第4話 感情の在処
記録会への申請をした日以来、練習中に俺を見る遠野の目がおかしい。
こう書くと甘酸っぱい青春の1シーンだが、現実はそんな甘ったるいわけはなく、遠野の目線はどちらかというと対象を監視するような代物である。まるでサボるのを許さないとでも言わんばかりの目つきで、何かにつけて練習を手伝おうとしているのだ。
正直言って窮屈極まりない。
ちょうど前回から1週間たったことだし、また体調不良さんに活躍してもらおう。
そうして先に1年の後輩に休む旨を伝え、校門を出ようとした時だった。
「サボりですか。いい度胸ですね木島先輩」
遠野がいた。セミロングの髪は相変わらずさらっと流れている。しかしその誰の印象にもイマイチ残らないといった造形のご尊顔は、今なら10人中10人は修羅だと答えるぐらいには怒りの感情があふれ出ている。
「いやまて、なんでお前がここにいる。マネージャーの仕事をしろよ」
「これもマネージャーの仕事ですよ?選手のやる気を出させるのもサボらないように見張るのも仕事のうちだと私は思います」
「お前って案外スパルタだよな……。そういう意識が他のマネージャーや選手と乖離するとすぐお局さまって言われ始めるぞ」
遠野の放つオーラがさらに強くなった。怒髪天衝とはこのことなのか。調子に乗りすぎたかもしれない。
遠野は怒りに震えながら叫んだ。
「あなたみたいな実力のある人が手を抜いているのがゆるせないんですよっ!なんでそんなに走ることから逃げるんですか!?」
俺は遠野の突然の大声に少し気圧されながらも言い返す。
「なんだよ逃げるって……。それに実力があるってお前は俺が走ってるところまともに見たことがないだろうが」
「ありますよっ見たことぐらいっ!あなたが中3の時、私はまだ怪我もしてなくて、記録会や大会にも出てました!その時あなたが走る種目は全部見てました!」
遠野の言葉に、俺は不意に頭を殴られたような気分だった。こいつは俺の中学時代の大会を見ているといった。
ということは──
「お前、俺の中学総体の時も見てたのか……?」
震える声、そうであってほしくないという表の感情と、とても醜い肯定を望む裏の感情。
ただし、表と裏の感情の比率は対等ではない。
だが遠野の返答は、表の方に合流する結果となった。
「知りませんよ……。そのころはもう膝をやっちゃってたし、第一私は中学総体に出れるほど優秀な選手じゃありませんでした」
遠野は俯きながらこらえるように言葉を絞り出す。
「私はあんなすごい走りをしてたあなたが、不調なのは知っていて、もしかしたら私みたいに怪我をしたのかと思って」
遠野の声に少しずつ水たまりを踏み抜いた時のような音が混ざっていく。
「でも、手抜きのサボリ野郎になってるし……、理由を知ってそうな堂前先輩に聞いてみても何も教えてくれなくて……」
遠野の顔は、前髪で影になってよく見えない。
その前髪の下では、どんな顔をしているのだろうか。
「遠野──」
「だからっ!私は!あなたの事情なんかもうどうでもいいです!!」
顔を勢いよく挙げた遠野の表情は、自分の理想が堕落していることへの怒りが八割、残りは子供のような顔をした懇願だった。
「ただあなたは辛いことから逃げてるだけ──子供みたいに目を背けて、大人ぶって走ることを自分の中に閉じ込めてる」
何も言えない。言葉が出ない。頭では反論しようと必死に論述を組み立てようとしているが、どんな言葉も理由も今の彼女の前では、意味をなさないと降参していた。
「辛いことがあったとしても……逃げずにぶつかって、通り抜けてこそ見える景色だってあるはずなんですよ……」
遠野は息を整えて、袖で顔を拭った。
「
そういって、彼女はグラウンドの方へ戻っていった。
俺は、俺は──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます