第151話 やりたかったことよ
お互い抱えていた物を話した俺達は、数日ほど体調を整える為イダンセで生活した。金銭面は酒場に持ち込まれる難易度の高くない依頼をこなしその日暮らしが出来る状態にはなっていた。
日に日に俺の気持ちは軽くなっていき、コハルと過ごす宿舎生活はストレス無く過ごせている。
ふと、この日々を過ごしている時、不安になってくる。
「そろそろ……何かしなきゃいけないんじゃないのか……俺」
宿舎の薄暗い天井を見つめ、ベッドの上で寝転がる俺はぼんやりと、隣で椅子に座り愛読書を読みながら赤い色のアイスを頬張る寝間着のコハルへ聞こえるように独り言を呟いてしまう。
コハルは氷を噛み砕く音をさせながら、脱力した俺へ返事をする。
「どうしたのイット?」
「不安だ……ロイス達が今も目的に向かって進んでるのに……俺はいったい何をやっているんだって」
思わず頭を抱えたくなる。
まだ数日しか経っていないのに自分がコハルと共に休んでいることへの罪悪感が押し寄せてくる。考えすぎて熱が出てきそうになるが、ひんやりとしたコハルの手が俺の額の上へと置かれる。
「大丈夫だよ! もっと休んでからロイス達を助けに行けば良いんだからさ!」
「……だけど、距離的に追いつけるのか? 俺達が彼等に追いついた時にはすでに魔王を倒してたりとか……」
「それはそれで良いじゃん! 魔王がたいした事無かったってことで解決だよ!」
と、ポジティブに返してくれるが考えないようにしようとすると自分を責めるように思考が巡る。
「でもな……」
「それじゃあ、明日ロイス達を追いかけに出発しようか? 私は大丈夫だよ!」
「……」
そう言われると、パーティーに居た頃を思い出し胃がキリキリと痛む。
特にルドとシャルが未だに思い出したくないと思ってしまう。結局、俺は二人のことを嫌っているのだと思う。
完全に拒否反応だよなこれ……
「ああ……どうすれば良いんだ」
頭を抱えベッドの上でゴロゴロとのたうち回っていると、本を置いて優しい笑顔を見せながら俺の頭をなでてくるコハル。
「とりあえず寝ようよイット。それもゆっくり考えれば良いんじゃないかな?」
今までとは完全に立場が逆転している。
心が染み渡りそうな暖かい彼女の手の感触に眠気が押し寄せてくる。
こんなことで悩んでいる俺は何をやっているのだ。
何とかしなきゃという焦りと、もうこのままコハルと二人きりで良いのではないかという願望が交互に頭の中で移り変わっている状況が日に日に増していっている。
いや、コハルと居たい気持ちが大きく勝っている。
正直、勇者の使命がどうでも良いと内心思えるぐらいに日々が楽しい。
ああ……好き合っていることを確認し合ってからコハルの言動全てが落ち着く。
これは、現実世界で言うと付き合っているのだろうか?
現実の灰色の人生からは想像できない程、俺は今……たぶん幸せなのだと思う。
一人が普通だと思っていた世界だったが、いざ互いが好きだとわかり合ったパートナーの存在は俺にとって優先順位を変える程大きかった。こんなに大きい物とは正直予想できなかった。
今はただただコハルが愛おしい。
だからだろう、自分の役目を……自分がここに来た意味を放棄してしまいそうで怖かった。この選択は本当に良かったのだろうかと頭の中で自問自答をしながら眠気を堪え、必死に目を開こうとしていた。
「……」
そんな時、俺の視界にコハルが読んでいた本のタイトルが目に入った。
コハルが唯一読んでいる本。
幼い頃図書館で見つけたあの本だ。
「アサバスカ……」
アサバスカに住む生物の本。
恐らく彼女の故郷だろうと見ている場所
5年前の図書館の記憶が蘇る。
本に描かれた山の様子を描かれた絵を眺めるコハル。
遠くを見るような彼女の横顔に、何か胸が締め付けられる。
人間達に拉致され遠くに連れていかれた彼女の心情は、想像が付かない。
しかし……やはり帰りたい気持ちはあるのかもしれない。
あの時、必死だったからそこまで気が回らなかった。
10年前の言葉。
・イットは、その子を本気で助けたいと思っているの?
