第3話 少女の理由
次の日の放課後、部活へ向かうとミーティング直前というところだった。
どうやら新マネージャーの紹介ということで、昨日話しかけてきた彼女は無事にマネージャーになれたようだ。
何故9月という中途半端な時期にマネージャーになろうとしたのか気にならないと言えば嘘になるが、別段積極的に調べるほどの情熱があるわけでもないので、本人に尋ねようとまでは思わなかった。
「え~彼女は今日から陸上部のマネージャーになる遠野美月さんです。本人は陸上経験もあるそうなので、互いに気になるところがあったら気兼ねせずに確認してください。」
「今日からマネージャーとしてお世話になる1年2組の遠野美月です。堂前キャプテンから紹介された通り中学までは陸上短距離を専門にしていたので、ある程度は仕事もわかると思います。よろしくお願いします。」
堂前が紹介した彼女、昨日の校門で会話した彼女の名前は遠野美月というらしい。中学までは短距離をやっていたというが、高校でマネージャー転向というのは女子にはさほど珍しいことではない。理由は知るところではないが、足が太くなるのが嫌だとか、汗臭いのはもう嫌なんていうありがちな理由だろうと心の中で当りを付ける。
「じゃあまず最初は短距離と短長と投擲跳躍は同じメニュー、長距離は長距離のリーダーの指示に従ってくれ。ミーティング終了、解散!」
堂前の締めの言葉で練習前のミーティングは終了。遠野はほかのマネージャに仕事を確認している。
「木島~、新マネが来るときはしっかり練習に参加するなんて現金だぞ~」
アップ前に堂前がニヤニヤしながら喋りかけてきた。少しイラっと来るのは俺だけじゃないはずだ。
「元々休んでたのは週に一回だったろ。変なこと言うな」
堂前と並んでアップ。堂前は短距離専門で俺は400m専門のいわゆる短長なので、最初は同じメニューをこなす。一通りメニューを終わらせた後は自由にメニューを組み立てて練習するため、各々分かれて練習をし始めた。
「……」
柔軟をしながら彼らのその様子を眺める。ふと気配がしたので、そちらを向くとストップウォッチを右手に持った遠野が隣に立っていた。
「体幹トレーニングですか?手伝いますよ」
どうやら彼女はマネージャー初日で、やる気にあふれているらしい。自分とのテンションの落差が隣に立っているだけで疲れるほどに感じてしまう。
「いらないよ。柔軟してるだけだし」
「柔軟ですか?でもまだ部活時間ありますよ。400m走専門のくせに短距離専門の人の方が走ってるじゃないですか」
やけに絡んでくるな。真面目に相手をするのも面倒くさいし、ここは適当に流そうと決意する。
「怪我だって昨日言っただろ。走ると響くんだよ」
「それならしょうがないですけど……」
遠野は釈然としないといった顔で黙り込んでしまった。間に静寂が流れる。こういう空気になると誰が悪いということでもないのに何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「そういえばさ、何で選手からマネになったんだ?中学の時は遠野はスプリンターだったんだろ」
そうした空気に耐えられそうになく、切り出した話題。間を持たせるために会話を広げようと思っただけだ。
しかし遠野は一瞬雨空を見るような顔をした。
「正直言うとですね。私も怪我が原因なんです。膝の骨が削れちゃって走れなくなっちゃったんです」
そう言う遠野の顔は、まだ走ることへの未練が捨てられない──なんて言うだけの単純な感情では到底説明できない入り組んだ迷宮のような感情が見て取れた。自分はその迷宮を踏破できない。だけど、そこから流れ出る残滓だけで自分が攻められているような気分になり、遠野の告白に対して何も言うことができなかった。
そうしてまた訪れる静寂。手詰まりだ、何とかしてくれと願った瞬間、その助けは差し込まれた。
「おーい、次の記録会の申し込みが迫ってるんだ。どの種目で出るか教えてくれ」
堂前……ここまでお前に感謝したことはない。いつもならうっとうしく思うその顔も今なら救いの菩薩に見えるぞ、と心からの感謝を表情で表そうと思ったが、どうやら伝わらなかったようだ。堂前が怪訝な顔をする。
「何て顔してんだ木島。お前今回も400だけなのか?4×400《マイル》リレーでなくていいのか?」
「えっ、木島先輩リレーでないんですか!?部内で唯一の400専門でタイムもいいのに」
堂前の言葉に遠野が反応する。
「いいんだよ出なくて。出たところで俺に何かあるわけじゃない。走るって行為は一人で完結するのが一番いいんだ」
「でもっ……!」
俺の言葉を返そうとする遠野を堂前が手で制止する。
「木島。いつも通り予備メンバーとして申請はしておく。気が変わったらいつでも言えよ」
気が変わることなんてない。
走るって行為はどこまでも自分一人で完結してるもんなんだ。そうじゃなきゃいけない。他人にそれを預けたら、それはもう自分だけの
他人に足を引っ張られる。そんなこと俺はもうごめんだ。
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