第166話 土下座してよ

 今まで無言で傍観してメイドのシャルが突然話し始めた。


「今まで無礼を働いていたのは承知しております。この度はイット様に昔のシャルが行った愚行を謝りに来たのです」


 依然と変わらず淡々とした口調で、彼女は深く頭を下げた。


「どうか、過去のあやまちをお許し下さい。シャル達はとても反省しております」


 表情が見えないが、シャルは綺麗に頭を深々と下げる。

 本当に申し訳なさを感じさせるようなプロの謝り方だ。

 それを見た俺は思わず溜息を漏らす。


「あのな、だから……」


 俺がようやく話しだそうすると――


「これ読んだ?」


 アンジュが俺の眼前にいつの間にか持っていた一冊の本を出され、言葉を遮られる。


「おい! さっきから勝手に進めないで俺にも話さしてくれ!」

「良いから、この本のことアンタも薄ら知ってるでしょ! 今ネバ王国で話題の奴よ!」


 とりあえず、俺は本を受け取り表紙を見る。そこに書かれていたタイトルに、思わずゲンナリしてしまった。


「魔王討伐の伝記……勇者ロイス様の伝説……」


 ああ、知ってるとも……

 読んでいなくとも、誰かの話し声が聞こえるほどには話題になっている新書だ。

 この世界で本は高額な商品にも限らず、王国の計らいで本の冒頭の部分が一般人でも無料で読めるようになっていると話は聞いた。

 俺は当事者なので読む気はないのだが……

 アンジュが俺に向かって続ける。


「そこに書いてあること、アンタ読んだ?」

「……いいや」

「そうね、読まなくて正解だわ。無料で読める伝記の冒頭で、本に書かれているイットはどれだけ無能で、しかも夜な夜な女性を襲っていたクズ野郎だったって誹謗中傷されてる胸くそ悪い内容よ」


 そこまで聞いて誰が書いたのか想像がつく。もはや、嫌がらせのやり方が未だに幼稚で溜息を漏らしてしまう。

 アンジュの言葉に、シャルが弁解してくる。


「そんなことありません。シャルは本当のことを書きました」


 追随してルドも弁明してくる。


「そうですわ! 第一その本は今暴走してしまっているロイス様の印象を悪くしないように、フリュート家の申し出で忙しい中ワタクシ達は渋々書いた物ですわ! 誹謗中傷と捉えるのは貴方のですわ! そんな走り書きみたいな文章を今此処に出すのは場違いですわ!」


 旅をしていた時を思い出す彼女のまくしたてを見て、ああ……コイツら全然変わってないなと思う。


「……ウチ、それ聞いてないんだけど」


 呆れる空気感の中、ソマリが今までの柔らかな口調とは違う淡々とした声色で話す。思わず彼女を見ると、見たこと無いような冷たい表情でルドとシャルを見ていた。彼女は続ける。


「ルドちゃんとシャルちゃんは、昔のことを反省して、イット君とちゃんと和解しに行くって話だから、他の人の反対を押し切って王都ネバに戻るって言ってたよね?」

「え、ええそうですわ! こうして謝っているでしょ?」

「ウチがちゃんと確認してなかったのが一番悪いけど、この印象操作する本にイット君の悪口を書いて世に出したらイット君は傷つくし、知らないで読んだ人が、真に受けてイット君達や周りの人達に迷惑かけることぐらい、二人は馬鹿じゃないんだから想像出来るよね?」

「それは……」


 今まで見たことの無い淡々と詰めていくようなソマリの雰囲気に、ルドとシャルは困惑している。

 ついでに俺も。


「な、なによ急に……ワタクシ達は、ちゃんと謝りに来て……というか、貴方は本をちゃんと読んでいないでしょ! 何、あのおチビさんに感化されているのかしら?」

「なら今読むよ」

「別に今じゃなくても良いわ! イット様ごめんなさい! はい、これでいいのでしょ?」

「……」

「ほら、シャルも謝りなさ……」

「ウチ、もう二人に付き合いきれないや」


 そう言うと、ソマリが俺の前に来て頭を下げた。


「ごめんねイット君。ロイス君の暴走を止めるのにイット君の助力が必要だってウチ等ロイスパーティーの面々で話し合ってここに来たんだ」

「……」

「でも、ルドちゃんとシャルちゃんのいざこざもあったから、お願いすることが出来なくて……そしたらこの子達が誠心誠意謝りたいってことになって……」


 その後も細かく説明された。

 俺達が抜けた後のロイスパーティーでも、古株のルドとシャルは我が強く、彼女等に俺との交渉は任せられないという結論になっていた。

 だが、昔の状況を知っているソマリは彼女達から謝りたいと言い出し、過去の自分を向き直れたと思い、必死に仲間を説得してここまで彼女等と同行して来たのだという。


「結局こうなっちゃうなら連れてこなければ良かった。ごめんねイット君。すぐこの子達を連れて帰るよ」


 ソマリが彼女等に向き直ると、


「二人とも、イット君に謝って」

「な、何よ……」

「……」

「良いからしっかり謝って」


 淡々と冷たく謝罪を指示する。

 初めて見たが、ソマリは怒ってる。

 こちらからは見えないが、彼女が今どんな表情をしているのか想像するのも怖い。

 そんなロイスパーティーの面子へ更に追撃がかかる。


「謝るんじゃなくて、して」

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