第4話 バナナ噛めが奴

      1


 忘れなければ。

 父が彼女を。

 彼女とは?

 忘れなければ。

 兄が彼女と。

 彼女とは?

 忘れなければ。

 彼女に息子が。

 彼女とは?

 忘れなければ。

 長女が死んだ。

 私に長女はいなかった。

 長男が死んだ。

 私に長男はいなかった。

 次女が二人を殺したのではないことはわかっている。

 次女ではない。

 私は最初から一人しかいない。

 次男は私の息子ではない。


      2


「こないにわかりやすいんは犯人と違うえ」ドラマを見ていたツネが吐き捨てる。

 始まる前から散々文句を言っていたくせに。結局観ている。開始十分前にちゃっかりテレビをつけて待機していた。

「ここいらで、わーぎゃーどんでん返し来ぃひんとなあ」

「原作読んだとか言ってなかったか」

「わっざわざ違う結末用意したらしで。センセのデビュんときからの追っかけとしてそらもうぎらぎらチェックしたらんと」

「それでその違う結末とやらがあったのか?」

「まだ終わってへんさかいに。せやけどなあ、キャスティングからして俺のイメージと違うゆうかな。結末がどーやらゆう前になんもかんも違うゆうかな。お、往ななったわ」ツネが画面に近寄る。

 近寄ると余計見にくくないだろうか。誰のために売り場で一番でかいサイズを買ってやったと。

「こいつな、死なんのよ、原作やと。そー来おったかあ。あんだけびんびんに死亡フラグ立てといて死なへんのもセンセの怨念ゆうかな。センセの贔屓やん? りょーかい取れたんかな」

 自主残業とやらで時間外労働をしていたシロウが顔を出した。ようやく切りがついたらしい。

「お先に失礼します。お疲れさまです」

「時間書いとけよ。忘れるから」残業代。

「忘れてください。僕が勝手に残っただけですから」

「そうは言ってもな」

「あーちょ、そこは」ツネが叫ぶ。そんなに不満なら消せばいいのに。我慢大会とも言っていたような。「違うやろ。そこ、そこはなあ俺の」好きな。

 好きな、なんだ?しりとりか。

「本当にお邪魔しました。失礼します」シロウがそそくさといなくなろうとするので。

「飯は? まだだろ?」いなくなるとツネが帰ってしまうので。たぶんそれだけだ。おそらく絶対に、ドラマが終わったら即行で。「帰ってから作るんじゃ面倒だろ。残りでいいんなら」

「どうしたんですか?」シロウから息が漏れる。顔が笑ってる。「本当に帰りますって。お邪魔虫がいつまでも残ってて申し訳ありませんでした」

 支部は3階建て。

 1階が事務所。2階と3階が住居。

 キッチンとダイニングとリビングを2階、ベッドルームとバスルームを3階に充てていたのだが、ツネが居つくようになってから、ツネの一存でごっそり作り変えさせられた。

 事務所には何の被害もなかったが、ないようにそれとなく頼んだのが効いたのだが、その代償が大きかった。俺の私室を取り上げられた。

 要するに、3階がツネの私室になり、しかも立ち入り禁止になって、2階は2階で元々キッチンとダイニングとリビングという性格上、共用スペースになった。

「邪魔じゃない。邪魔なわけ」

 前はしばしば泊まった。ツネが居候するようになってシロウは遠慮している。

「余計な気を遣うな」

「僕こそ気を遣わせてしまって。でもすみません。せっかくのお誘いですが」シロウは腕時計を見る。わざとかもしれない。「ホントすみません。あの、用事が」

「こんな時間にか」と、言ってしまってから気づいた。

 こんな時間にしか果たせない用事。

 ひとつしかない。

「悪い。呼び止めて」わざと追い立てる。わざと。「ほら、早く」

「若も行きませんか?」

 ツネが大声でも上げてくれたらそれにかこつけて。

 行きたくないんじゃない。

 生きたくないだけで。

「悪い」

「若が謝ることでは。すみません、無理言って」

 無理じゃない。

 無理だと思い込んでいる。

「きっと待ってますから。マサも」

「なんで」

 そんなに気を遣うんだ?

