第13話 一の子分


「まあいいや。お客様の個人情報を守るっていうのは、正しい姿勢だからな。俺も聞かなかったことにする」

「すみません」

 司は、ほっと胸をなでおろした。

「ただし、クリパレファンとしても、山田ちゃんの話は気になる」

「はう?」

 表情はさほど動かないのに、司の口からは妙な音が出た。

「もし、わかったことがあれば、教えてほしい」

「えーっと、あの」

「はい、こういうときは、まずLINEだろ。スマホ出して」

「あの、私、そういう付き合いが悪いと言われてまして」

「大丈夫、大丈夫。俺もゲーム中は放置してる。電話も出ない。そこのところは気にすんな」


 勢いで友だち登録させられた司は、その店の分をおごってもらい、タクシーでもアパートの近くに回ってもらった。

「じゃあ、とりあえず動画を探してみろよ。クリパレⅥ、結び目、で見つかるはずだから」

 タクシーの車中で、緑川は何度も念を押した。

「じゃあな、山田ちゃん。お疲れー」

 彼は、走り去る車の中で勢いよく手を振っていた。






 その翌日。


「あっ、いた! 山田のお姉さん!」

<こもれび>に寺田直哉が再訪した。


 光の目覚ましを買いに来たという彼は、真っ直ぐ司を目指して来た。

 目の下の隈が消え、唇の端に笑みを浮かべているだけで、初めて来店したときとは別人のようだった。

「かなり大きな商品になりますが、お持ち帰りで大丈夫ですか?」

 直哉は学校から直接来たとわかる制服姿で、鞄も持っている。

「そんなに言うほどだったっけ?」

「箱に入った状態だと、更に大きいですから。ちょっと出してみましょうか」

 司が目を上げると、こちらを気にしていたのだろう、時任がすすっと寄ってきた。司は型番を告げて、商品を持ってくるように頼んだ。


「あのさ」

 時任の後ろ姿を見ながら、直哉はいかにもさりげなさを装って言った。

「昨夜も、なんだかあくびが出るから、早めに布団に入ったんだ。宿題がちょっと残ってたんだけど。電気消してもぞもぞしてたら、あっという間に寝たみたいで。今朝は、早い時間にすいっと目が覚めたんだ」

「あら、目覚ましの必要がないじゃないですか」

「だけど、今日だけかもしれないし。母さんに頼んだら、すぐに金くれたから」

「気に入ってお買い上げいただけるのは、嬉しいことです。ありがとうございます」

 司が礼を言うと、彼は照れ笑いをした。

「それとさ。教えてくれたフレイヤのこと、ググってみた。猫が牽く車に乗った絵とか出てた。見た目普通なのに、女神よりすげえ猫なんじゃね?」

「サイズ的に、相当な力持ちっていうことになりますよね」

「そうそう」

 直哉は笑いながら応じ、胸を張って続けた。

「それで、入学して初めて、自主的に図書室に行ったんだ」


 商品の箱を抱えて直哉の背後に近づいていた時任が、司の顔を見てくすっと笑った。


「そうですか、初めてですか…」

「うん。図書室ってすげえのな。北欧神話の本があった。誰が読むと思って置いてんだろ」

 すでに立ち止まっていた時任が、たまらずぷっと吹き出した。

「…って、俺だよ。ね?」

 笑い声で振り返った直哉は、時任に向かって言った。

「はい、こちら商品になります」

 高さが七十センチはありそうな長細い箱を抱えていた時任は、直哉にぐっと近づいた。彼はそのまま手を出して箱を受け取ったが、一瞬目を見張った。そしてすいっと目を逸らした。

 時任は、少々いたずらっぽい目つきになったが、さすがに口を閉ざしていた。

「うーん、確かに大きかったな」

「重さはそれほどでもないんですけどね」

 では、と軽く頭を下げてその場を離れた時任は、遠くまで行かずに様子を見る構えだ。

 持ち帰るのは止めて、宅配便で送ってもらうことにした直哉は、レジカウンターに行って支払いをすることにした。

「使ったの以外にも、変わった枕がたくさんあったからさ、今度は昼寝で来て使ってみようかな」

「お待ちしております。ひょっとして、肩こりですか?」

「うん」

「ストレッチもお勧めですよ」

「そうだろうけど、商品売りつけなきゃだめじゃん」

「それは、その、存分に見ていただきたいですけど。枕売り場にご案内しましょうか」

 二人が移動するのを、時任はさりげなく目で追っていた。なにぶん、店は空いていたのだ。


 枕売り場で、直哉はああだこうだと司に商品説明を求めた。司も表情を変えずに応じる。小さな声の届きそうなところに人はいない。

「ところで、クリパレⅥって、ご存知ですか」

 司は、商品説明に続けて、そのままの調子で問いかけた。

 

