第178話 王国の本当の名

 しばらく降り続けると、最下層へ到着したらしくエレベータが止まる。

 降りてきた天井から差し込まれた光以外見えない程の暗闇が広がっていた。

 スタッフを取り出し、


閃光付加スパーク・エンチャント


 魔法で辺りを照らした。

 エレベータの先は続いている。

 床はボロボロだがタイルが敷き詰められていた痕跡があり。

 左手には壁も亀裂が入っているが人工的に作られた物なのか所々つるつるとして綺麗な形で残っている場所だった。


「これが……古代遺跡?」


 なんだか、俺は妙な違和感を覚えていた。

 何かここを見たことがあるような既視感が拭えない。


「……え?」


 足下を照らしていると、一枚のタイルの感触に違和感を感じた。

 踏んだそれを照らすと、割れているが丸い台形のような凹凸が並べられ表面が黄色く塗装された岩が落ちていた。


「点字……ブロック?」


 これは……視覚障害者の道しるべとなる物……

 俺の世界にあった物で……魔物と戦ってきて障害者の設備を作る余裕のないだ。

 俺は額から冷や汗が垂れてくる。

 右を見てみると二つに区切られた上り階段が見える。

 奥を照らすと土砂で塞がっており先に進むことが出来ないのがわかる。

 暗がりの中なるだけ急ぎながら道沿いに奥へ進む。




 慎重に奥へと進むと分かれ道となる。

 真っ直ぐ奥に進むか、右に曲がるか。

 前は暗闇が続いており、右にはヘソぐらいの下辺りの高さがあるモニュメントが均等に行く手を塞ぐように配置され、一本の太い柱が立てられた道。

 俺は警戒せずそれに近づく。


「……」


 そのモニュメント……を触るが動く様子がない。きっとのが何となくわかった。俺は太い柱に確認する。

 だがこちらも劣化のせいかコンクリートのような物が剥き出しとなったただの柱となっていた。

 俺はそのモニュメント達の間を通り、土砂を避けながら道なりに進む。





 また二つに分かれた階段をゆっくり降りていく。降りた先は少し開けた横長の空間であった。

 一度止まり、少し息を整える。

 俺が一歩足を踏み出した時だった。


「……ッ!?」


 バチンッと音が響く。

 空間がまるで電気が付いたように明るくなった。

 そこは白いタイルが敷き詰められ、両サイドにはくぼみと、くぼみから人が落ちないようにする白い鉄板が破損しつつ並んでいた。


「駅だ……」


 疑念は確信に変わった。

 この構造物は駅だ。

 俺が昔居た世界の……地下鉄の駅の構造そのものだった。


「……」


 俺はふと、くぼみの向こう……線路沿いの壁に目をやる。

 そこにあるはずの駅名標を見る。

 するとやはりそれはあった。

 上下に赤い帯がひかれ真ん中に駅名が書かれている。


「しば・ねばかあ……いや違う、そういうことか」


 思わず、この世界の書物通りに癖で読んでしまった。

 そして、この王国の名前と同じ発音をしてしまう。

 ここに記載されいるのはここの世界の言葉で無くひらがなと漢字、ついでにローマ字も記載された日本語だ。

 に読む。


「あかばねばし……ここは……赤羽橋あかばねばし駅」


 ――カチッ


 俺の手は震えた。

 ここまでの出来事が繋がった感覚。

 所々この世界と俺のいた世界が似ており、理屈が通用した理由。

 現代の知識がこのファンタジーの世界でも曲がり通ったその理由が……


『アカバネバシ……やっぱりそう読むんだね』


 前からくぐもった声が聞こえそちらを向く。そこには先ほど家の前であったベノムの姿があった。

 彼女はマスクを脱ぐと昔と変わらぬ容姿を見せ、ニンマリと笑みを浮かべ、大げさな素振りでホームに声を響かせる。


「ようこそ、スカウトギルドが隠していた最深部、世界が隠していたいにしえの文明が残した遺跡へ!」


 彼女の胸元には見覚えのあるガブリエル教会の聖印の首飾り。俺やソマリがもらった物と同じ羽が付いている物だった。

 彼女は楽しそうに続ける。


「よくぞここまで辿り着いた勇者イット! いや、転生者イット! いや、経済界の革命家イット! いや、父親のイット! はははは! 沢山の肩書きが増えて、随分と成長したじゃないか! お姉さんは嬉しいよ! あっはははははは!」


 何故か笑い始める彼女。

 ひとしきり笑い終えると、今度は今まで見たことのない慈しみを感じる優しい笑みに変わる。


「そして、君はやはり歴代の中でも一番真面目だった。ぐっちょくに勉強し、お姉さんの手駒として丁度良いと思っていたけれど、予想以上に君は真面目すぎた。まさかこの世界の構造を解析しようと考えつくなんて、正直思っていなかった。君のことを馬鹿にしすぎた。これは私の慢心だよ。けど、よくやってくれた」


 そう言うと、ベノムはホルダーに入っていた二丁の拳銃を取り出し両手で握る。

 彼女の口元に笑みを浮かべながら、目は笑っていない。

 殺気にも似た緊張感が張り詰める。


「賞賛し、君に新たな肩書きを与えよう……旧世界からの来訪者、イットよ」

「旧……世界」

「ここは君のいた世界より、未来の世界なんだよ」

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