第230話 覆せないキングオーダー
「
俺はロイスの焼いた手を放し、音速化した
彼は身体の一部が焼かれた負荷や魔王の消滅によってからか気を失った。
『よくやりました、イット!』
後ろからエネルギー体のサナエルが俺に声を掛ける。
『ついに魔王の正体を突き止め、討ち取ったのです。この世界を……イットは本当に守ったのですよ!』
「……」
魔王を撃破。
本当の意味で……撃破。
正直実感はなかった。
俺は洗脳されたロイスを助けたい一心でやっただけだ。
寧ろ、これは俺だけの力では成し遂げられなかった。
多くの人達が助けてくれたからこそ。
今、俺がここにいる。
「俺も通常の時間に戻る。そしたらサナエルもこのバリアみたいなやつを解除してくれ」
俺は自分の身体から
「サナエル……こちらこそ、助けてくれてありがとう。貴方のおかげで被害をおさえられた」
『どういたしまして! ただ、ソマリさんにもお礼を言ってください。彼女に呼ばれたから来れただけなのですから』
サナエルが笑顔で言うと、徐々に消えていく。
『きっと、我々天使達はすでに見ていると思いますが、今回のイットの偉業を天国に報告します!』
「ああ……まあ、うん……」
これでこの世界の魔王と勇者の呪縛が解けたのかもしれない。
だが、喜べる気力は残っていなかった。
俺の簡素な返事にサナエルは一瞬「おや?」っと言いたげな顔を見せるが、すぐ笑顔に戻る。
「また今度お話ししましょうイット。ちゃんと、聖印は持っててくださいね!」
「……」
「イット?」
「わ、わかった。ちゃんと持っておく」
俺がそう返すと、サナエルはニッコリ笑い消えていった。
俺もそろそろ元の時間の流れに戻る。
「
風が一気に身体を包み吹き抜ける。
開けた林の中、青い空の色が広がっていた。
「イット?」
葉がすれる音だけが聞こえている中で、俺を呼ぶ声が聞こえる。
「……コハル?」
振り返るとそこにはコハル。
様子を窺うよう、俺に注目を向ける皆がいた。ボロボロで立つ俺と、両手が焼かれて倒れ込むロイスの姿を認識し、
「イットよくやった! ロイスを倒したんだな!」
ベノムが声を上げると共に周りから歓声があがった。地面が響くほどの歓喜の声と地響、甲冑が擦れ合い響く。
「イット!」
コハルが涙目で抱きつく。
存在を確かめるように背中を撫でられ、頭を擦りつけられる。
「よかったぁ! ちゃんと戻ってきてくれて!」
「ああ! ただいま、コハル」
きっと彼女等の視点からは一瞬の出来事だったのだろう。
でも、その一瞬の中で俺が死ぬかもしれない可能性も十分あった。
だから……本当に勝てて良かった。
俺もコハルを抱きしめ返す。
「イット君……やったね!」
「よくやったよイット! お姉さんは鼻が高いよ!」
ソマリとベノムも俺に笑顔を向ける。
「ありがとう二人とも」
こちらこそ、お礼を言っても足りないほど助けてもらった。
こんな言葉では足りない程に。
「イット」
すると強めに肩を叩かれる。
上半身裸で筋肉質な青年が横に立っていた。一瞬誰だかわからなかったがあれだ、ずっと狼の姿で助けてくれたワーウルフのタウだ。人型の姿になっているから混乱した。
「タウも大丈夫だったんだな」
「ああ、面目ない。修行不足だった」
「そんなことないぞ。本当にありがとうな」
「あ、あとコハルねえさんにも父ちゃん達から、よろしく言われてる」
名前を呼ばれたコハルはキョトンとした顔を見せる。俺はタウがアサバスカから来た助っ人でシグマ達の子孫だと伝えると「あー!」っと理解した。
「シグマ達の子なの!? な、なんか大きいね?」
「ん? そうか?」
コハルは驚き、タウは首をかしげる。
言われてみれば、彼は今更いくつなんだろうと疑問に思った。
特別タウの背が高いからか、見た目十代後半に見える。シグマ達と出会ったのが5年前程だからそう考えると、同い年か少し上ぐらいに見えていた彼らにはあの時すでに子供がいたのか?
