第150話 互いに言えなかったよ
コハルは驚いた表情を見せる。
勢いで言ってしまい俺の脳裏に後悔の二文字が流れるが、彼女は表情は徐々に優しい笑みになる。
「ありがとうイット、私も好きだよ」
俺の手はまた震えた。
自分で言っておいてコハルの言葉に現実味を感じられない。
だが……とても嬉しかった。
これはお世辞だとか、裏があるだとか、LIKEの方の好きだとか。
いろいろと受け入れようと……信じようとしない浅ましい自分の思考が絡まってくるが、そんなのどうでも良くなっていく。
今は信じたい。
コハルの言葉を。
コハルの気持ちを。
今、俺は信じたい。
今までの頭の中にかかっていたモヤが、すぅっと無くなる。
こんなこと聞いてはいけないのは分かっているが、思わず聞き返してしまった。
「そ、そのだな……気を遣ってないか? その場の空気に流されてたりとか」
「そんな訳ないよ! 私もイットの事が好きだよ!」
「……本当なのか? 昔話してた肉が好きとそう言うのじゃ……」
「もう! 本当に私も好きなんだってば! あんまり言い過ぎると、さすがに恥ずかしいってば!」
頬を赤らめながら怒るコハル。
俺の目頭がドンドン熱くなってくる。
「イ、イット!? 何で泣いてるの!?」
「わからん! でもたぶん、これは……」
嬉し泣きだった。
情けないなぁ……
ここまでの人生の中で、初めて安堵した気がする。
自分にとって大切な人が認めてくれた。
今まで人の言葉を素直に受け入れられなかったのに、どうしてか彼女の言葉は放したくないと思えた。
「もう、最近イットは泣いてばっかりだね」
「ごめんコハル……ありがとう。俺のこと、思ってくれて……」
「何言ってるのイット。そうじゃなかったらずっと側に居ないよ!」
コハルは俺の手を握ってくれた。
彼女の暖かい手を俺も放したくなかった。
気持ちが落ち着き、俺はコハルに伝えなければならない言葉を言う。
「コハル、そしたらこれから俺と一緒に行動を共にするってことだよな?」
「うん! もちろんだよ!」
彼女は元気よく頷く。
その表情を見て、俺は意を決する。
「実は……ちょっと心配事があったんだ」
「心配事?」
「ああ……スカウトギルドのことだ」
俺はコハルに説明する。
ロイスパーティーから抜けた俺は、もしかしたらスカウトギルドから狙われるかもしれないということ。
「ソマリにも話したんだが、ベノムから何かしらの反応があるかもしれない」
「ベノムさんから? 何で?」
「何でって……そりゃあ、ロイスパーティーから俺達は離脱した。勇者の俺達を監視する役割のソマリから離れてしまったってことは、今俺達はベノムの観測外にいる」
つまり、ベノムにとって俺達は消息が消えそうな危険因子として見られる可能性が高いということだ。
「俺はどうするべきか迷ってる……このままここイダンセに滞在しスカウトギルドからの動向を見る。もしくは、王都ネバに戻りスカウトギルドの管轄に入る。これが自由は無くなると思うが一番安全な選択だ」
「……」
俺は俺の役目から外れた責任を取る必要がある。こんなことを考えるのはおこがましいのは分かっている。だがもし叶うのなら、俺はこのまま自由で静かに過ごしたい。
「もう一つは……このまま二人で、その……逃げないか?」
「……え」
「俺とコハル、二人でスカウトギルドの関与出来ない所まで……一緒に」
俺はコハルの手を掴んだ。
彼女とこれからも一緒にいたい。
真剣にそう思っている。
俺は真っ直ぐ彼女の目を見つめると、コハルは「えーっと……」と何やら微妙な表情で頬を掻いた。
「イット……たぶん、私達はスカウトギルドから逃げる必要は無いと思うんだ」
「何でだ? 今俺達はベノム達の把握できない立ち位置にいるんだぞ? 彼奴等の目的は勇者の管理。必ず何かしらの方法で――」
「そのー……あの……」
何かを出し渋る様子のコハル。
うーんと唸りながら悩み抜いたのか、彼女も意を決したように答えた。
「ベノムさんが私に任せた任務があってね……私が勇者の……イットを見張る担当なんだよ」
「……はぁ?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
コハルは続ける。
「元々イットの側で監視してほしいってベノムさんから頼まれてたんだ。その……秘密でって」
「……ということは、ソマリの役目と同じなのか?」
「ソマリちゃんは、ロイス君担当だったみたい。それでベノムさんから任務のことは誰にも話さないことって話だったみたい。この前ソマリちゃんと二人で話した時、お互い打ち明けて知ったんだ」
つまり監視役は二人居たのだ。
勇者が二人居るのだから当然と言えば当然であった。
「は、ははは……なんだ、そうだったのか」
思わず力の抜けた笑いを漏らしてしまうとコハルはオドオドとした様子を見せる。
「ゴ、ゴメンねイット! ベノムさんから秘密の任務だって言われてて、言うかどうか凄く迷ってて……」
「いいよ。あのベノムから秘密だって言われたのなら仕方ないさ。言ってくれてありがとうな」
「……怒ってない?」
「怒る? 何で?」
そう聞くとコハルは申し訳なさそうな顔を見せる。
「私、イットに嘘をついてたから……」
「別にそんなの嘘って程には入らない。気にしなくて良いよ、コハル」
そう言ってコハルの顔を見ると、また笑顔が戻る。
「ありがとうイット!」
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