「えー、山田のお姉さん、ゲームに興味でたの?」

 展示品の枕を撫でまくっていた直哉は、ぱっと司を振り返った。

「私がやるんじゃないんです。ちょっと事情があって、とあるシーンについて、調べたいことが」

「調べたいことって何? 元ネタ?」

 直哉はそれで、それで、というように目を輝かせた。

「…のようなものと言いますか」

 司は、言葉を濁した。

「ふうん。クリパレⅥなら、友だちが実況やってるけど」

「実況?」

 司は小首を傾げた。

「うん。あ、そういうの知らないか。俺、学校止めた友だちがいて」

「はい」

「ゲーム仲間なんだ。こっちにいたときも、LINEで話しながらオンラインでやってて、今でもやってるから、遠くに行っても変わらないっちゃ変わらないんだけど」

「ということは、引っ越ししたんですね」

「うん。一人暮らしの婆ちゃんちに行った。鹿児島」

 司はうんうんとうなずいた。

「それは、遠いところへ」

「うん。とりあえず、通信制高校に転校したって形にしたみたい。そいつが、実況やってんだ」

「クリパレの?」

「そう。それ以外にもいろいろ。実況ってのは、ゲームしながらしゃべってる動画。初見の敵との戦闘とか、ちょっとした攻略とか。わかるかな?」

「はい、イメージできます」

「そいつ、鹿児島に行ってから、実況始めたんだ。なんか、こっちにいたときより、すっげーうまくなってんの。どのゲームでも。やっぱ、やりこんでるからかな。しゃべりは相変わらずぽつぽつしてんだけど、人気あるんだ。登録者数も増えてきて、それなりに稼いでると思う」

「動画の広告収入ですか」

 納得の声を上げて、司は応じた。

「うん。生活費を出さなくていいんなら、小遣いはがっぽがっぽって感じじゃないかな」

「羨ましいですか」

「そりゃあね。頑張れば、あれで食っていけるようになるかもって思うと」

「プロとして」

「そう。けっこうきつい婆ちゃんだって言ってたけど、稼げるようになったら、肩身も狭くなくなるんじゃないかな」

「あら、厳しいお家に行かされたんですか」

「らしいよ。親父に強制的に行かされたんだって。でも、ゲームとか、動画投稿とか止められてないんだから、そこは良かったんじゃないかな。親父は、ゲームなんか止めさせろって言ってたらしいもん」

「お婆さまも、心配してらっしゃるんですよ、きっと」

「そりゃそうだな。年寄りは、心配するのが仕事だもんな」

 身近な人たちを思い浮かべたのか、直哉の目元がほんの少し緩んだ。

「ああ。ってことで、そいつの動画、見てやってくれるかな。ちょとは足しになるし」

「そうですね」

「<シルクロードのゲーム実況チャンネル>っていうんだ。そこでクリパレⅥってのから、探すといいよ」

「ありがとうございます。見てみます」

「いやあ、山田のお姉さんの方から、ゲームの話が出るとは思わなかったな。教えられることなら教えるから、なんでも聞いて」


 直哉は、その後しばらくして、機嫌よく帰っていった。それを目ざとく確かめた時任が、司を休憩に誘ってきた。


「さっきの子が、急な泊まりの主でしょう」

 時任は、すぐにそう言った。

「あの子、司になついちゃったのね」

「そんな、犬みたいに」

 休憩室は二人だけだった。司が二人分のコーヒーを淹れ、時任はロッカーからクッキーの小袋を取り出した。

「でもあれ、これからちょいちょい来るわよー。はいこれ、食べて」

「ありがとう。お得意様は、ありがたいじゃない」

「まあ、そうだけど。あれは、お得意様っていうより、きび団子もらった犬みたいなもんじゃなーい?」

「時任、ひどい。やっぱり犬扱い」

「司が、犬みたいって言うから」

 時任はけらけらと笑った。

「でも、しっかり躾けないとね。さっきも司、ショックだったんでしょ?」

「え、何が?」

 司は、思い当たることはないというしぐさをした。

「あの子が、初めて図書室に行ったって言ったとき」

「…ああ、聞いていたの」

 司は、ちょっと遠くを見た。

「司は読書好きなんだよね。あの子にも、しっかり読ませたらいいよ」

「まあ、そんな話もしないだろうけど…」


「で、昨夜はどうだった? リョクさんと二人になっちゃって?」


 時任が、その話をしたかったのは明らかだった。



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