第220話 諦めのリターンホーム

「どうすれば良い……どうしたら……」


 俺は風の魔法で空を飛び、王都シバへ向かう。

 音速の世界の中、脳内で沢山のシミュレーションを重ねる。

 紅焔の星落としファイア・メテオ・プロミネンス

 炎属性の中でも隕石を呼び寄せ攻撃するトチ狂ったとしか思えない殺意の塊のような魔法だ。

 ただでさえ被害の大きい炎の魔法だが、この魔法は更に別格級の威力と破壊力を誇っている。

 昨日の夜に俺とコハルへ放たれた物も同じ魔法だ。一撃だけで森林火災に繋がり国の調査が入るほどだ。

 そして恐ろしいのが……


「……クソッ!」


 空を見上げる。

 今のところ空には何も変化がないのだが、これが厄介過ぎる。

 今はほぼ時間が止まっているに等しいが、元の時間に戻ると空から隕石が王都シバに落下する。

 どこから降ってくるのかは直前になってみないとわからない。

 隕石の速さや規模感もわからず、どこから出現するのかも正確な予測が出来ないため対策の立てようが無い禁忌の魔法である。


「土の魔法で巨大な山を作るか……いや、地形の変化が大きすぎる。なら氷塊を……巨大な火球に相性は良くない……風も……正直それで止められる気がしない……いっそ今、俺も同じ魔法を」


 同じ紅焔の星落としファイア・メテオ・プロミネンスを撃ち相殺すれば……いいやダメだ。そもそもまだ隕石が出現していないからタイミングを合わせてぶつけ合うのは不可能だ。

 仮にぶつける事が出来たとして、隕石が消滅出来る訳ではない。砕けた破片が国近郊の自然に飛来して各地で火災が起こる。

 下手したら近隣国や村や町に被害が及ぶ可能性もある。


「やっぱりダメだ……」


 どう考えても、あの魔法を音速で発動してしまった時点で王都シバの住人を救うことが出来ない。

 徐々に視界が暗くなるのも感じた。


「うぐっ!!」


 口から血が流れ出す。

 タイムリミットが来た。

 俺は王都シバの城壁の上へ着地し情報拡張エクステンド状態を解除する。

 音が元に戻り、城壁から上空へ視線を向ける。

 日も昇った午前の青空に一点、夜空に輝くであろう星の光が見えた。


「まずい!」


 城壁の岩レンガを蹴り飛ばし、城下町へ飛び込んだ。

 後ろに流れる風景を貫き、風の力で屋根の高さを滑空する。時に屋根を蹴って方向転換しながらガンテツ屋の入り口付近の地面を少し陥没させる程度に着地した。

 ドン、という音と土煙が舞い上がる。


「ちょ、ちょっと! 何なのよいったい!」


 聞き慣れた女店長の声に、少しの安堵が心に押し寄せた。

 そして、


「イット!」


 俺の名前も呼ぶ嫁の声も聞こえる。

 土煙が晴れ、俺は彼女達の顔を見てひとまず安心した。


「コハル、アンジュ……ただいま」


 尖った犬耳に久しぶりに冒険用の戦闘服に着替えているコハルと、いつもの工房のエプロン姿ではない私服のアンジュが店内にいる。


「イットよ。無事だったか」


 奥の方のレジには、赤子のサニーとウィルを抱えた完全にお爺ちゃん姿のガンテツがいた。


「ああ……皆無事で良かった」

「イット! ここに居るって事はロイス君がここに攻めてきたってことだよね? 私も戦いに行こうと思うよ!」

「え?」

「サニーとウィルを守るのは当然だけど、だからってジッとしてられない! 子供達はアンジュちゃんとガンテツさんお願いして、前に出て私はこの子達を守るって決めたの!」


 コハルの冒険者用の服を改めてみる。

 少し運動不足だったせいか、太ももあたりが肉つきが良いように見える。


「いや……ロイスじゃない……実は」

「あ、あれ……本物だ! 人類史上最高と言われているイットさんだ!」


 話そうとした時、突然名前を呼ばれてそちらを向く。ガンテツ屋の店内にいた10代程の若い冒険者達の一人、どうやら魔法使いらしきエルフの男の子が目を輝かせ羨望の眼差しを向けていた。

 恐らく旅の道中で立ち寄ったのだろう、今の王都シバに何が起きているのか把握していない様子だった。

 ……そうだ、今俺しか知っている者はいないのだろう。

 しっかり状況を説明しなければ!


「皆! ロイスが隕石を落とす魔法をこの国に向けて放ったんだ! 急いで逃げてくれ!」


 俺は店内にいる皆に伝えた。

 ガンテツが聞き返す。


「なんじゃと? それは本当か?」

「ああ……着弾まで時間がない。情報拡張エクステンド化して最高出力になった禁術だ」


 すると、アンジュが訪ねる。


「どれぐらいで、この国に落ちるの?」

「わからない……ただ、すでに星が光っているのは見えた。数分後って見積もった方が……」


 俺は更に頭を抑えた。

 数分後じゃ、サニーやウィルを抱えての逃亡するのは難しい。


「ダメだ、間に合わない……どうすれば……」


 どうすれば……皆を助けられる。


「イット」


 すると、コハルが俺の肩を叩いた。

 顔を上げると、彼女のみなぎる自信溢れた笑顔があった。


「それなら私とイットで、隕石を壊せば良いんだよ!」

「……え?」


 思考が停止した。

 ……だ、ダメだ思考停止しちゃダメだ!


「コハル、冗談を言ってる場合じゃ無いんだ。どの魔法を使っても、隕石を破壊や防ぐことは難しい。仮に隕石を壊したり防げたとしてもその二次被害が――」

「やってみなきゃわからないよ!」


 コハルは外を指さした。

 指さす先は青空に瞬く強い光の星が一つ輝いていた。


「私達ならなんだって出来る! いつだってそうして来たでしょ? 二人でこの国をちゃちゃっと救っちゃおうよ!」


 青空に輝く星の光を背に、コハルが振り向く。


「さあ行こう! 私達最強コンビで隕石なんかパパッと消し飛ばす!」


 自分を信じ、そして俺を信じ切っている俺の嫁の眼差し。


 カチッ――


 コハルの言葉に、俺の頭の中のパズルが動き出した。

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