第156話 ワーウルフの巣よ

 俺、コハル、そしてワーウルフ兄弟のシグマ、ロー、パイ。

 雪山をこの五人で登っていく。

 木々の間からジッとこちらを見つめる人々や狼がチラホラと見受けられる。


「お前達は捕虜の扱いだ。他の奴らから攻撃受けない。安心しろ」


 シグマは俺達に気を遣ったのか話しかけてくれる。

 シグマの後ろに拘束された俺と拘束するパイ、それを睨みながら監視するコハル、そして最後尾に背の高いローが俺達二人の監視。

 縦一列になって雪道を進んでいく。


 しばらく多くのワーウルフに見守られ生きた心地がしないまま歩いて行くと崖に出来た大きい洞穴の前に辿り着いた。

 穴の両端には門番のように佇む二匹の大きい狼がこちらをジッとこちらを睨み付けていた。穴の前で立ち止まりシグマが話す。


「安心しろ、オレが話してくる」


 そう言うと、門番二人に聞いたことのない言語で話している。

 ワーウルフ特有の言語化もかしれない。

 しばらくして、シグマがこちらを向き直ると俺達に話す。


「コハルだけ長老に会う、許された」

「そうか、良かったなコハル」

「だが人間、お前はダメだ」


 その言葉を聞いた途端、パイは俺の腕を放す。拘束が解かれたのかと思うのも束の間パイは荷物の中から輪っかのような物を取り出し俺の首に装着させられる。


「え?」

「ちょ、ちょっと!? イットに何するの!」


 俺とコハルは動揺するが、すかさずシグマが説明する。


「これは罪人に付ける首輪。ワーウルフでもすり抜けられない拘束具」


 首輪からは紐が伸びており、まるで散歩に行く犬のような状態となった。

 コハルが食ってかかるのではないかという勢いで抗議する。


「イットは罪人じゃないってば!」

「待てってコハル」


 俺は周りを刺激しないようコハルをまたなだめる。


「俺は大丈夫だ。ここで待ってるからはコハル、お前一人で行くんだ」

「そんな、イット……」

「ようやくここまで来たんだ。血の繋がった家族に会いにきたんだろ?」

「で、でも……イットがこんな扱いされるなんて……」

「当然だ、彼等は人間を警戒してる。むしろ俺もワーウルフのテリトリーに入れてくれるとは思っていなかった」


 それは本音だった。

 やはり魔物に敵対する人間が多いように、人間に敵対する魔物も多い。

 事前情報で人間を恨んでいるワーウルフと聞いていたから、コハルだけ家族に会いに行くことを想定していたのだが、ここまで話を通してくれるとは思わなかった。特にシグマが理解を示してくれたのが大きい。本当にありがたい。

 コハルは暗い表情を見せるが、俺は背中を押す。


「俺は殺されたりしない。だから行ってこいコハル」


 馴れない笑みを見せる。

 コハルはしばらくして頷き、


「……わかった」


 彼女はシグマと共に洞窟へ入っていった。





 洞窟の横で首輪を繋がれ立たされている俺。首輪から伸びる紐を握りしめ俺の左に立つ半裸のパイ。

 俺の右側で仁王立ちして佇む大男のロー。

 三人で何も話さず立ち尽くしていると、野次馬であるワーウルフ達がジリジリとにじり寄って取り囲んでいく。

 もの凄く注目を集め、俺も襲われないように辺りを窺う。

 人型の者は、皆コハルのように犬のような耳が頭部から生えておりこの雪国の中男女問わず露出度の高い服で正直目のやり場に困る。寒くないのだろうか、なんて余計なことを考えてしまいながらコハルの安否も気になる。言葉が通じ話を聞いてもらえたからと言って相手は魔物。

 いや、魔物だろうが人間だろうが簡単に信じ切ってしまうのはダメだ。

 いつ何時でも動けるようにして置かなければ。きっと、彼等ワーウルフ達も同じ気持ちなのだろう――


「うぼッ!?」


 思考を巡らせている最中、突然横から雪玉が飛んできて俺の顔に直撃した。

 飛んできた先を見るとワーウルフの子供達がキャッキャとはしゃぎながら、良い的を見つけたようで、俺へ近づいたり離れたりしながら雪玉を投げてくる。


「おい止めろ! 俺は拘束されてるんだぞ! お前達も何とか言ってくれ!」


 球を避けつつ、とりあえず俺のリードを持ったパイに止めるように言う。本当は今すぐにでも子供達を叱りに行きたいのだが、状況が状況の為動くことが出来ない。

 パイは俺を冷たく睨みながら、少し考える素振りを見せて口を開く。


「ワン」

「……は?」

「ワンワンワンワンワン」


 突然感情のこもっていない声色でパイはワンワン言い始めた。


「ワンワンワン」

「……もしかして、言葉が通じないのか?」

「ワンワンワワン」

「なんでだよ! なんでシグマは通じてたのに、お前はワーウルフ語みたいなものになってんだ!」

「ワワワワン」


 そうこうしている間に子供達から雪玉を投げられ当たり続ける。

 少し痛いし冷たいのだ。

 俺はワンワン言っているパイを諦め、腕組みをするローに話しかける。


「なあ頼む、あの子供達を止めさせ――」

「ウォンウォンウォン」

「お前もかよ!!」


 ワンワンウォンウォン言い始めてしまったワーウルフ兄妹と止まらぬ雪玉。

 何だ? 新手の処刑方法か?

 俺は頭が痛くなって死ぬのか?


「誰か!! この中に言葉が通じる方は居ませんか!!」


 俺が必死に野次馬へ呼びかけていると洞窟の中からシグマが現れる。

 俺は彼の後ろに後光が差したように見え、助けを求めるように呼びかけた。


「シグマ助けてくれ! 子供達に雪を投げられるわ、コイツら話が通じないわで困ってたんだ」

「何かあったのか? だが、そんなことより話がある」


 雪が当たる俺の光景が見えていないのか、全く動揺を見せずシグマが話す。


「長老が人間に会いたいと言っている。お前も来てもらう、人間」


 雪だらけの俺の言葉は無視しシグマはパイの前に手を伸ばす。


「パイ、紐をかせ」

「わかった兄者」


 ……え?

 二人は普通に会話しながら俺のリードを手渡した。

 いや、今先ほどまでワンワン言っていたパイが普通に共通語を話しているのだが……


「ぼさっとするな、早く行け人間」


 今度はローが俺の背中をバシッと叩いた。

 訳がわからない俺は引っ張られるがままシグマと共に洞窟へと歩みを進めようと一歩踏む……はっ!

 俺は気づきパイとローに向き直る。


「お前等おちょくってたな!」


 俺の反応を見た二人は、フッと鼻で笑っていた。

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