第149話 存在の目的よ

 ロイス達のパーティーから抜けて一日が経った。いろいろ迷惑をかけすぎた宿舎を使うのは申し訳ないと思い別の所に変え、朝を迎えた。もう、ロイスもソマリも女性陣二人もいない。

 どこか寂しさを感じる朝だった。


「イット、昨日は眠れた?」


 別宿舎の近くにある食事処へコハルと共に訪れ向かい合いながら朝食を取っていた。彼女が心配してくれたように問いかけてくれるので俺は頷く。


「ゆっくり寝れたよ。アイツ等には申し訳ない言い方だけど肩の荷が下りた気がする」


 コハルと二人だけだからか素直に失礼な言い方をしてしまうが、プレッシャーや人間関係や劣等感など自分にいろいろのし掛かっていたのだなと実感する。

 こんなことを考えてしまう自分の器の小ささが嫌になるくらいに。


「そっか、心配してたけど……イットの気持ちが落ち着いたなら良かった!」


 久しぶりにコハルの屈託の無い笑顔を見た気がする。そうだ、まだコハルにいろいろお礼を言っていなかった。


「コハル」

「ん? なに?」

「あーっと、まずは、その……ルドとシャルに言ってくれてありがとう」

「言った? 何を?」

「ほら、俺のことをいろいろちょっかい出してたこと……俺、結局あの場で何も言えなかったけど、彼奴等にコハルは辛いとか悲しいとか……俺の代わり言ってくれたような気がしてさ」


 そう言うとコハルは「そんなこと」と言ってくる。


「あれは、私がダメダメで自分の周りで起きてたことに気づけなかったから……許せなかった気持ちが強くて……ほとんど八つ当たりみたいなものだよ」


 彼女はスープを口にし、スプーンを置く。


「だから、ルドちゃんやシャルちゃんに気持ちを伝えたこと、今は少し後悔してる。本当は皆と仲良く、笑顔でさよならって言えれば良かったなって思ってるよ」

「……そうか、ごめんな」


 そうさせたのはまぎれもない俺だった。


「イットが謝る事じゃないよ」

「いいや、俺がもっとちゃんと皆に向き合うことが出来てればこんなことにはならなかったはずだ」


 俺は目線を自分が写るスープへと向けた。


「俺、気付いたんだ。俺は俺以外の皆を見下していたと思うんだ」

「……そうなの?」

「ああ……」

「……それって私のことも?」

「……」


 答えられなかったが、恐らく察してはしまったと思う。

 流れで言ってしまうが、今更だがコハルに嫌な思いをさせてしまったと後悔する。

 前言撤回したい。

 俺が何とか話題を逸らそうと考えているとコハルが続けた。


「話して、イット」

「え?」

「どういう風に他の人のことを見てたのか。私は詳しく知りたい」

「い、いや……俺が今まで物事を偏見の目で見ていたってだけだ」

「どんな風に?」

「俺の卑屈さを聞くだけの話だぞ。嫌な気分にさせるだけで……」

「それでも私は聞きたい」


 コハルは真面目な顔でそう聞いてくる。

 根気負けした俺は、ゆっくりと思っていたことを話した。

 ルドやシャル、彼女等がやってきたことに対して、所詮15歳の少女達が行う嫌がらせだと思って気を静めていた。

 ロイスが俺のことを慕ってくれることに対して少なからず優越感のようなものがあった気がする。

 ソマリも誰にでも色目を使ってくる信用ならない奴だと最初は思っていた。


「……そんな感じだ。俺はずっと色眼鏡でいろんな人を見てきた人間だ」

「そっか……」

「自分でもわかってはいたけど、俺は人としての器は小さいんだよ」

「私のことは?」

「え?」


 コハルが下を向く俺の顔を覗き込むように前のめりになり、尋ねてくる。


「イットは私のこと、どう思ってたの?」

「い、いや……それは……」

「私は聞きたい」


 本人の前でそんなこと言うなんて……

 俺は渋ったが怒らないからと念を押され、なるだけ言葉を選んだ。


「……正直、俺は5年前ガンテツさんの所で働いていた時のままだと、お前のことを思ってたよ」

「……どういう意味?」

「その……失敗ばかりしてて……俺がしっかりコハルのことを見守らなきゃって……自分の妹みたいに思っていたんだ」


 今更自分の言葉で言うのはとても恥ずかしいが、それでも彼女に嘘を吐く訳にも、黙っている訳にもいかない。


「いつの間にか、コハルは俺が居ないとダメなんだって勝手にのぼせたことを思っていたんだ」

「……」

「すまない。俺はお前のこと見下していたんだと思う。コハルはずっと……俺よりも成長してた。俺よりも人間の出来た強い一人の人になっていたって気付いたんだよ。その……すまない」


