第148話 応援してるよ

 荷造りが整い、馬車の準備は整った。

 宿舎と食堂の従業員の人達に今まで騒ぎの詫び、俺とコハル以外は宿泊費を払う。

 今まで俺達を引いてきた馬も元気で何よりだが、言葉は通じないものの俺達が居なくなる雰囲気を察し、新しい少女を気にしながらソワソワしている。


「それじゃあ、イット君にコハルちゃん。ここまでの見送りありがとう」

「ああ、こちらこそありがとうなロイス。必ず会えるように頑張るよ」


 俺が言い終わると、コハルが前に出る。


「ロイス! 本当にありがとう! お別れは寂しいけどまた会おうね!」

「もちろんだよコハルちゃん! コハルちゃんと会えなくなるのも寂しいけど……どうかイット君のことをお願いするよ!」

「わかったよ!」


 そして次にコハルはソマリの方へ向かい合うと、いきなり彼女に抱きついた。


「うわあああああん! ソマリちゃんいろいろ迷惑かけてごめんね! ありがとう!」

「そんなに泣かなくても、ウチは大丈夫だよコハルちゃん。後はよろしくね」


 と、淡々とソマリは言いつつコハル程ではないが涙を見せていた。

 その間にこの前スカウトした格闘家少女に挨拶する。皆を頼んだと話すと任せて下さいと笑顔で答えてくれた。

 本当に良い人材だと思う。

 俺達がそうこうしていると、ロイスが馬車の中へと声をかける。


「ルド! シャル! 君達も挨拶しよう!」


 すると、馬車の中へすでに入っていたルドとシャルがゆっくり出てきた。

 彼女等は無表情……と言うか目に隈を付け不貞腐れた顔。

 ロイスに言われ俺達の前に来たが目を合わせず無言。


「……」


 あまり対面で向き合いたくなかったが、


「ルド、話し合っただろ」


 ロイスに口出しをされ、しばらくするとようやく彼女等は口を開く。


「……かった」

「……え?」


 小さな声で呟いたルドは、俺の方へ向き直り頭を下げる。


「ワタクシが悪かったですわ! ごめんなさい!」


 と、大声を上げた。

 初めての謝罪の言葉で正直俺も戸惑う。

 いや、怒鳴り声に近いこれは謝罪なのだろうかと若干疑問に思うが……更にシャルが頭をこちらに向けて頭を下げる。


「イット様。この度はシャルが粗相をしてしまい、不快な思いさせてしまいました。申し訳ございませんでした」


 彼女は綺麗にお辞儀をしてみせる。

 だが、それも今までの言動から心なくやっているようにしか見えず俺は冷静になった。

 まあだが、形として謝罪をしただけでマシかと思う。俺が小さく息を入れ直した所で、コハルが俺達の間に立った。


「え?」


 皆が驚く中、コハルは不貞腐れたルドとシャルの前に立つ。


「な、何ですの?」


 ルドがたじろぐ。

 少しの沈黙の後コハルは話し出した。


「……私は皆のこと好きだったよ」


 いつもよりトーンの下がった声の彼女は、ゆっくりと続ける。


「ロイスもルドちゃんもシャルちゃんもソマリちゃんも、そしてイットも……私は皆のこと信頼してた。魔物の私が怒られたり失敗しても、怒ってくれたり励ましてくれて、皆優しいんだって思ってた」


