第162話 団らんよ
「あらら~! ウィルくんもサニーちゃんも可愛いでちゅね~!」
とろけてしまった様な笑顔で赤ん坊達を音が鳴る玩具を使ってあやすアンジュ。
週一回ほど、息子達と産後のコハルの様子を見に来てくれる。
昔から彼女の面倒見は良かったが、息子達を良くしてくれて本当に良かった。
「いつも来てくれてアンジュちゃん、ありがとうね」
優しい口調でお礼を言うコハル。アンジュは片手間ではあるが、こっちを見て、
「当たり前でしょ! 産後大変なんだから手伝いにいくわよ! 洗濯物とかある? やっておいてあげるわ」
「そんな、ゆっくりしていって良いんだよアンジュちゃん。お客さんなんだから」
「水くさいこと言うわね。アタシ達の仲なんだから何でも言って良いのよ! 老婆心よ、老婆心! それともこの子達あやしておこうか?」
やる気満々で両手にガラガラを握るアンジュをオロオロしながら大丈夫だと制止するコハル。
おめかしはしているのもあるが、数年前とそこまで変わらないアンジュと比較するとずいぶん大人びたなと改めて思う。
母親となったのもあるだろうし、俺と一緒に沢山のことを経験してきたからだろう。二人のやりとりを見ていると、ウィルとサニーがぐずりだす。
そろそろお腹が空く時間かもしれない。
「とりあえず、オシメを替えて皆おやつにしよう。さっきケーキも買ってきたしな」
「選んだのはアタシよ!」
俺達の言葉にコハルも頷き微笑む。
「うん! ありがとう二人とも」
三人分担して子供達をあやして一通りやりつつ寝かしつけた。
一息吐いた所でところで、大人達は至福のティータイムとなった。
フルーツケーキをテーブルに並べ、食べながら談笑する。
「ありがとうアンジュちゃん、それにイット。一人だといつも大変だから助かるよ」
「すまないなコハル……ウィルとサニーの面倒を……」
「それは良いよ! 私も母親になったからね。この子達をしっかり育てないとだから」
俺達はウィルとサニーを見る。
スヤスヤと眠る愛しい我が子達。
息子のウィルは元気で泣くときは大泣きしてそうじゃなかったら寝ている。メリハリのついた息子だなと思う、
娘のサニーはぼーっとしている時が多く、いつも何か考えているのかなと、コハルと共に話している。将来ミステリアスな女性になるのだろうか。
性格の違うこの子達に自分の血が通っていると考えると不思議な感覚だった。
この世界に来てから生前では考えられなかったような出来事が沢山あった。
苦しいことも沢山あったが、こうして幸せな経験も出来ている。
そして今は間違いなく幸せだ。
子供が産まれ、仲の良い仕事仲間が居て、愛している女性と共に暮らしている。
産まれた時から疎まれ、周りから馬鹿にされ自分の存在意義を自問自答し、考えるの止めた人生。
あの世界に居た自分は、本当に何をやっていたんだろうなと思う。
思いふけっているとコハルが話し出す。
「あのさ、ガンテツ屋さんは順調? アンジュちゃん」
「ええ、順調よ? 売り上げもそうだし」
「そっか、イットから毎日聞いてたけどやっぱり気になっちゃって」
妊娠してからしばらくの間、コハルもガンテツ屋で働かせてもらっていた。
そして今日まであまり外へ出ない日々を過ごしていたから、外の様子が気になるのだろう。気持ちは痛いほどわかる。
アンジュも頷いて話してくれる。
「お店も鍛冶場の人達も元気よ! この前も話したけど二号店も出す予定だし、他国にも展開したいって話も出してるんだ! でも、おじいちゃんがねぇ……そんなに増やしても仕方ないってまた頑固になってて停滞中ってところ。それが今のアタシの悩みかしらね」
ガンテツさんなら言いそうである。
物の価値を一番大事にしている人だ。
店を増やすと必然的に武器の生産も増やさなければならない。そうなると質の劣化が懸念される。
俺も、無理に店を増やす必要は無いと思うが、今後の為に今波に乗っている状態で作ってしまうのも悪くないと思う。
何より彼女達に関する一番のメリットは、スカウトギルドとの関わりを断つ考えがあるからだ。
現在のガンテツ屋は、昔と変わらずスカウトギルドが提携しているような状況だ。
昔と比べれば、干渉はほとんど無くなったが、土地や建物がスカウトギルドが買い取った所有物であり、どちらが優位な立場かが明白である。
ベノムから鶴の一声が掛かればすぐに潰れてしまう立場ではある。
逆に言えば、そこから離れれば独立することになるのだ。
アンジュは万が一に備え、店の看板だけでも守ろうと考えているみたいだが、先ほど言ったガンテツさんが頭を簡単には振らないと言った状況なのである。
ふと、アンジュが思い出す。
「そう言えば……店のことで思い出したけど、最近ベノムのことを見ないわね」
「ベノムさんのこと?」
アンジュの話にコハルが耳を傾ける。
「たまにお客さんのふりして来て、ちょっかいを出してきたけれど最近見なくなったわね、集金も違う人だし。この国にいないのかしらね」
「確かに、俺もベノムを最近見ないな……」
丁度思っていた事が話題になったので俺も会話に入った。
コハルは俺等の口ぶりに、穏やかな表情で答える。
「そっか、ベノムさんも忙しいのかな? まだウィルとサニーを会わせてないのベノムさんだけなんだ」
確かに、一通り挨拶した中でベノムに話した記憶が無い。
一応、彼女にはお世話になった? と思うので報告ぐらいは直接伝えたい気持ちがあるのだが……
「別にいいんじゃない?」
アンジュは適当に言い放つ。
「アイツに関わるとろくな事にならないし、会わないに超したことはないでしょ」
「アンジュちゃん、その言い方は……」
宥めるコハルだがアンジュは口を尖らす。
「いろいろスカウトギルドから支援もあったってことは聞いてるけど、アタシはアイツのことは好きになれないの! 権利を買い取られて、店を取り壊して娼婦館を作ろうって言ってた奴よ! 今更良い人ぶってもアタシは許さないからね!」
あの十年前の時の話を根に持っているのだろう。
でも、気持ちは良くわかる。
危機的状況に追い込まれ、鞭を叩かれるような心境だったのだ。
発破をかけていたとしてもあの時のことを俺も許したくは無い。
だが、ここまで俺達を支援してくれたことも事実なので、彼女に対しては今も複雑な心境だった。
最近見ていないが、心配はしていない。
あのベノムだから、またどこかで何かをやっているのだろう。
その時だった……
玄関先からノックの音が聞こえる。
「あれ? 誰か来た?」
コハルが耳をピンと立てる。
すかさず俺が立ち上がった。
「俺が出るよ」
俺は歩きながら入り口のドアノブに手をかけゆっくり開く。
外の光と共に複数人のシルエットがすぐに具現化した。
そこには三人の見覚えのある女性達が立っていた。
「……」
「……」
「や、やっほ! イット君久しぶり……」
想定していなかった俺は放心して口を閉じることも忘れ、彼女等を見つめて固まってしまった。
そこに居たのは、昔よりも更に鮮麗された装備を着込み、随分大人びた……
重装のルド、
メイド服のシャル、
そして、サナエル教神官のソマリだった。
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