第30話 おもてなし
有村が陸斗と話をしている間に、台所仕事を片付けてしまうという絹子が中座した。
来訪組三人は、それぞれに物言いたげなそぶりを見せつつ、何となく黙り込んだ。
しばらくして、話の口火を切ったのは由美子だった。
「発売前のゲームをやるっていうのは、商品モニターみたいなものかしら?」
「ざっくり言うとそうですね」
緑川は、どことなくほっとしたように応じる。
「個人的な知り合いということで、身内に頼むような開発初期のものをされているんじゃないかと思います。限られた人数だけが無料で試せるようなものもあるんですが。期間限定で誰でも遊べたり、発売までにはいろいろあるんですよ」
「発売後に、重大なミスが発覚しないようにということかしら」
「まあ、そうです」
「ゲーム好きなのは知っていたけど、一体いつから、こんなことしてたのかしらねえ」
由美子は独り言のようにつぶやいた。
「あの。お母様のゲーム歴は長いんですか?」
緑川は、興味津々なのを隠さない。
「そうねえ。リクが小さいとき、一家で帰省した兄が教えてくれたんだけど。家にゲーム機があったぞって」
「そのころ、この家に住んでいたのは?」
「父と母、二人暮らしよ。そのゲーム機、新しいものじゃなかったらしいわ。もらったのか、中古で買ったのか、どうしたものか、教えてくれなかったんですって。そのころはまだ、兄の一家も年に二回は帰省していたから、本当にその時期に、手に入れたはずなんだけど…」
当時を思い出してか、由美子はしきりに首をひねっている。
「兄は、子どもには絶対にゲームを買い与えないって言ってたから、興奮して電話してきたのよ。リクが欲しがって困るって。つまり、リクにゲームを教えたのはお婆ちゃんなのよね」
「なんだか、ほほえましいですけど。孫とゲームするお婆ちゃん。今だって、うらやましいですよ。いい感じじゃないですか」
「まあね。兄が同居しようって勧めても、がんとして受け入れない人だもの。リクが一緒にいてくれるのは良いことだと思うけど…」
話をしているうちに、台所からは、じゅうじゅうという音と、香ばしく食欲をそそる香りが流れ始めた。
「おや、この匂いは唐揚げだな」
緑川は、鼻をひくひくさせた。
「若い人には唐揚げっていうのが、母の定番なの」
「えっ、我々もご相伴にあずかれるんですか?」
緑川は素直に嬉しそうだ。
「有村のお兄ちゃんが来るのが予定通りだったんなら、相当の量が出てくるはずだわ。たくさん食べる人が大好きだから、遠慮しないで食べるといいわよ」
「そうなんですか! ラッキー!」
「あなた、この家に来てからずっと、嬉しそうねえ」
由美子は、本気で呆れているようだった。そして、母を手伝うべく台所に立って行った。初めてのお客様に手伝わせるわけにはいかないと、司を強く押しとどめて。
「食事時には、有村さんの話が聞けるぞ」
二人で残されて、緑川はにこにこと司に言った。
「そこのところは、緑川さんに期待します」
「期待って何?」
目を丸くする彼に、司は静かに続ける。
「例えば、あのセリフです。結び目というものを思いついたのは、何かきっかけがあったのか、とか」
「お、おう」
「そういえば、お母様の動画の声のことも…」
「ああ、それ!」
緑川は、考えようとしていた司が驚くほどに反応した。
「先生が、変なこと言ったよな? あの動画、ヤゾロシカーの前には何も聞こえなかったぞ、婆ちゃんの声。だろ?」
「はい。私も聞こえませんでした。でも、先生はここに来る前から、聞こえた言葉があるっておっしゃってました」
「そうなのか? で、何だったっけ」
「…返せ返せって、どうやって伝えるのか、という意味だと思ったんですが」
「何のことだろうな。そもそも、言った本人が覚えてないんじゃ、どうしようもないじゃないか」
