第144話 本当に必要なのかよ

「コハル……お前は自分が何を言ってるのかわかってるのか?」


 俺は声を震わせる。


「俺とロイスは、魔王を倒さないといけない宿命があるんだ」

「それは一緒じゃなきゃいけない訳じゃないでしょ? 私達だけでも向かうのだって間違ってないと思うよ」

「けど、今魔王の居る場所まで最短ルートで向かっているんだ。別れたら効率が悪い。結局同じ所にたどり着くんだ」

「止まったり、戻ったり……回り道したっていいと思う!」


 コハルは俺の手を強く握った。


「急ぐ必要は無いよ! ロイス君が居るんだから、イットはイットのペースで進めば良いと思う! 辛かったら休んだって良い! ルドちゃん達が嫌になったら抜けても良い! 私はイットが壊れちゃう方が嫌だから!」


 俺が壊れる……

 ふと生前の死ぬ寸前だった俺の姿が過る。

 人間関係に疲れ果て、仕事に疲れ果て、社会の目にも疲れ果て、消せない辛い過去を引きずるのに疲れ果て……

 何もかもに絶望し、パズルを解く数十秒だけ全てに介抱される俺の人生。

 必死になっても、玩具のパズルしか掴めなかった自分。

 最後に犬を救えて満足した自分。

 振り返ってみれば、ずっと歩き続けていた。ずっと辛いまま先に進んでいた。

 先の見えない道をただひたすら歩き、息をずっと切らしていたと思う。

 立ち止まるという考えなんて浮かんでこなかった。


「け、けどだ……俺の使命は魔王を倒すこと。そんな放棄することは……」

「止める訳じゃ無いよ、休むだけ。一旦休むだけ! 魔王を倒すことを止めてはいなければ、きっとサナエル様も許してくれるよ! たぶん!」


 コハルからサナエルのことが出てくるとは……

 それにしても無茶苦茶だ。

 確かに彼女の言っていることはただの言い逃れだが、意味は間違っていないと思う。 しかし、いきなりパーティーを離脱してしまっては皆に迷惑が――


「……いや」


 迷惑……違うよな。

 元々俺がパーティーに居ることが迷惑だとあの女達は言っていたんだった。

 一番迷惑をかけてしまうのはロイスだ。

 彼が誘ってくれたから勇者パーティーの中で活動している。

 魔王を倒す最短ルートを目指している。

 それに、魔王を倒す上で勇者二人が協力した方が万が一の時に――


「違うな」


 ハッキリ言って、ロイス一人がいればどうにでもなっていた場面の方が圧倒的に多い。

 今回吸血鬼戦も初めてのSランク任務で意表を突かれ崩壊しかかった。

 だが、皆も馬鹿では無い。今回の反省を活かし、あのメンツなら戦いの精度を向上させていくに違いない。

 性格はあれかもしれないが、それだけのポテンシャルは彼らは持っている。

 なら、そうなるとどうなるかなんて簡単だ。俺は本格的に、あのパーティーにはいらない存在になる。

 たとえ今回のような不意打ちがおきても、日を重ねるに連れ、対応力も上がっていくだろうな。

 寧ろ、ルドとシャルに限っては俺のことをすこぶる嫌っている。

 もしかしたら、俺がいなくなった方がこのパーティーは円滑に回るのかもしれない。


「問題がある」


 俺は顔を上げ、コハルに問いかける。


「俺がもし今の勇者パーティーを抜けた時、コハルはどうする? 残るのか?」


 俺がそう聞くと彼女はすぐに答えた。


「当然、イットと一緒に居るよ。ずっと着いていくって決めてあるから!」

「コハル……そうか」


 正直ほっとしたのと嬉しかった。

 一番怖くて聞けなかった質問だった。

 だがしかし、そうなるとロイス達に問題が出てくる。


「そうなると、このパーティーは俺達が抜けて4人になる。俺の事は必要ないとは言っているが、人手は減るのは確かだ。せめて代理とかを……」

「それは……大丈夫じゃないかな?」


 コハルは言う。


「ロイス君達は十分強いし、私達が抜けてもダメになることはないと思うよ。イットが宿舎で横になってた時もAランク任務を午前中に済ませてきたりしてたからさ」

「……」


 コハルが言っているのは、俺が酒場の奴をへし折った後の話だろう。

 確かに彼女と朝食を取っていた時にどこか任務へ行っていたみたいだ。

 Aランク任務は、そんな早朝ランニングのノリで終わらせられるものでは無い。そうだな……確かにそう考えると俺とコハルが居なくても、彼らが無理をしなければ問題ないように思える。

 今回のSランク任務も、俺とあの女達のゴタゴタのせいでピンチになったようなもんだ。つまり、俺が居なければ無事に達成できた任務だったのかもしれないな。


「なあ……コハル」


 俺は頭の中と心の内を擦り合わせながら言葉を選んでいく。


「俺は……休んで良いと思うか?」

「……」

「このパーティーから抜け出して……考える時間を作っても良いか?」

「……うん、一緒に考えよう! イット!」


 彼女は笑顔を向ける。

 きっと、彼女自身もいろいろ思う節があるはずなのに、俺に気を遣ってくれる。俺に余裕が無くて本当に申し訳なかった。


「ありがとう……コハル」


 俺は改めて彼女にお礼を言った。

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