・自分がたとえ無力だと分かっていても、この先を切り開いて行く為の勇気
もしかして、忘れたのか?
決めただろう。
今度は後悔しない生き方にしようって。
カチッ――
「イット?」
コハルが呼び掛けてくる。
自身の思考が上手く噛み合った感覚と共に俺はベッドから起き上がっていた。
「なあ、コハル。その本をちょっと貸してくれないか?」
「え? アサバスカの?」
「そうだ」
コハルの許可を得て本と俺達の為にロイスが渡してくれた世界地図を開く。
アサバスカは今居るイダンセか北東に進み海も渡る事になる。
ロイス達が魔王がいると言われる場所は北西に真っ直ぐ。
横長の世界地図上では魔王拠点が右上端付近とアサバスカが左上付近。
ベノムは反対方向だと言っていたから、行くのは諦めていた。アサバスカから目的地の距離は、王都シバから魔王の拠点地よりも遠ざかると思われる。
「もしこの世界の大地が球体だったら……」
最短ルートでは無いにしろ、アサバスカ経由でも魔王の元へ向かえるのではないのだろうか。
だが、確信が持てない。
ベノムが遠いから止めろと言ってきたこと、俺の元いた世界の常識で何処まで考えて良いのかもわからない。
イダンセにも図書館があるので、明日調べてみるがシバよりも建物は大きくない。
クソ……もっと前々から勉強しておけば良かった。
「なあコハル、地図についての疑問なんだが聞いてくれるか?」
「え? 私よりもイットの方がそういうの詳しいんじゃない?」
「いや、そうでもなかったんだ」
俺は世界地図の端、紙の縁を指さした。
「この世界地図の外側、何があるか誰か聞いたこと無いか?」
「端っこ? うーん……そう言えば考えたことなかった……どうなっているんだろう?」
俺の言葉にコハルは首を傾げる。
そう、当たり前の事過ぎて調べていなかったことを悔やまれる。
……
「なあ、コハル。そろそろ出発しようと思うんだ」
「え? 唐突だね、どうしたの?」
驚くコハルに俺はゆっくり話す。
「魔王退治に行くんだが、少し寄り道していきたい」
「寄り道って何処へ?」
「お前の故郷……アサバスカだ」
「……え」
硬直するコハルに俺は続ける。
「この地図の外へ出ると対角線上の反対側、海の外側から出てくるかもしれないと思ったんだ」
「……え!? どういうこと?」
コハルの前で地図を表に端と端を円柱状にくっつける。
「こうすると端の海と海がくっつくだろ? 俺の居た世界の理屈だと海同士は繋がっているんだ」
「ど、どうして? 何でそうなるの?」
「この世界の地面が俺の居た世界の理屈と同じなら……この世界は丸く出来ているんだ」
「丸く?」
「ああ、球体の惑星っていう塊として、宇宙で浮いている。だから本来この地図も丸く出来ているのかも知れない」
どこかで聞いたことのある地球球体説って奴だ。もしそうなら、コハルの故郷に向かい魔王の元へ向かうルートが出来る。
ルドやシャルに会いたくないという情けない本音はたぶんある……
だが、それを踏まえていたとしてもコハルが生まれた故郷へ行かせてやりたいという気持ちと、魔王討伐の使命を目指せる。
何よりもやはり俺はコハルを連れて行きたいのだ。
「一旦調べてからになるが、コハルの故郷だと思われるアサバスカ、その次に魔王の元へと向かおうと思う」
「あのさイット、何だかよくわからないし、急にやる気が出てきてくれたのは嬉しいけど……あの、本当に行くの? アサバスカ」
「あ、ああ、そのつもりなんだが、すまん俺の突発的な思いつきなんだ。もしかして行きたくは――」
「行きたい!」
食い気味にコハルは言った。
本当に上手く行けるかわからない。
調べたら、俺の世界の理屈通りにはいかないかもしれない。
「明日図書館に行ってからいろいろ準備しよう。どちらにしろ此処でダラダラ過ごす訳にもいかないからな」
「うん! わかった!」
それでも俺は原動力を手に入れた。
回り道で効率の悪い事だろうが――
俺とコハルにとって、意味のあることだと今生まれた衝動が言っている。
俺はそれを信じたい。
自分の信じた意味をやり遂げたい気持ちを抑えられなかった。
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