「そうですね。でも、陸斗君がマイクを近づけたって言ってるんだから、意味はあると思うんです。ただ、お母様の気分を害することなく、どうやって聞き出すかなんですが…」
司と緑川が考え込んでも良い案は浮かばず、やがて、唐揚げを大盛にした大皿を持って、由美子が入ってきた。
「山田さん、お皿を運ぶのだけ手伝ってもらえるかしら。私はあっちの二人を呼んでくるから」
「その必要はないぞー」
大きな声と共に、有村が部屋に入ってきた。その後ろに、陸斗もちんまりと続いている。
「はいはい。それじゃあ、山田さん。一緒にお願い」
やがて机の上いっぱいに料理や取り皿が並び、昼だというのに缶ビールまで並んだ。
緑川は恐縮したものの、有村は当然の顔をしてグラスを手にしている。
「ファンと直接語らう、めったにない機会だからな。君も遠慮しないで、いただくといい」
「そげんですよー。どうぞ、遠慮ばせんで。どうぞ、どうぞ」
緑川は、ちらりと由美子の顔色をうかがった。
「君は、由美ちゃんの生徒じゃないだろう。ほら、飲んだ飲んだ」
「では、少しだけ」
緊張しながらグラスを差し出す緑川を見て、由美子もふっと笑った。
「おなごんこも、遠慮ばすっことはなか。山田さんも、飲んでくいやい」
絹子が司にも勧めてきたが、こちらはさすがに断った。
「せっかくですが、お酒は弱いものですから」
「じゃあ、食べてください。遠慮はせんでなあ」
「はい、いただきます。いきなり押しかけてきて、こんなにお手数をかけてしまって」
「いんにゃ。特別なことはなーんち、しちょらんで。早いだけが取り柄じゃっでなあ。田舎料理で、口に合うかどうか」
絹子は謙遜したものの、唐揚げを食べた司は目を見張った。
「おいしいです。からっと揚がっているのに、肉汁がたっぷりで。にんにくと、生姜と、他には何が入っているんですか? 深みのあるお味ですね」
「そこらにあるもんを入れただけですが。ああ、はちみつだけはな、テレビで見てから、入れるようにしちょっど」
「唐揚げは、昔からどっさり作ってたわねえ。お兄ちゃんの友だちも、みんなこれが目当てで」
由美子も、目を細めて食べている。
唐揚げの他にも、作り置きだったらしい大根と人参、鶏肉の煮物や数種類の漬物、煮豆、豆鯵の南蛮漬けなどが並んでいる。
体格から想像できる通りの豪快な食べっぷりの有村の陰で、陸斗はちびちび食べていた。
「おばちゃん、忘れんうちに言っとく。新しいソフトは、今月中に頼むよ。後は、リクにちゃんと言うちょっから」
有村が言い、絹子がうなずいたところへ、由美子がすかさず入った。
「ゲームのそれ、仕事なの? 二人は、もう長いことやってるの?」
「仕事っていうか、俺が一方的に助けてもらってんだな。最初は、リクがこーんな小さかったときだった」
有村は腕を伸ばして、幼子の身長らしきものを示した。
「墓参りに帰ったときだったよ。家もないのに、なんとなく足がこっちに向いてしまってな。たまたま、そこら辺でおばちゃんに会って、上がって茶どん飲んで行けって誘ってもらって。何の仕事をしてるかって聞かれたから、ゲームを作ってるって言ったら、遊んでるんじゃないかと勘違いされたなあ。なあ、おばちゃん」
「じゃったけ。世ん中にゃ、いろんな仕事んあるもんじゃー。なあ」
「もしかして、有村のお兄ちゃんが、お母さんにゲーム機をくれたの?」
「そうだった。ともかくやってみてくれって、無理やり送り付けたんだ」
絹子と有村は、顔を見合わせて笑いだした。
「父ちゃんにもやれって言うたが、やらんじゃった。びんたの疲れっち言うてなあ」
「頭が疲れるってことね」
由美子が緑川と司に説明する。
「あたいは、父ちゃんが昼寝んしとるうちに、ちっとずつやって、昼寝をせんようになった。お陰で夜はよう寝られるようになって、かえって元気になったど」
絹子は、胸を張ってそう自慢した。
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