第18話 公式と非公式
司は、時計を見た。
緑川の着信があってから、二時間近くたっている。そして今、既読をつけてしまった。
スマートフォンの画面を見て眉間にしわを寄せた司だったが、それをそのままテーブルに放り出して、部屋の隅のパソコンに向かった。
司のお気に入りには<クリパレ>が入れてある。
クリックして開くと、<クリスタル・パレス>公式ホームページが表示された。
最新作であるⅥを大きく扱ってはいるが、シリーズすべてを見ることができるようになっている。
司は、このホームページで<クリスタル・パレス>がどんなものであるかを知った。
緑川と話したときは酒を飲んでいたせいもあって、とっさに思いついたのはかつて実在した建物のことだったが、後から考えればゲームの名前くらいは聞いたことがある。いや、名前くらいしか知らなかったのだが。
それによると、物語はこうだ。
とある世界に、クリスタル・パレスと呼ばれる打ち捨てられた城がある。遠い昔、世界を我が物にしようとする魔王と、それを阻止しようとする王の軍が激しい戦いを繰り広げた。
若き王は、苦難の末に手に入れた古の剣で魔王を倒し、玉座の下に封印する。世界は救われたが、王もまた全ての力を使い切り、永遠の眠りについてしまう。
ちなみに、王が魔王を倒す剣はシリーズすべてで共通しており、緑川が落としたキーホルダーが、その剣<永訣の大剣>である。
その世界のずっとのちの時代。悪心を起こしたものの企みによって、魔王が復活してしまう。魔王はクリスタル・パレスを巣窟とし、再び世界を悪に染め上げようと動き出す。
それを止めて世界を救うべく、プレイヤーは勇者となって闘うのだ。
主人公である勇者の設定は、作品ごとに違っている。
Ⅵでは、プレイヤーは使用するキャラクターを、二人のうちどちらか一人選択して進めることになる。
その二人とは、幼い姉弟。
姉は十歳のアマレーナ。弟は七歳のノーチェ。シリーズ史上、最も若い勇者候補たちだ。
アマレーナは賢くて大人びているものの非力。ノーチェはいつも姉の後ろに隠れているような性格だが、すばしっこくて目端が効く。
シリーズを通してプレイしてきたファンたちの間では、<永訣の大剣>を手に入れるまでにも魔物との闘いがあるし、幼い子どもにどんなことができるんだと否定的な話題になったようだ。
戦闘シーンを楽しみにしているファンたちは、買わないと早々に宣言したり、絶対に仕掛けがあるのだからと楽しみにしたりしたようだ。
その辺りの様々な意見について、司は非公式の攻略サイトで見た。
最初に<クリスタル・パレスⅥ>で検索したところ、上位には攻略サイトばかりが上がってきたせいなのだが。
実際にプレイしない司は、攻略サイトをいきなり見ても迷うばかりだったのだが、そのうちに、ストーリーを把握するのに役立つことに気付いた。
この先もプレイすることはないのだから、ネタバレ注意と書かれているところを、むしろ積極的に見ているからこそだろう。
なので<水晶宮 クリスタル・パレスⅥ攻略>も、お気に入りに登録してある。
公式の新着ニュースを読んで、新しくアップされたムービーを見ていた司は、スマートフォンの着信音に、軽く眉をひそめた。
思った通り、緑川からのLINEの電話だ。
一瞬ためらったものの、司は電話に出た。
「ああ、山田ちゃん。今、大丈夫?」
「はい。お返事してなくて、すみませんでした」
パソコンから離れて、クッションを抱えるように座る。
「いや、いいんだ。外だったら悪いと思ったから」
「ああ、えーと、病院に寄ったもので」
ずるいと解っているせいで、少々顔をゆがめながら司は言った。
「そうなんだ。そのことも先生から聞いてたんだが。耳の具合が悪いのに、ごめん。大丈夫か?」
「はい。今日のところの症状は、改善しましたから」
「そうなのか? つらくなったら言ってくれ」
「はい」
「先生から連絡があったって、読んでくれただろ。先生は、ゲームのことはわからないから、俺から聞いてくれって。先生の甥ごさんの話も聞いた。シルクロードなら、俺も知ってる。見たことあるよ」
「はい」
「寺田っていう子のことは、俺も知らないけど、なんていうか、すごい縁じゃないか。これは、ほっといていいことじゃない。絶対意味がある」
「はあ」
「すまない。当事者の山田ちゃんには悪いけど、正直言って興味がある。気になってたまらない」
「わかります。私も、他人の話だったら、興味を持ったと思います」
司は、パソコンを見やった。アマレーナが素焼きの鍋らしいものを両手で持った姿が大きく写し出されている。
「ただ、最初に打ち明け話をしたいはずなのは、時任なんです。なのに、この話は時任にするべきじゃないと思うのが、辛くて」
「うん。時任にはなあ」
強い同意を聞き取って、なぜだか司はクッションに伏せった。
「なんだか、辿るべき道が混乱っていうか、変質してしまう気がする。いや、あいつの何がどうっていうんじゃなくて、世界が違うっていうか、なあ」
「それだけじゃないんですけど。緑川さんには、お話してるって時任が知ったら、傷つくと思いますし」
「うん、山田ちゃんはあいつと仲がいいからな」
司は、髪の毛を掻きむしった。
「ともかく、先生から今日のこと聞いて、絶対クリパレが鍵だって思ったんだ。山田ちゃんは、結び目を解かなきゃならないんだ」
「どこの? ですか?」
間髪入れずに問いかけて、司は肩をすくめた。
「クリパレⅥって、もう二百万本以上売り上げてるそうですね?」
「ん? ああ、そうだな」
「そんな、世間に広く行き渡っているゲームと、私みたいな人間と、一体どこに共通点があるんですか?」
きつめの口調で一気に言ってしまった司は、はっとして起き上がり、電話の向こうにぺこぺこと頭を下げる。
「すみません、つい」
「いや、当然のことだ。でも、それはシンクロニシティってもんじゃないのか」
「はあ」
シンクロニシティ。同時性。
「今までは、山田ちゃん自身が気付かないうちに耳にしたセリフを、繰り返し思い出してるんじゃないかって考えていたんだ。けど、今日、先生の話を聞いたら、それは違うんじゃないかと思って」
「はい?」
「先生が隠してた能力。見えてしまうってやつ」
「ああ」
司は天井を見上げた。
「見えないものが見えてしまう、って、おっしゃいましたが」
「うん。そういう言い方だった。それってつまり、霊感があるってことだろ」
「そうなんでしょうか。なんだか違うような気がしますが」
「どうして?」
「陽炎のようなアメーバのようなもの。ぱっと光る。私の横に浮かんでいるものは、そんなものだそうです」
「そうなのか?」
緑川は、驚いた声を出した。
「とあるものを見たとしか、聞いてなかったんだ」
「そうですか。それ、今言った通りです。空間のゆがみともおっしゃいました」
「そこから、クリスタル・パレスにつながってる?!」
「ちょっと、それは極端です」
司は再び、クッションの上にべったり伸びた。
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