第161話 帰る家よ

 芝が広がる平原の道を俺とアンジュの二人で馬に乗り進む。

 俺の前に小学生程の身長である彼女を乗せ、馬に負担をかけないようゆっくり歩いてもらっていた。


「あれから早いものね」

「何が?」

「何ってアンタがネバに戻ってきて2年ぐらいでしょ?」

「ああ、もうそんなに経ったか。いろいろあったよな」


 アサバスカ山からベノムの伝で1年程で王都ネバ帰宅出来た。

 帰ってきた頃にはロイスパーティーが魔王を討伐していたことが世界に伝わり、王都ネバは自国出身の勇者を讃え年中お祭り騒ぎのように活気づき、他国からの貿易も盛んになっていた。そんな中に帰ってきた俺達は、途中離脱したこともあって目立たないように帰国したのだ。


「ネバに戻った時、アンジュとガンテツさん達にまた拾ってもらえて助かったよ。これからどうしようかって悩んでた時だったから」

「当然でしょ! 捨て犬みたなこと言わないでよ。アタシ達は家族みたいなものよ!」


 彼女の頭部を見ながら、俺は思わずほころんでしまう。

 ここまで力強く言い切ってもらうと、嬉しくも照れくさい。

 帰国後、ガンテツさんとアンジュに挨拶すべくガンテツ屋へ数年ぶりに帰ってきた。 快く向かい入れてくれた彼等に、今までの経緯を隠さず説明した。

 俺達はイダンセでロイスと別れ、コハルの故郷であるアサバスカ山へ向かい彼女の家族と会ってきた。

 ロイスと合流すること無く、彼等が魔王討伐に成功した一報を聞き帰ってきたこと。

 せっかく見送ってくれたのに申し訳ないと支援してくれた彼等に謝った。

 すると、彼等は「無事帰ってきてくれただけで良かった」と暖かく向かい入れてくれた。その後また彼等にお世話になり、ここで生活の基盤を作るためガンテツ屋で働かせてもらった。


「アタシ達としてもイット達が帰ってきてくれて凄く助かったわ。商業ギルドと丁度やりとりしてた頃だったから」

「ああ、確かにそうだったな。一番大変な時に帰って来ちゃったからな」


 帰ってきて早々、アンジュ達と共に商業ギルドと商談があった。

 ガンテツ屋のポイントカードのシステムを応用し今回のカード決済システムを普及させたいという結構な大プロジェクトの話を行うことになってしまった。

 もちろんあのシステムを作った付加魔法使いエンチャンターとして技術者的な立ち位置で、アンジュとギルド員との権利交渉云々に関して難しい話し合いに参加し、ガンテツ屋が有利な条件を進めるよう技術提供することになった。

 それからというもの、俺はガンテツ屋のレジシステムの管理とカードシステムのアドバイザーの二つの仕事を行き来しながら収入を得ていた。


「アンタね……この国の……今後他の国のお金の動きが大きく変わる可能性をアンタは作ったのよ。凄い業績じゃない! もっと自信持ちなさいよ!」

「わかってるよ。ただずっと忙しくて実感なくてさ。何かあっという間だったなって」


 正直実感が無い。

 それよりも自分達の生活基盤を安定させるので必死だった。

 だが、おかげさまで城壁の外、郊外に家を建てることが出来た。

 虫が多いのだけ難点かなとは思うが魔物も住んでおらず、自然豊かな環境で静かな所だ。こうして馬を使えば王都ネバへの行き来も容易で俺とコハルは満足している。


「そんなことより、またアンジュの所で働かせてもらえるのが感謝しかないよ」

「何言ってるのよ!」


 こちらへアンジュが振り向く。


「ア・ン・タに! アタシ達は助けてもらったのよ。恩を感じるのはこっちよ。商談もそうだし、今やアンタの作ったカードがお店の知名度が上がったんだからね!」


 本当に、会ったばかりのことを思い出すと彼女がここまで褒めてくれるのは、しっかり出来たのかなと思える。

 魔王討伐は出来なかったが、他の誰かの為になれたのだ。

 ありがとうと伝えようとした最中、林の近くに建てられた一件の家が見えてきた。

 それにアンジュが気付く。


「……あ、もう着いたみたいね」

「……そうだな」


 しばらく進んで家に着き、馬小屋に愛馬を入れ玄関をノックしドアを開ける。


「ただいま」


 俺の声が玄関に響く。

 すると足音と共に私服着たコハルが出迎える。両手にを抱えて。


「おかえりイット! アンジュちゃんもいらっしゃい!」


 笑顔で出迎えてくれた彼女、そして華奢な腕から想像できない力強く両腕で抱えられる小さな犬の耳がはえた俺達のにも挨拶する。


「ただいま、ウィム、サニー」


 眠る息子のウィム、目を見開きジーっとこちらを見つめる娘のサニー。

 俺の家族が出迎えてくれた。

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