 シロウはいつも悲しそうに笑う。まさむらの話をするといつも。

 自分で話を振っておいて。

 悲しそうな顔をするな。

 俺の同情を誘っている。

 ちがう。

 こんなに言ってるのにまだわからないのか。

 ちがう。

 違うちがう。

 社長に、母親に嫌われたくないのだ。

 嫌われたら社長になれなくなるから。

 違う。

 嫌われたら捨てられるから。

 シロウは俺を捨てたのかもしれない。

 まさむらが悪いわけではないのに。社長が一方的に嫌っているだけなのに。

 どうして嫌っているのかさえ教えてくれれば。

 知りたくない。

 知りたくなんか。

 やけに脚が近くに見えた。自分の。

「あ、起きた?」まさむらが隣でハンドルを握っている。「大丈夫?うなされてたっぽいけど。水飲む?」

 寝てたのか。

 うなされてた?

「運転が悪いんじゃないか」

「ははは、それは一理あるね。悪夢はよく見るほう?」

「夢は忘れることにしてる」いい夢なんか見た覚えがない。

 忘れてしまえばみんな一緒だ。

「そっか。それはいいね。僕は悪夢しか見ない。繰り返し繰り返しおんなじのをね」

 拾うべきか打ち切るべきかわからなかったので何も言わなかった。

 車窓から見える景色にまったく見覚えがない。山を上ってるのはわかるのだが。

 山?

「おい、どこまで来た」

「大丈夫。県内だよ。来たことない?」ちまちまとハンドルを切るので厭な揺れが。無駄にきょろきょろするし。

 一本道を上ってるだけだろ。

「管轄内だよ」

「誰の?」

「社長の」


      3


 エレベータに飛び乗ろうと思ったら、図ったように眼の前でドアが閉まった。

 また消す気か。

「お次はこいつなん?」冗談半分で言ったつもりだったが。

 不謹慎だった。朝頼トモヨリアズマはかなりショックだったらしく。

 一ミリも動けていない。

 一ミリくらいは動いてもよさそうなものだったか。

「ちょお、しっかりしい」自分でも言ってて厭なセリフだった。しっかりできるはずがない。「まだお前が殺されるゆうて決まったわけと」

 そうじゃない。朝頼アズマが動けなくなっている理由は。

 姉が殺されて、兄が殺されれば、順番的に次は自分だろうと。兄の死体を見た瞬間にそこまで思い当たっただろう。頭はよさそうなので。

 アタマがよすぎて苦労するタイプだ。

 どっかの社長サンを髣髴とさせる。

 バカになれれば楽なのに。なり方を知らないのだ。

「アズマ!」総裁の声だ。マイク加勢なしの。「アズマ。よかった。サズカは?」

「すれ違わなかったん?」朝頼アズマの代わりに答える。

 金天宮から伸びるストローは一つ。地下に続く(地下だろう。円柱が天井を貫いてないところから見るに)エレベータの前にいたのだから。

 朝頼サズカが消える方法は、金天宮から木天宮へと通じるストローのほかに。途中で水天宮に寄り道していなければ。

「あ、ちょ」間に合え。「総裁サンも。ちょお貸して」

 無理矢理右手を摑んで。

「なにをするんだね」

 金天宮を出る。間に合え。水天宮に通じる切れ目を。

 開いた。

「妹はん?いてる?」

 返事はない。自分の声だけいやに響く。

「どうゆうことなんだ。君は」

「総裁サン誰ともすれ違わへんかったんやね? ここ来るまでに」

「なんだね。サズカがここに隠れていたとでも」ようやくわかってくれたようだった。

 さすがは朝頼アズマの父親。

「すれ違うはずがないな。そうゆうことか」

 金天宮を出たあと、水天宮で総裁をやり過ごして、ストローを通って。

 シンプルだがシンプルだからこそ完璧なトリックだ。

 とか感心してる場合でもなくて。

「なにがあったんだね。アズマは」

 そうだった。そっちを置いて。

 鉄則だろ。

 一人にするなと。

「開けて。はよ」

 総裁の右手を壁に。

 金天宮。

 やってしまった。バカか。

 バカはどっちだ。

「どこだ。アズマ」

 いない。

「マチハ様。アズマは」

 いるはずない。

 眼を離した奴から消えていく。

 ちん、と到着音。

 まさか。

 さっきのいまで?

