第177話 禁忌の聖域

 王国の中に入る。

 馬に跨がり疾走するのは国のルール上よくないのだがそんなことを気にする余裕が無かった。

 街は夜にも関わらず人々が外に出て騒然としている。

 先ほどの光の線が王国を走っていったのもあるだろうし、かと思いきや街の近くで大きな爆発があり林が燃え広がっている。

 衛兵達も街の住民達を宥めるので忙しそうだ。

 なるだけ、人々の視界を避けるように馬を走らせ人気の無い路地裏へと辿り着く。

 路地裏の一角、建物の裏手に当たる一つの簡素な扉の前へ到着した。

 馬の手綱を括り付ける場所がないので仕方なく、その場で降りる。


「すまない、ここで大人しく待っててくれ」


 と、馬の頭を撫でてから俺は、その扉……スカウトギルドの隠れアジトの中へと入っていく。

 中は外観とは違い、少し狭いがバーのような作りになっている。

 如何にも柄が悪い者達がタバコを吹かせ、カウンターにマスターが一人グラスを拭いていた。

 店内の全員がこちらに注目する。

 俺の姿を見るなり若い如何にもな男がメンチを切ってくる。明らかに酔っている様子だ。


「おいおい兄ちゃん! ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ! 部外者は入会費として500G必要なんだぜ? へへへさっさと俺に払い――へぶ!?」


 男が話している最中に横で飲んでいた別の筋肉質でスキンヘッドの男が脇腹に肘を打ち込んだ。


「その方はボスのお気に入りだ。すみませんねイットさん。コイツ新人で」

「あ、いえ、大丈夫です」


 互いに頭を下げ合いつつ、カウンターのマスターに声をかける。

 この人がこのアジトの受付みたいな役職だ。


「マスター急ぎなんだ。ここの最深部へ、ベノムが――」

「話は聞いています。今迎えが来るのでしばしお待ちを」


 言葉を途中で遮り、マスターに待つように指示される。

 だが待つのも束の間、店の奥からダークエルフの男が現れる。


「お、イットさん早いっすね! ボスのご指名っす!」


 見覚えがある。

 俺達が少年時代の頃、ガンテツ屋に来たセールスマンだった男だ。

 彼はこんな状況の中でも笑顔でこちらへ手招きしている。

 俺は頷き彼の後を着いていった。




 下ったり歩いたりを繰り返し、入り組んだ道を進む。

 スカウトギルドには少年時代に何回か訪れたがここまで奥に入っていくのは初めてだ。

 そう言えばベノムに通されていたのは、もっと手前の会議室みたいな所までだったかもしれない。

 進むと、今度は炭鉱にあるようなエレベータの前に到着する。


「すみませんイットさん。ここから先の最深部には一人で行ってもらうっす」


 ここまで先導してくれたダークエルフは歩みを止めた。

 古めかしい何とも怪しげなエレベータに俺は思わず尋ねてしまう。


「この先にベノムが?」

「そうっす!」

「俺の家族もいるのか?」

「いいえ、実はもう通り過ぎた部屋の中でかくまってるっすよ。お友達も一緒です」

「まず、皆に会わせてもらえないか? 安否を確認したい」

「それは出来ないっすね」


 彼は笑みを崩さずに即答する。


「まずはウチのボスに会ってからにしろと言われているっす」

「……」


 人質を取られている気分だが、ベノムに助けられたのは事実だ。

 彼女の要求に従うしかない。


「わかった……ここを降りた先に何がある?」

「さあ、わからないっすね」

「……そうか」


 俺が溜息吐いてエレベータに乗り込もうとした時、男が話し出す。


「あー……すみませんイットさん。ウソっす。この先に一回だけ降りたことあるっすよ自分」

「え?」

「ボスに言わなくても良いって言われていたんすけどね……この先は何億年前の古代遺跡の跡地らしいんすわ」

「古代遺跡? この国の下にそんな物が?」

「ええ、ボスからはそう聞いてるっす。俺はエレベータを降りた辺りまでしか行ったことないっすけど……暗いんで気をつけて下さい」


 気遣ってもらいつつエレベータに俺だけ乗り込む。

 最後に俺は質問する。


「何でベノムから口止めされてたことを話してくれた?」


 俺の質問に笑顔で男は答える。


「さあ、なんでっすかね? 気まぐれっすよ」

「……」

「強いて言うなら、昔の借りですかね。ガンテツ屋との交渉を手伝ってくれたささやかなお礼っすよ」


 そこまで言うと男はレバーを引きエレベータがカラカラと鎖が擦れる音と共に動き出す。


「お気を付けて」


 男は手を振りながら視界の上へと消えていった。

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