第167話 ごめんなさいよ

 アンジュはルドとシャルを指さし言い放つ。その言葉にルドが反応する。


「……はぁ?」

「ド・ゲ・ザアアアアアアアアアア!!」


 アンジュが怒り狂ったようにはち切れんばかりの雄叫びを上げた。

 木々に止まっていた鳥達が一斉に逃げ出し、キーンと耳鳴りだけ響き渡る。

 静まりかえった所で、アンジュは素のトーンで話し出す。


「アンタ達の書いた中に、イットが冒険出発する時の装備に対して、散々ダメだし書いてあったでしょ? ダサいとか貧乏くさいとか? 低品質とか?」

「そ、それがなんですの?」

「それ、アタシの店が見繕った装備だから! 近隣住民やこの国のアタシの店に通ってる冒険者全員が知ってるのよ!」

「だからどうしたと言いますの! 貴方のお店が何なのか知らないけど、どうせ弱小小売店なのでしょ! 本当のこと書いて何が悪いのかしら?」

「営業妨害だって言ってるでしょうがああああああ!! 馬鹿女ああああああ!!」


 地響きが怒りそうな怒声と般若の顔になるアンジュは言い放つ。


「もういいわ! アンタの盾の一族が受注した分全部停止させるわ!」

「……は?」


 アンジュの言葉の意味がわからず思わず間抜けな顔をするルド。


「あと、そこで黙ってるメイド! アンタ剣の一族の使用人よね? アンタもムカつくから取引中止ね!」

「……」


 二人は目を丸くして硬直している。俺はどういうことなのか察して止めに入る。


「お、おいアンジュ! この件を絡めるのは相手に迷惑じゃないか、仮にもガンテツ屋の古参客だろ!」

「は……ガ、ガンテツ屋ですって!?」


 店名を聞いて、さすがにルドも気付いたらしい。


「そうよ、昔からアンタらの一族からこそこそと公表されずに依頼を受けているガンテツ屋よ! アタシはアンジュ、現ガンテツ屋の店長、最高責任者!」


 ガンテツ屋は今となってはこの国で知らぬ者はいないという程の武具屋になったが、昔から貴族から依頼も受けていた知る人と知る店だった。

 貴族階級のルドや使用人のシャルならどういう店なのかは知っていたらしい。

 そんな現在店主のアンジュは誰よりも大きくふんぞり返って見せた。

 気付いたルドは、どう見ても焦った様子を見せる。


「な、何よその冗談! ぜ、全然笑えませんわ! 意味がわかりませんもの!」

「は? どういうことかもう一度教えてやるわよ! 今後アンタの両親から来た装備の制作と修理を全て断るって言ってんのよ! どうしようもないアンタ達バカ二人のせいでね!」

「そ、そんなこと出来るわけ有りませんわ! 第一、貴方があのガンテツ屋の店長だなんて、証拠はありますの?」

「ハッ、別に信じなくても良いけど明日には内容送って正式に取引をやめるから」

「あ、貴方にそんな権限あるわけないですわ!」

「アンタバァ~カァ~? アタシが代表って言ってるでしょ? アタシの一言で契約打ち切りだって言ってるでしょ?」


 すると、青ざめたまま硬直していたシャルが横やりを入れる。

 

「……剣と盾の一族は、この国でも名門。い……一気に、大口客二つがなくなるのでは……」

「別にかまわないけど?」

「え……」

「今、この国だけでも依頼が止まらないのよね。あ! アンタ達以外の貴族階級からも特製武具頼まれちゃって大変よ。予約一年待ちもざら」

「あ……あ……」

「古い付き合いってことで、剣と盾の貴族をひいきにしてたみたいだけど、ま、アタシには関係ないし! 寧ろあっちの人達の方が報酬に色が付いてて美味しいのよね~」


 舌をぺろっと出すアンジュ。


「アンタ達は一生お古で過ごしている間に、他の貴族が王国最高品質の装備で身につけてたら、ちょ~っと貴族階級の人達の品格も変わっちゃうかもねえええええええ! ま、アタシはそんなこと知ったこっちゃありませんけどねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 今世紀最高の笑顔を振りまきぐるぐる回る。顔を青くして黙るシャルと、奥歯を噛みしめ何も言えなくなるルド。

 そこへアンジュは手を差し向ける。


「はい、土下座」


 強要するように彼女等の足下を指し示す。


「うちの従業員を虐めたのと、うちの商品を蔑む本を国にばらまいた営業妨害。今なら、昔のよしみで土下座で許してあげる。アンタ達の主や両親に事の顛末も言わないし、取引も続行。あ、あと本の中身の訂正と謝罪も世間様にするのよ。さ、どうするの?」


 アンジュがそこまで言うとしばらく沈黙した後に、シャルが地面に手をついた。


「申し訳……ございません……」

「はぁあ? なになに? 声が小さくて聞こえないわ?」

「おい、止めろアンジュ。もういい……」


 俺が彼女の肩を掴もうとするが払われる。アンジュは俺を一瞬睨むが、すぐ向き直りルドを見る。


「早くアンタも土下座しなさい」

「何で……ワタクシが」

「あ、いいんだ? じゃあ、継続はアンタが謝らなかったから無しね! はい、残念でした! おわりー! さよならー!」


 小馬鹿にしたように言い放つアンジュ。

 ルドはギリギリと歯ぎしりをたてながらしゃがみ込み、両手を土の上につく。


「……なさい」

「何? 聞こえなかったんだけど?」

「ごめんなさい!」

「地面に頭こすり付けるのが土下座でしょ! 何汚れないように済まそうとしてるのよ!」

「クぅッ……ごめん……なさい。許して……下さい!」


 あのルドとシャルが二人で土下座をし、縮こまっている姿に呆然としてしまったが、これはいけないと俺は割って入った。


「もういい! 二人とも顔を上げてくれ! アンジュ言い過ぎだ!」


 満足したような表情を浮かべているアンジュを後ろに下がらせる。

 言葉通りルドをシャルは額と前髪に土を付けた顔を上げ、こちらへすがるような表情を見せた。

 俺が言うべきことは変わらない。

 二人に俺の気持ちをちゃんと伝える。


「とにかく、俺はもうコハルと子供が二人居る父親になった。俺は俺の家族の為にも死ぬわけにはいかない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る