 また見なければいけないのか。

 動かないものを。

 動いてしまったから。

 開くな。開かないで。

 切れ目が。

 赤黒い潮はなかった。

 箱を取り換えたのでなければ、また。

 拭き取った。

 拭き取った上で。動かなくなった、

 動けなくなった、

 朝頼アズマ。だったものを。

 乗せて。

 上昇させる。

 降りてこない。

 朝頼サズカは乗っていなかった。代わりに、

 黒髪の少女が。

 朝頼サズカは黒以外に染めていた。

 別人だ。総裁が息を呑んでくれたおかげで誰なのかよくわかった。

「あんさんが」

 マチハ様。

 黒いベールを被り。細かいレースの施された。鼻から下以外は指くらいしか露出していない。アレに似てた。

 神の花嫁。

「わたくしが殺しました」

 すぐ眼の前にいるはずなのに、すごく遠くから聞こえた。

 天から。

 館内放送がオンのまま喋ってるのだろうか。姿が見えているのにわざわざケータイで話してるみたいな違和感が。

「ヒズイさんもマズルさんもアズマさんも、地天宮におります」

「次は妹なん?」

「お客人が到着しました。応対を」エレベータのドアが閉まる。

 つい見届けてしまった。

 地天宮とやらに降りたのだろう。地下にもあるのか。

 総裁はすでに金天宮を出ようとしている。

 閉じ込める気か。

「ちょお、先」行くな。


     4


 ツネがいなかったら降車を拒否していた。ドライブに目的地があるなんて反則も同然。

 来たことなんか、あって堪るか。

 白竜胆会じゃないか。

「ちょ、え?」ツネが総裁と俺の顔を見比べる。

 どういう意味だ。

「は?ちょ、なんじょう」

「それはこっちのセリフだ」

 ツネが単独でここに足を運ぶ理由が皆目見当つかない。

「いくらもらったか知らないが、誰にでもほいほい」

 いくらももらってない。強制連行だ。あたりの返答を期待したが。

 何も言わない。

 なんでもずばずば吐いて捨てるツネが口ごもるときは。

「なにがあった」

「ようこそ」総裁がツネを押しのけて俺に握手を求める。

 応じるわけがない。

 それでも引っ込めないところがずうずうしさを物語っている。

「はじめまして、だろうね。私は白竜胆会総裁の」

「どうも。お互いに知ってることを改めて言ったところで無益です。もう少し有益な方向へ進めましょうか」

 お前がツネを連れ去ったんだろう。俺をここへ誘き寄せるために。

 いや、俺も連れてこられたわけだから。連れてきた本人を追及すべきで。

「説明はあるんだろうな?」

 まさむらはそれに応えず振り返る。車を駐めたあたりだ。

 どかん、と。轟音が。

 煙?

「なんやの?いまの」ツネが言う。

 まさむらにも何が起こっているのかわからないようだった。「しゃ、ちょ」かすかに口が動く。

 しゃ?ちょ?

 社長?

「とにかく行くぞ」最悪の状況として考えられること。

 車の爆破。

 まさにその通りだった。

 俺とツネで総裁を見るが。

「どうゆうことなんだ」知らない?