そんな考えがよぎっていると、
「お疲れ様、二人とも!」
するりと、俺とコハルの間にマチルダが現れる。
「え……マチルダさん!?」
「今気づいたのコハルちゃん? ずっと後ろにいたのに」
「ご、ごめんなさい! 本当に久しぶりですねマチルダさん!」
「久しぶり。あのエルフから話は聞いてたけど、本当に大きくなったわね……子供が産まれたんだって? はやく見せてほしいわ!」
「すまない二人とも、ちょっと待ってくれ」
まだそんな状況では無い。
「ソマリ! ベノム! ほかの聖職者の人も呼んでくれ! ロイスが負傷してるんだ!」
俺の掛け声にソマリ、そして他の皆も気づく。勝利に酔いしれている暇はなく、両手に重度の火傷を負ったロイスはうなされているような苦悶の表情で倒れている。
「確認だが、ロイスを回復させて大丈夫なのか?」
ベノムが俺に鋭い眼差しを向ける。
「大丈夫だ。取り憑いていた魔王はちゃんと消えたらしい。サナエルのお墨付きだ」
そう言うと、ベノムは頷き聖職者を招集する。ソマリが率先して彼の手当を行う。
「意識はあるから回復薬は飲ませたよ! でも、酷い火傷……こんなにボロボロだと、元の形に戻せても神経が繋がるまで時間が掛かるかもしれない」
そう、俺は狙ってやった。
ロイスの得意とする……立体パズルの才能を炎で燃やし奪ったのだ。
彼を助ける為に……
「ああ……それでも何とか治してやってほしい。時間はかかるかもしれないけど……」
彼がまたやりなおせる為にも治してほしいと願った。
俺は……今も昔も変わらず彼のファンであり……大切な友達だ。
『この場に居る者達、全員動くな!』
その時、甲冑が擦れる行進と複数の蹄の音と共に男の声が響き渡る。
冒険者達、聖職者達、魔物達。
そして俺達は一斉に声の元へ視線を集中させた。
そこには王都ネバの国旗を掲げた騎士団達がいた。
先頭に出て馬に乗る団長らしき男がフルフェイスヘルムの中から声を掛けてくる。
『ふむ……どうやらすでに魔王ロイスを沈静化したようだな。我々は我々ネバ国盾騎士団だ。魔王襲撃の防衛で派遣されたが未然に防げたようだな。冒険者、そして傭兵諸君ご苦労であった』
今更からかよという声が飛び交う中、俺は嫌な空気を感じた。
魔王ロイスを回収……
騎士がそう発言したということは、国はロイスを完全に魔王として扱っているということではないかのか?
騎士団の団長らしき男は続ける。
『魔王ロイスは我々が回収する。怪我人が多いのなら衛生で用意した聖職者も支援にまわすぞ』
ありがたい申し出だったが、気になることが出来た。
「あの! ロイスを回収って――」
ロイスの処遇を聞こうとしたその時だった。
「待ってお父様!!」
騎馬隊の中を掻き分けながら二人の女性が現れ、ふらふらしつつこちらへ走ってくる。
「ルド!? シャル!?」
俺は驚いた。
片腕や首を切断されて回復したばかりの二人が破れた服装のまま現れた。二人は倒れるロイスに寄り添うようにしゃがみ込み、庇うように騎士団達へ向き直った。
そして、ルドが騎士団長に叫ぶ。
「お父様お願いです!! ロイスを……ロイスを見逃して!! 殺さないで!!」
その言葉に、皆が口を紡ぐ。
……ある意味予想通りだった。
「殺すって……なんだよ」
俺が言葉を漏らす。
すると、今まで俺に嫌悪感をむき出していた冷徹なメイドのシャルが、まるで子供のように涙を流しながらこちらへ振り向いた。
「……魔王の処遇を……宮廷会議が行われ……ロイス様を……王命が下り、処刑が決まったらしいと、情報が届きました……」
見たこともないすがるような表情でシャルは俺を見る。
「お願いします……どうか助けてください……」
俺は握りこぶしを作る。
俺の事が死ぬほど嫌いなはずのシャルが俺に助けを求めるということが……
腹立たしいほど、信憑性が高く。
そして、覆せるかわからないほどの話であることが……
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