第226話 イデアの目的

『あれが……大天使サナエル様なのか?』

「ッチ……ああ、間違いないよ」


 驚くロジャースさんの言葉に舌打ちしながらベノムが答えた。

 ロジャースさんだけではない、この場にいる皆が驚いているだろう。

 大天使を目にすること事態がそうそう無い。


「ロイス」


 サナエルの掛け声と共に彼の周りに浮いていた光の拳が消えて行く。


「もう戦いは終わったのですよ。ロイス」

「サナエル……様」

「貴方はよくやりました。魔王を打ち倒しこの世界にまた平和を訪れさせてくれました……でも……」


 こちらからはサナエルの表情が見えない。だが、悲しそうな声色で話す。


「きっとまた、勇者は魔王となるかもしれない。天国イデアはそう考えておりました。だから、二人用意する判断を下したのです」


 エネルギー体のサナエルは金色に揺らめきながらもロイスにゆっくり近づく。


「ロイスかイット……どちらかが暴走した時に、どちらかの勇者と共に魔王化したもう一人の勇者を止める為に、今回は二人の勇者を呼びました」

「……それって」


 俺はサナエルの言葉に思わず聞いてしまった。


「元々、俺達が戦い会う前提で転生させたってことなのか?」

「はい……その通りなのです」


 それを聞いた後ろにいるベノムが鼻で笑う。


「命はこの世界を救うための道具。お前等天使はつくづく外道なことをしてくれるな。サナエル」

「おい、ベノ――」

「ベノムさん!!」


 俺がベノムを注意しようした時、ソマリが声を出した。


「サナエル様への侮蔑は、さすがのベノムさんでも許しませんよ」

「はは! なんだソマリ? 許さないならどうするんだ? 私を殺すか?」


 エルフ達のやりとり、サナエルは答えるように続ける。


「否定は出来ません。ロイスにイット……二人に真意を伝えなかったのは事実です。全ては魔王を倒すために」


 そう言うと、彼女はロイスに手を掲げる。


「しかし、魔王に取り憑かれた人物を殺しても無意味だとわかりました。イット、魔王が今、ロイスのどこに居たのかを聞き出しましたね。魔王は心にいると」

「……ッ!? 何故それを」


 サナエルの言葉に俺は驚く。

 誰かに伝えた記憶がないのにどうして彼女がそれを……

 俺の記憶を覗き見れるのか?

 俺が少し押し黙っていると、サナエルが答えた。


「聖印を持っていてくれたからなのです。それは信者の悩みや苦悩の内容がわかるようになっています」


 どういう理屈かわからないが、聖印が原因だったのか。

 ……


「……ああ、魔王はロイスの心の中にいると自白していた。身体の情報ステータスに無い人間の心に」

「ありがとうイット。ロイスが救えるかもしれません」


 サナエルの掲げた手が光る。

 すると、ロイスの身体も光り出した。


「……ッ!?」


 本人も驚くが、痛みは無いらしく自身の手を確認するような動作を見せる。

 しかし、変化はそれだけじゃなかった。


「え……」


 俺は目を疑った。

 光る彼の背後に黒い人間型のモヤがオーラのように浮き上がる。

 そして、聞き覚えのある腹立たしい声がモヤから放たれる。


『な、なんだこれは!!』


 音速の世界で聞いた魔王の声だ。

 ということは、あれはやはり魔王?


「今、ロイスに大天使の祝福を与え、司祭階級を上げました。魂の位を上げたのです」


 次にサナエルは両手を広げた。


「心は魂を見る目、己が己であると認識する為の鏡。魂の輝きを増せば心の中の輝きも強くなるのです!」

「何言ってるかわからん!」

「良いからイット! こっちに来るのです! 魔王を表に出す最初で最後かもしれない方法なのですよ!」


 意味もわからないまま、確かに魔王が可視化されているのは間違いない。

 俺はサナエルとロイスの元へ飛び出した。

 そこでサナエルは唱える。


『子らを守りたまえ!』


 すると、俺とサナエル、そしてロイスと魔王を囲むように光り輝く大きなドームが構成された。


『「ッチ!!」』


 ロイスと魔王は連動するように舌打ちし魔法元素キューブを取り出し展開する。

 俺も同じく展開した。


「頑張れイット!」

「え?」


 後ろから声援が聞こえる。

 横目で見ると、ドームの外にいる冒険者や魔物達が俺に向かって応援していた。

『負けるなよイット君!』

「けりを付けろイット!」


 ロジャースさん冒険者達やタウ達ワーウルフ、そして昔一緒に逃げ出した魔物達やその子孫等が声を上げている。


「イット君ファイト! ウチも一緒だよ!」

「死んでも生き返らせてやるから安心しな! イット!」

「ソマリ……ベノム……」


 エルフ達の声援が聞こえる。


「行ってきなさい。貴方の勇気、見せてもらうわよ。イット!」

「マチルダ……」


 再会してまだ少し思い出話を語っていない。話したいことが沢山ある。

 だが、久しぶりに会った彼女の前で、恥ずかしい真似なんて出来ない。


「イット!!」


 そして、妻が俺の名を叫ぶ。


「イットなら出来る! 絶対に!」


 いつもの根拠も何も無い言葉。

 悪いことしか考えられない俺に、これほど頼もしいものはない。


「ありがとう……コハル! 皆!」


 俺はこの世界の……俺の視界に入った者達だけかもしれない。

 そんな狭い世界の人達かもしれないけど俺は……とてつもなく感謝をしてる。

 その人達に……恩返しをしたい。

 もちろん、目の前のロイスにも!

 俺とロイスは同時に魔法元素キューブを展開させる。


「「身体解析魔法ステータス・オープン!」」


 思った通り、ロイスと魔王は音速化しようとしている。

 お互い魔法が先にきまった方が勝ったも同然。

 先に決まる……

 そしたら、ロイスの下位互換の俺が勝ちようがない。


「そんなの知ったことか!」


 俺はイットとしての人生をもって、魔王を倒し……

 ロイスを救うんだ!


「「身体の情報拡張ステータス・エクステンド!」」


 俺達は同時に魔法を起動させる。

 これが、本当に最後の決戦だ。

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