 どう考えたってお前が首謀者だろうに。

「君たちの車か? どうしてこんなことに」

「何かご存知では?」知ってるんだろ?ここにいる4人でお前が一番怪しい。

「社長!」まさむらが爆心地へ駆け寄ろうとするので止めた。「離して。社長が」

 ツネにも応援を要請する。

 までもなく片腕をつかんでくれていた。

「なんで社長が出てくる?」

「あかんもん見えとるのと違うん? いてへんよ。社長なん」いるじゃないか。ここに。

 ツネにとっての社長は。

 そうじゃない。まさむらにとっての社長は。

「社長。社長」火事場の馬鹿力の類だ。

 なんでそんなに力が出る?どこに隠してたんだいままで。使うべき場所はほかにあったはずだろうに。

 腰にしがみつく。ツネも腕にぶら下がる。それでも負けている。

「社長が。しゃちょうが」

「いてへんて。どないしたん?」

 社長が?

 見えているとは考え難い。

「まさむら」

 もうもうと火が上がる。総裁の号令で消火器が。大柄の男も、か細い女性も。一斉に白い粉を吹き付けてくれる。信者だろう。

「社長が中に」

「はあ?」そうだツネ。

 もっと言ってやれ。社長が中にいるわけが。

「社長?が?」

 火はなかなか消えない。まさむらと炎との距離が確実に縮まっている。

「乗せてきたんだよ。こっそり。着いたらサネに。トランクに。トランクが」

「どうして先にそれを」ちゃっかり話を聞いていたらしい総裁に言った。「トランクに社長が乗っていたようです」

「生きた状態で、なのかね」

「生きてるに決まってる。社長、いま僕が」まさむらがとうとうツネを振り払う。

「ああ、ちょお」

 なんとかしがみ付いてる俺もずるずると引きずられる。ボトムが擦り切れそうだった。が、離すわけに。「生きてるわけないだろ」

 生きて

「いますわ」

 ここに

 この胸に。とか言ったら呪い殺してやろうかと思った。

 浅樋アサヒうすほが、社長とともに。

 どうして。に準ずる疑問符はすべて封印した。

「社長!」と叫んだまさむらの声があまりに嬉しそうで。くたくたと全身の力が抜ける。その場にしゃがみ込む。

 おのずと俺も地べたに。

「よかった。社長。よくご無事で」

 社長の顔は引き攣っていた。おそらくまさむらの火事場の様子をどこぞで見ていて、出るに出られなかったのだろう。「それが無事でもないのよね」

 社長の後ろからひょっこりと。浅樋うすほがのぞいて。

 ちらりと。ちらつかせたものを、

 社長の背中に押し付けているらしかった。

「もとえさんを殺すつもりなんて。わたくしのお願いをきいていただける?」

 社長の首をロックして、反対の手で。

 ちらりと見せたものを大っぴらに。

 まさむらに突きつけたかと思ったら、「死んでちょうだいね」

 火薬の。

 飛沫。

 尻餅をついていたはずのまさむらが地べたに接近する。

 遅れて聞こえた悲鳴が社長のものだったらどうしようか。

 どうもしない。

「まあさあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


      5


 マチハ様が男の頭をぶち抜いた。

 眼線を遣ったら、

「わたくしが殺しましたのよ」と、得意げに微笑む。

 なんだこれ。

 なんやの?

「早く火を消してくださいな。もとえさんが焦げてしまいますわ」

 マチハ様の手にあったものも、

 マチハ様に撃たれた男がどくどくと流しているそれも、

 すごく見慣れているのだが。

 現社長がマチハ様を振り切って男に駆け寄る。抱き起こす。

 生きている?

 手遅れ?

 社長サンの時間が止まっている。

「どうして?もとえさん。どうしてそんなことする必要があるの?」マチハ様は二人を照準に入れる。「お願い離れて? わたくし、指が滑ってしまいますわ」

「滑らせなさいよ。滑れるもんならね」黒い服でなかったら変色していた。そのくらい強く抱き締める。

 何色に?