 そこまで言うとコハルはルドとシャルの方を見る。どんな表情をしているのか、こちらからではわからない。


「でも……ルドちゃんとシャルちゃんは、私の知らない所で、私の大切な家族のイットを虐めてたんだね」

「……」

「イットを傷つけて、私にも嘘を吐いて私から裂かせようとしてたんだね、ルドちゃんにシャルちゃん。私……全部気づかなかった」

「……だから、何ですの?」

「ショックだった。無意識に私がイットを傷つけていたのも、二人に嘘を吐かれていたのも辛い……」


 コハルが震え声になり始めた。

 俺はこれ以上話さない方がと思い肩を叩こうと手を伸ばすが、


「私は、二人のこと命をかけて守れる仲間だと思ってたし、友達だとも思ってた」


 俺の手は止まった。


「それは、私だけだったんだね。二人は私達のことそんな風に思ってなかったんだ。悲しいよ」

「……」

「コハル様……」


 二人は言葉に詰まっているのがわかる。

 そして、俺にも何か心の中に引っかかりがあることを感じた。


「ごめんね。察せなくて……さようなら」


 二人の前で頭を下げるコハルに固まった。

 彼女なりの気遣いで、優しい言葉で悲しみを伝えた。

 だが、何故だろうか。

 俺はコハルが拒絶する姿を初めて見た。

 そして、俺も改めて気付く。

 俺が思っている以上にコハルは皆のことを思っていた。当たり前のように近くに居て、俺の中のコハルはやはり五年前の天真爛漫な少女の姿のままだった。

 だが、今は少女ではない。

 当たり前だが、彼女は一人の人格があり魔物であるが一人の人であり女性である。

 俺は彼女の「さよなら」を聞いて、悲しくなった。

 とても、今まで彼女から出た言葉で一番冷たいものに感じた。

 俺の知らない彼女を見た。

 しばらく重い空気が流れ、ロイスが皆に指示をする。


「それじゃあ……出発しよう!」






 こうして、門の前で俺達は見送る。

 一度馬車は止まり、ロイスが馬車から降りて俺達の前まで来る。


「イット君、コハルちゃん……本当に一緒に来ないんだね?」


 これが最後の説得なのだろう。

 俺は真っ直ぐロイスを見つめた。


「ああ……ロイスすまない」

「……わかった」


 それにロイスは笑顔で返してくれた。

 更にロイスは続ける。


「それじゃあ、新しい約束をしても良いかな?」

「約束?」

「うん、必ずまた友達として会える……って約束」


 彼は何度か目の右手を出し握手を求めてきた。一度約束を破った人間にまた手を差し伸べてくれるのかと俺は思わず俯いてしまう。


「……良いのか? まだ、俺みたいな卑屈な奴のことを友達だと言ってくれるのか?」

「当然だろ!」


 間髪入れずにロイスは答える。

 その言葉を聞き俺も手を握りしめた。


「ああ、ありがとう。頑張ってロイスの元へ向かうよ」

「ありがとうイット君。君のペースで良いんだ、必ず会おう! その間、僕も彼女達と共に頑張るよ! コハルちゃんも元気で! イット君のことを支えてあげてほしい」


 彼はコハルにお願いする。

 彼女も元気よく頷く。


「今までありがとうロイス! うん、イットは私が守るよ!」


 いつも通りの彼女の対応にロイスも笑顔になる。そして彼は馬車の方へ振り返りボソッと呟く。


「イット君への罪滅ぼしはするから……」

「え……」


 俺は声を上げるが、無視して彼は馬車へと戻っていく。

 それと入れ替わるように、ソマリが馬車から降り駆けてくる。


「イット君、コハルちゃん! ちゃんとお礼を言えてなかった気がしたからもう一回言っても良いかな?」

「ソマリちゃん?」

「そんなお礼なんて……」


 コハルが驚き、俺がそう言うとソマリは胸元から一枚の羽が括り付けられた聖印を取り出した。

 その羽を見て俺は思い出す。



・コハルさんに天使の羽の聖印を渡しておいたのです。



「天使の羽か……」

「そうだよ。あれ? ウチはこのこと話したっけ?」


 自分のことばかりだったのでその話はしていなかったと思う。

 だが、夢の中のサナエルに教えてもらった話をするとソマリは頷く。


「そうなんだ。さすが転生者だね。信仰する大天使様から認めてもらった人がもらえるとっても貴重な品なんだ。ウチがこれをもらえたのは間違いなくイット君のお陰だと思う」

「そう……なのか? いや、俺は本当に何もやっていなから」

「あの時、ウチを信じてくれたでしょ? 神官は人々からの信頼っていうのも重要なんだ。ウチはこういう性格だから、ずっと見習いのまんまだったけど、正式な儀式は必要だけど、この羽をもらえたって事は見習いから卒業したものなんだよ」

「へー、そうなのか……」

「だからお礼を言おうと思っていたんだけど、忙しくって言いそびれちゃったね。ありがとう」


 よく分からないけれど、いつの間にかソマリの役に立てていたなら良かった。


「あの、イット君」


 そうこうしていると、ソマリが手を俺の前に出してきた。

 記憶がフラッシュバックする。

 俺達がまだ幼い頃、教会から王都ネバへ旅立つ時。


「気をつけてね。応援してるよ」


 唯一、俺にお別れを告げてくれた少女の言葉だった。


「……うん、ありがとう」


 握手を終えるとソマリはコハルへと向く。


「コハルちゃん、イット君のこと任せたよ」

「うん! 私がんばるよソマリちゃん!」


 二人も握手を交わし、ソマリは手を振りながら馬車へ戻っていく。

 無性にノスタルジアな気分に苛まれる。

 ソマリは別に俺のことを好きでは無いのだと、あの頃の俺に言いたい。



 門から馬車が離れていく。

 徐々に小さくなっていく馬車を俺とコハルは手を振り見送る。

 見えなくなった所で、


「……あれ?」


 ふと、目元から涙が零れてくる。


「イット!? 大丈夫!?」


 大丈夫だと言い涙を拭う。

 悲しい訳ではない。

 何故か安心したような気持ちがあった。

 ああ……終わったんだ。

 自分のこの感情が情けなく、そして悲しくもあった。

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