第2話 少年と少女

 本日の学業が終わった証であるチャイムが流れた瞬間、教室の中では数人の生徒が立ち上がり、部活用バッグをもって飛び出していった。

 深くもあり浅くもある微睡みの中でその光景を見送りながら、よくそれだけの熱意を部活動に向けられるものだと感心しつつも自らも部室へ行くための準備を始める。

 およそ数分の時間をかけて、カバンに教科書を詰め終わる。

 教室を出て廊下を歩いていると部活に向かう生徒たちが何人か小走りで駆けており、窓からグラウンドを見下ろすと既に着替えて準備運動をしている野球部が見える。この短時間であそこまで準備するなんてもしかして授業をさぼっていたのか?という疑問を胸に浮かべながらも、グラウンド脇にある部室棟へ歩みを進めた。



 部室のドアを開ける。スライド式の鉄扉であり、下に土が詰まるので開けるのに少しコツがいる。

 すでに部室の中には何人か着替え終わった部員達がいた。


「木島先輩、時間ギリギリっすよ。またコーチに小言言われるんじゃないですか?」

 

 俺の返答はもう決まっている。元々、これを伝えるためだけに部室まで足を運んだのだから。


「今日はこのまま帰る。体調不良で帰ったって言っといて」


 それを聞いた後輩は梅雨の季節に体に張り付くじめっとした服を見るような顔で返事をせずに部室を出て行った。

 陸上部員にとってはもう何度も行った問答なので、変な義務感や正義感を抱くようなことなく、いつものようにそのままコーチに伝えてくれるだろう。

 

 部室の中のロッカーにカバンの中の重量9割を占めるであろう教科書や参考書を詰め込む。学校の机に教科書を置いて帰ることができればこんなことはしなくて済むのに面倒なことだ。

 部室に来た目的を果たしたので、そのまま部室を出てグラウンドを通り校門から学校の敷地外へ出る。


 さて、これからどうしようか。とりあえずコンビニで雑誌でも立ち読みしようかと心の中で計画を組み立てていたが、その計画は完成することなく中断された。


「あの、陸上部の人ですよね?」


 まるで思考を邪魔するためだけに発せられたような声色。その声はやけに頭脳の思考領域を塗りつぶす。そのせいで半ば強制的に頭は声を放った人物への理解を求めていた。


 セミロングの髪型に、若干色素が薄く茶髪気味に見えるが恐らく地毛であろう髪色。地味と言えば地味だし整っていると言えば整っている造形、しかし街中で彼女とすれ違った後に彼女の写真を見せられて見たことがありますか?と聞かれても変な既視感のようなものを覚えるだけでいいえ、知り合いではありませんと答えてしまいそうな印象の薄い顔。

 

「私、陸上部のマネージャーになりたいんです」


 そんな女の子がなぜか自分に陸上部のマネージャーになりたいと相談してきた。何故陸上部員だと分かったのかと考えたが、大方誰かに聞いたか、全校集会の場で総体予選の表彰をされたのを見て覚えていたのだろう、と結論付けた。


「マネージャーになりたいならグラウンドに行きなよ。コーチでもほかのマネージャーでも誰かに話せばきっと歓迎してくれるよ」


「あなたは何で練習していないんですか?もしかして怪我とか……」


 それなりに痛いところを突かれた。青少年の見栄としてそうだ、と言いそうになったがそもそも張る見栄なんて既にないしどうでもいいことだと思い、適当にはぐらかしてその場を離れた。


 何故か彼女と話した後、自分が何処にも立っていないような、足の裏が地面から10㎝ほど浮いているような感覚に襲われて、コンビニで立ち読みなんて気分じゃなくなってしまった。


「何処かで会ったことある……か?」


 多分気のせいだろう。だが、何処かでよく知っているものであるような、そう感じる自分に少し苛ついているような、この奇妙な感覚が胸にしこりのように残っていた。



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