずいぶん後よ。とっくに結婚してたんでしょうに」

「いや、俺は今でも独身だぞ。知らなかったのか?」

「ええっ、六十過ぎてるのに?」

「あのう、声優の方とご結婚されてますよね?」

 緑川がそろそろと口を出す。

「いーや、籍は入れてない。同居してるだけだ」

「この人非人!」

 由美子が叫ぶと同時に、なぜだか司もこくこくとうなずいた。


「あのう」

 妙な雰囲気に包まれた場で、陸斗がそろっと手を挙げた。

「はい? リク君」

 由美子が手を向けると、いかにも先生が生徒を指名する格好だ。

「アラクネーダのときの話、しなくていいのかな…?」


 陸斗を除く全員が、一瞬にして水をかけられたような顔つきになった。


「それそれ、その話をしてたんだったわね」

「酔っ払いの中に、まともな人間がいるってのは尊いな!」

 由美子と緑川に言われて、陸斗は気まずそうにうつむいた。


「ということで、改めて、リク。そのときのお婆ちゃんは、自分の目と頭はゲームに向けていて、他の部分が夢を見てしゃべっていたと、そういう感じでいいかしら?」

「うん? うん、そうかも」

「で、話した内容だけど。いつもなら、夢の内容はぼんやりとでも覚えているはずよね? 本人が。あんたが見るとどう?」

「うん。居眠りをしてしまった、面白い夢を見た、って言って、内容を話してくれる。だけど、あのときは違った。一回、アラクネーダの攻撃が入ったの、覚えてます?」

 由美子は首をひねったが、緑川と司は「あったね」と応じた。

「ゲームでも、自分のキャラが攻撃をくらったら、あいた! って叫ぶんです。痛いって。いつも。あのときも、そうだった。あいたって言ったと思ったら、空気がごっそり変わった。いつも通りに戻ってた」

「ああ、しゃべりが珍しく遅れたよな。あいたっていう声も聞きとれた」

「孫が攻撃されて、我が事のようなお婆ちゃんっていうコメがありました」

「何か理由があって、撮り直しちゃいけないって思ってたから、焦りました」

 緑川と司の反応に、陸斗はずいぶんほっとしたようだ。


「それで、ここまで来たっていうことは、あれで伝えようとしたメッセージの受け手だってことでしょう? この中の誰かが」


 とっさに緑川が、やや遅れて由美子も、司を見た。


「そうなんだ。意味、わかりましたか? 山田さん」

 陸斗は期待に満ちた目を向けている。


「…鹿児島弁の意味がですか?」

「そこじゃねーだろ!」

 わざとらしくがっくりコケて、有村がツッコミを入れた。

「ここ、全員コケるとこじゃねえのか? 笑いはよくわからんけど! 何にせよ、山田さんよ。おばちゃんが、あんたと何かをつなごうとしてるのは間違いないぞ」

「つなぐ?」

「単刀直入に聞こう。今回、話題になってるのはクリパレⅥだ。その中に、引っ掛かりがあっただろう?」

 司は、うかがうように由美子の顔を見た。

 彼女がうんとうなずくのを見てから答える。

「ありました」

「どこだ?」

「結び目を解いて中に入れ、という言葉です」

「ふん。理由は聞かない。それで、ミドリもそこのところに突っ込んできたのか?」

「実は、そうです」

 平伏するようなポーズで、緑川も答えた。

「よし。じゃあ、ちょっと整理するか。リク、アラクネーダのところで、おばちゃんがしゃべった内容を、聞き取れた限り言ってみろ」


 陸斗は、ズボンのポケットから小さなノートを取り出した。

「もしかして、夢の内容を書き留めたもの?」

 由美子がしげしげと彼の手元を見た。

「うん。目の前で書いたらいけないかと思って、でも、できるだけ早く書いてる」

 彼は、ページをぱらぱらとめくった。


「おまえは、また来たのか

 名乗りもせず、無礼者め

 失くしたのは私が悪いだろう

 言われたようにした

 何か文句があるのか

 返せ返せって、どうやってあっちに伝えるのか

 うるさい

 ほどけ、早くほどけ

 返さなくては」


 箇条書きを淡々と読み上げる。


「ちょっと待って。失くしたのは私が悪いって?」

 由美子が眉をひそめた。

「責任を感じるような何かがあったのかしら。リク、相手に心当たりは?」

「うーん…、でもなあ」

「何かあったの?」

「あのう、クリパレⅥって、僕が鹿児島に来たころは、もう出来上がってたといっていいんですよね?」

 陸斗は有村に問いかけた。

「おう。細かい手直しはあったが、確かほぼ完成品だった」

「じゃあ、取り入れられてるのって、僕じゃなくて有村さんが聞いた夢だけですよね?」

「あ? Ⅵに関して言えば、そうなるな。だけど、今の言葉に関係したような話、聞いた覚えがないぞ。結び目の件だって、さっき言った通りだ。結び目を解くマリアのメダイをくれたのは、おばちゃんの知らない奴だし」

「じゃあ、クリパレに囚われすぎてもいけないってことかしら。惑わされて、違う道に踏み込んでしまうかも」

「そうかもしれん。混乱の毛糸玉は巻き直すべし、だ」


 とたんに、がたんと音がして「いったぁー」という司の情けない声が、一同を驚かせた。

「おいおい、どうした?」

 有村が、呆れたように言う。

「す、すみません。その、思い切り足をぶつけまして」

 急に立ち上がろうとして、膝小僧をテーブルに打ち付けたらしい。

「痛いって言ったのか。ホームラーンって続けそうになったぞ。大丈夫か?」

 緑川が同情しつつも笑うと、由美子は眉間にしわを寄せた。

「あっ、すみません。不謹慎でした」

 緑川がその表情に気付いて慌てるが、彼女は別のことに気を取られているようだった。

 

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