 何色だっただろうか。人体から流れ出るあれは。

 思い出せない。

「思い出して?」マチハ様の手は震えていない。瞬きすらしない。「もとえさんがこんなにも不幸なのは誰のせいですの? 浅樋の家はわたくしが絶えさせますわ。だからお願い。弾を使い切りたいの」

「浅樋はまだ絶えてないわ」

「そうなの。そうですわ。だから。ね?」

「こんなのに使い切ってどうすんのよってゆってんの」現社長が怒鳴る。ぴりぴりと空気が引きちぎれる。

 おかげで社長サンの時間が動き出した。何をすべきか一瞬で構築して、ケータイを耳に当てようとしたところを。

 マチハ様の標的になる。「そうですわね。もとえさんの言うとおり。一発くらい」

 やめなさい。

 銃声。

 残します。


      6


 案外平気だった。全然痛くない。

 痛覚が吹っ飛んだのかもしれない。

 脳味噌とかはらわたとかと一緒に。グロすぎる。

 ツネが見てる前で中身をぶちまけたくはなかった。

 死んだのか?

 間に合う?

「なにやってんのよ。バカ」

 バカはないだろ社長。俺は被害者だ。撃たれたんだ。

「バカじゃないの?バカね、ホントあんたは」

 俺に言ってるんじゃない。ことがようやくわかる。

 撃たれてない?

 射殺されたんじゃないのか?俺は。

 生きてる?まだ。

 白竜胆会の総裁だけが視界に入っていない。

 入るわけがない。

 背中が。

 黒く染まる。

「KREにはお世話になってるからね」

 社長が首を振る。喋るなと言うことだ。

「これで恩を返せたかな」

「もうやめて。やめなさい」社長の眼からぼろぼろと。そう何度も泣き顔を見たくなかったのだが。「次口開いたら殺すわよ」

 開かなくても死ぬだろう。

 このままじゃ。もう一度かけようとしたがケータイが見当たらない。

 ツネが拾う。

 粉々になった残骸を。

「酷いことしよるなあ」

 頼むから。挑発しないでくれ。

 俺は、そこに転がってる総裁と違って咄嗟にお前の盾になれる自信がない。

 信者は動かない。動こうとしない。誰一人。

 お前らの総裁が撃たれたんだぞ?

 無関心に興味深く、ことの成り行きに夢中になっている。浅樋うすほの手元に。

 火は消えていた。

 ぷすぷすと燻る。

「まだ無駄弾撃とうっての?」社長が哮る。

 ところで社長と総裁はどんな関係だ?

 不倫?いやいや。だからこんなにも広大な土地を?

 こんな状況で。思考も末期になっている。

「その子は無関係よ」同感だ。

 ツネなんか撃ってみろ。

 世界がどうなるか見当もつかない。

「もう一発だけ使わせて?もとえさん」浅樋うすほの銃口が。

 俺に。

 両手を挙げようかとも思ったがこれ以上無駄なエネルギィを使いたくなかった。

 撃つなら撃てばいい。そうゆう眼で見てやった。

「脅しに決まってますわ。ごめんなさいね、さねあつさん」

 なら銃を降ろせ。

「用心に越したことはないもの。何をするかわからないわ」

「さっき、あたしが言ったこと憶えてる?」社長がゆっくり立ち上がる。まさむらと総裁を地表に残して。「浅樋は絶えてないって」

「ええ、憶えてますわ。もとえさんがわたくしに言ってくれた言葉ですもの。一言一句ここに」こめかみをつつく。銃を持ってないほうの手で。「大切に仕舞って」

「あんたが残ってる」

 あんたの、

「名字。言ってみなさいよ」

 浅樋うすほが虚を衝かれたような。「なにを言っていますの?もとえさん。わたくしは」

「そのわたくしの名字はなんだってゆってんのよ。ほら、なに?言って」

「違います。わたくしは」銃を両手で。

 社長に向けるつもりはないだろうが、顔が社長に向いているので自動的に。

「どうして?わたくしは、もとえさんのために浅樋の家に」

「過程はどうだろうと、あんたが」

 浅樋うすほ

「だってことには変わりないわ。違う?」

 浅樋うすほは、

 こめかみをつつく。銃を持っているほうの手で。「仕舞い損ねました」

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