 俺はコハルを見る。

 彼女は何故か自信満々に笑っていた。


「いいよ、イット! 許します!」


 彼女は胸を張って元気に返してきた。

 思っていたよりも軽い感じで許しをもらい、俺はただ呆然としてしまう。

 自分が溜め込んでいた物をその一言で解決させてしまった。

 何だか思わず笑いが込み上げてしまった。

 コハルは続ける。


「ちゃんと自分の悪いところを振り返られて偉いよ。私もそういうところあるかもしれないし気をつけなきゃって思う」

「あ、ああ……でも治せるかはわからないんだけどな」

「すぐには、自分の悪い所って治せないんじゃないかな。ゆっくりで良いと思う。むしろ、自分の悪いところに気づけて偉い!」


 嫌な表情をせずコハルは言う。

 ああ……何だかここまで言われて恥ずかしくなってくる。

 最初から、コハルと話していればこんなことにならなかったのかなと思う。


「そうか……許してくれてありがとうな、コハル」

「良いんだよ! 私がバカなのはその通りだしイットにも迷惑をかけていたのは自覚してるからね! それで今イットは私のことどう思ってるの?」

「え……いや、さっき言った通り一人の人として――」

「意識してるってこと?」


 彼女の言葉に俺は固まった。

 意識しているって……その言い回しはつまり女性としてってことか?

 俺が呆然とし動けなくなっているとコハルが熱いのか少し顔を赤らめながら笑う。


「やだなイット、冗談だってば! そんな真剣に考えないでよ」

「え、あ、ああ……」


 正直、俺は彼女を意識しているかというとよくわからなかった。

 恥ずかしながら、今までの生きた経験でそういった気持ちを抱いたことがなかった。ましてやコハルに対して、そう思うことは良くないと自然に思っていた。

 どうしてだ?

 自分の中で娘だとか妹だとか……

 自分が守らなければならない異性だと思うようにしていたんだと思う。

 その距離感が、俺にとって丁度良かったからだと思う……

 しかし……それは、彼女のことをちゃんと見ていなかったのではないか? コハルのことを俺は凄く大切だと思っている。

 俺は吸血鬼との戦いで彼女を失いそうになった時、家族という言葉では片付けられない程の感情が膨れ上がったのを感じた。

 怖い。

 コハルを失うのが怖い。

 あってはならない。

 それを考えただけで、動けなくなってしまいそうになるほど。

 だから、俺は何もしないし何も言わなかったのかもしれない。


「……コハル」

 

 俺は、心を一歩踏み出した。


「俺は……お前のことを意識してるよ」

「……え」

「家族とか、妹みたいとかではなくて、女性として……異性として」


 手が震えた。

 今までに無いぐらい、確信を得られない自分の今の気持ちを伝えた。

 拒否されるかもしれない。

 これでコハルが離れていくかもしれない。

 そうなったら、それを受け入れなければならない。前世では、他人からの否定を受けてきたはず。

 馴れていると思っていたはずなのに……

 人と距離を開けることが一番楽だった。

 

「コハル、お前には感謝しかない。今まで俺のことを救ってくれて……こんなダメな俺に、こうしてずっと着いてきてくれて、本当にありがとう。コハルは、俺にとって本当に掛け替えのない存在なんだよ」

「イット……」

「俺なんかにこんなこと言われて、気持ち悪いかもしれない。そう思ったなら謝る。離れてくれって言われれば離れる。だが、お前への感謝の気持ちだけはどうしても伝えなきゃいけないって思ったんだ」


 俺はテーブルから身を乗り出し、コハルの手を優しく掴んだ。


「俺はコハルのことが好きだ」

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