第232話 世界のライア

『……正気なのか?』


 正気かと言われれば正気でないことを言っているのは自覚している。

 だが、俺は続ける。


「さっき貴方が言っていたシャルの書いたロイスの冒険譚があるだろ? あれの後日談として続編を作り、今回の出来事を全て俺の悪事に変えてまた出版するんだ」


 例の本の内容はちゃんと読んでいないが、確かルドとシャルの手によって初期メンバーであった俺を陥れる内容だった。

 そのせいで俺のことを知る人々から審議を問われる本になっていたが、この世の俺のことを知る人々っていうのは、圧倒的にこの本を読んで鵜呑みにした読者だ。

 俺がこの本で一番初めに出てくる敵役で、それが今回利用出来る。


「例えばだ。魔法使いを襲っていたのはロイスに変装した俺、イットだった事にすれば良い」


 俺は今、適当に考えた事を話していく。


「自分の姿を晒しながら、見ず知らずの相手へいきなり奇襲しに行くなんておかしいだろ? 暴行事件の疑いをかけられたロイスが捜査した所、故郷に隠れ住んでいたイットの家を訪ね、ロイスに変装する魔道具マジックアイテムを発見し真犯人がわかった」


 俺は必死に考えて話す。


「気づかれたイットは暴れ、禁忌の魔法紅焔の星落としファイア・メテオ・プロミネンスを放ち王都ネバ周辺を焼け野原にした。そして、さっきまでの戦いを俺に置き換えれば――」

「イット!!」


 その時、コハルが俺の腕を握った。


「本当に……その話、大丈夫なの?」

「コハル……」

「もし、その話が本当だと思った人がいたら……イットの命が狙われちゃうかもしれないよ? 大丈夫……なんだよね?」


 わかっている。

 俺どころではない。

 コハルやウィルやサニーにも……

 家族全員、狙われるかもしれない。


『君の言いたいことはわかった』


 騎士団長が頷く。


『多少こちらの都合の良いように着色させてもらえば、確かにその内容で誤魔化しはある程度出来るかもしれない。今回転生者が二人いる異例の事態であることは他国も理解しているだろうし、いわゆる替え玉だ。君の名前を使わせてもらえるのは交渉材料としては強い。ただ……』


 騎士団長の声色は変わらないが、俺に問いかける。


『君はそれでいいのか? 今後の君の人生をめちゃくちゃにするかもしれない……』


 更に人呼吸を置く。


『君だけではない。君の家族……友人達も巻き込むかもしれない。君の人生にメリットきっと無いはずだ。そこまでして、ロイス君を救ってくれると言うのか?』


 今ある俺の全て……

 気づいてきた信頼。

 掛け替えのない繋がり。

 そして、とても大切な家族。

 全てを危険にさらして、ロイスを救うメリット?


『君に……その覚悟があるのかを聞きたい。この場でだ』


 騎士団長の言葉が静かに響く。

 ロイスの命と友人や家族の安全と平和。

 どちらかを選ぶ……

 どちらかしか選べない……

 どちらも……最悪な選択肢だ。


「覚悟は……ねぇよ」


 俺は吐き捨てた。

 嘘偽り無く言葉を吐き捨てる。


「今年双子の子供が生まれてくれた。俺の妻も頑張ってくれた。軌道に乗ってきた仕事も家族の為に頑張らなきゃならない」


 徐々に昨日の俺の気持ちが蘇ってくる。


「正直……最初ロイスのことを見殺しにしようとした。家族を優先したんだ。ロイスに見つかっても、家族を守るために逃げることをずっと考えていた。普通に考えて優先順位はそういう風になる。俺じゃなくても、世の中の親ならそうなると思うよ。子供が絶対だ」


 俺はいきどおりを噛みしめる。


「だがな……知ったんだ。ロイスが悪くないことを。生前もここに産まれた後も、ロイスが苦しんでいたことを。死んだ先の恐怖を見させられて怯えてロイスの姿を見たんだ。ずっと、周りの皆を信じ切れずに……孤独だったアイツのことを知っちまったんだ!」


 まっすぐ騎士団長を見る。


「ロイスを……大事な親友を! 救えるのは俺しかいないって、わかっちまったんだよ! 親友を見捨てるか家族や仲間を見捨てるか? ふざけるな! そんなの選べるわけないだろ!」


 静まりかえる。


「俺は迷い続ける! ロイスを救い、皆が救われる道を……俺は死ぬ気で探し続ける!」


 周りの皆が静かに俺達を見ていた。

 俺のどっち着かずの中途半端な言葉にも野次が飛んで来なかった。

 皆……考えてくれているのだと思う。

 ロイスが助かる道を。

 きっと、必死に考えてくれているのだと感じ取れた気がした。

 そう……誰もが皆、助けられるのなら助けてほしいと願っている優しい人達なのだと思う。


『……親友』


 騎士団長がアゴ辺りに手をやり呟く。


『親友のためか……家族のためか……ああ、そうだな』

「……?」

『いや、私もそうだ……今イット君、君のように私も悩んでいる。親友が自分の子を自らの手にかけようとしている。こんなにも想像を絶することがあっていいのうだろうか……大天使サナエル様、そしてガブリエル様がそれをお許しになるのか……なんて筋書きを思いふけたのさ』


 何が面白いのかわからないが、騎士団長は軽く鼻で笑う。


『転生者イットっと呼べば良いかな?』


 突然俺の名前を呼ぶ。


「は、はい! あ……いや、普通のイットで大丈夫です……」

『それではイット君。ロイス君と共に王宮へ来てくれないか? 剣の当主と共に考えてほしいんだ』

「……え?」

『魔王イットとなる筋書きを一緒に考えてほしいんだ。そうすればロイス君の処罰を軽くする可能性は高い。それに本人が居てくれた方が、君の不都合を極力避けられるかもしれないだろ?』


 俺は騎士団長の言いたいことが徐々に見えてくる。

 これはつまり……


『それとも、まさかここまで啖呵を切って協力しないと?』

「い、いえします! ロイスが救えるなら、俺にも協力させてください!」


 疲労が吹き飛ぶほど事態が好転し、俺は騎士団長の申し出に飛びついた。

 俺の返事に気を良くしたのか笑い混じりに彼は話す。


『娘達から聞いていたより、君は男前だったな。良かった良かった……よし、準備しよう! ほか、イット君の補佐とし数人同伴しても構わない。悪いが魔物は連れて行けないが』


 俺はルドとシャルを横目で見ると涙を流しながら安心した表情でロイスに抱きついていた。

 ま、とりあえずここからだが最悪な事態の回避は出来るかもしれない。


「イット……本当に大丈夫そう?」


 いまだ不安そうな表情で心配するコハルに今度こそ返事する。


「ああ、ロイスがどうなるかはまだわからない。けど、俺達のことも配慮して国が一緒に考えて、動いてくれるかもしれないんだ」


 大きく方向が軌道転換したのを感じた。

 もちろん、良い方向に。

 そう思った途端、ドッと疲れが押し寄せ気を失いかける。

 いろいろな人に肩を借りつつ、俺達は戦場を後にする。


 一日にわたる魔王の暴走事件は一旦解決することができた。

 長かった……

 この一日は、俺の一生の中でも一番長い一日となるだろうな。

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