第143話 相談よ

 この世界は歪んでいる。

 世界だけでなく俺達も。

 誰も完璧にはなれず、比較する意味なんてない。

 それなら、悔いの残らない生き方をすれば良い……か……

 生き方と言われても、俺は今までそんなこと考えた事なんてなかった。

 むしろ転生する生前の死ぬ間際、あの世界が嫌過ぎて死にたいと思っていた。

 今のこの世界は、あっちよりマシだ。

 俺にとって都合の良い魔法という存在があるからこそ、どんな困難をも逆転出来る自身が出来た。

 俺が世界一の魔法使いではないけれど、それでも俺はこの世界で生きたいと思った。必死に生きたいって思った。


 なんの為に?


 今まで必死に生きてきた。

 その日その日を必死に生きた。

 死なないように生きてきた。

 生きるという目的だけを遂行してきた。

 ただ、それだけだ。

 それだけでも十分だと思っていた。

 俺みたいな余裕の無い人間にはそれをやることだけで精一杯で満足だった。

 そして、この世界に生まれた理由。

 魔王を討伐し、世界を平和にするという使命をまっとうすること。

 それが俺のここに居て良い理由。

 存在意義。


 だが――


 それは俺の本当にやりたいことなのか?

 世界を救うのは義務だ。

 その為に俺はロイスと共に派遣された。

 そして、彼と共に魔王を倒す。

 そうしなくてはいけない。


 ……


 俺は本当に必要なのか?

 ロイスのポテンシャルと俺を比べたら雲泥の差だ。数字でもそれが出ている。


 俺は魔王を倒したいのか?

 そう指示されただけだ。何処の誰かもわからないが、同じ転生者であったであろう人物を殺すのは気が引ける。


 俺はこの世界を救いたいのか?

 最初はそれを目指す事がモチベーションだった。今は……世話になった人達がこの世界に居るから……

 だから救いたいとは思っている。


 俺は本当にそれらがやりたいのか?

 ……


 結局わからないんだ。

 頭の中がぐちゃぐちゃで整理が出来ない。

 自分のことがわからないでいる。

 何も考えず、ただその前提達の為に動けば良いだけだ。

 そんなのは分かっている。

 でも、心が拒絶している。

 何をすれば良いのかわからない。




「……コハル」


 俺は早朝、起きても頭の中にモヤのかかったままコハルの寝ている部屋の扉をノックした。結局ソマリのアドバイス通りコハルの元へと来てしまった。

 誘導されているようで自分の意思が無いように自分で思ってしまうが、俺は元々そういう人間だったのかもしれない。

 すると、中からいろいろと物音が鳴り。


「着替えるからちょっと待ってて」


 と彼女の声が聞こえる。

 しばらく待つと扉が開き、簡単な服装のコハルが出てくる。


「身体はもう大丈夫?」


 彼女の気遣いの言葉に俺は頷き心配させたなと謝る。そして、俺は用件を伝える。


「コハル、実は……相談したいんだ」

「相談? イットが私に?」

「あ、ああ……」

「どんな話?」

「……」


 どこから話せば良いのか、俺は口ごもってしまうもコハルは察してくれたらしく扉を開ききる。


「部屋に入って、イット」




 コハルの部屋の中。

 彼女にベッドへ腰掛けるように、誘導されるが適当な椅子で良いと断る。

 だが、良いから良いからと座らされ、コハルも隣へ一緒に座る。

 ずっと一緒だったはずなのに距離感の近さが何だか恥ずかしい。

 ソマリとは何とも思わなかったのに、何故コハルだとこんな思いが出てくるのか。


「それでどうしたのイット?」


 すでに話を聞く態勢になってくれているコハル。

 俺は気を取り直して話し始める。


「その……朝から俺の愚痴を言いたいだけなんだけど……聞いてくれるか?」

「いいよ! 私で良かったらいくらでも話を聞くよ!」


 ありがとうとお礼する。

 どこから話し始めたら良いのかわからなかった。そして、話を聞いた彼女に否定されるのも怖かった。

 少しの間を置いて、俺達がロイス達一緒に旅立った所から話し始めた。

 主にルドとシャルの素行についての不満だ。言っていることは正しいことが多いが、その中にモラルを超え攻撃性を剥き出しにするルド。

 人によって態度を変え、自分にとって気にくわない存在は陥れようとするシャル。

 心が不安定な思春期の少女達と言ってしまえば可愛いものだと割り切ってしまえるだろうが、その攻撃の的になっている当事者の俺としては、正直心に限界が来ているような気がしていた。

 ルドとシャル、彼女等がやってきた俺への行いをコハルに伝えた。

 コハルは頷きながら真剣に話を聞き、段々と無言になり聞き終える。


「そう……だったんだ。あの二人、イットにそんなことを」

「ただの悪口だがな……こうやって、話してみると対したこと無い気が……」


 俺が言い終わる前に、コハルは俺の手を握った。


「な、なんだよ!?」

「ゴメンねイット。私ちゃんと気付かなかった。辛かったんだね……」

「い、いや……別にそこまでじゃ……」

「そんなことないでしょ。ほら、涙拭うからじっとしてて」

「え!?」


 それを言われて、自分が涙をこぼしていることにようやく気付いた。

 動揺する俺に、コハルは近くに置いてあったタオルで涙を拭ってくれる。


「イットは一人で考えて、我慢しながら頑張っていたんだね。本当に偉いよ……それなのに私は、勘違いしてイットに嫌な思いをさせちゃって……本当にごめんね」

「い、いや……俺こそ謝りたかった。俺もずっと勘違いしてたんだ。コハルも自分の立場や我慢して頑張っているのに、俺が弱音を吐いたらいけないって思っていたんだ。俺の小さなプライドがそうさせていたんだとんだと思う」


 ボロボロと、考える間もなくコハルに気持ちを伝えてしまう。


「すまない……お前と話す前は、まだ大丈夫だと思っていたけど、やっぱり俺、疲れてるみたいだ」

「イット……」

「ごめんな、弱音ばかり吐いて。俺は誰かになんて言われようと勇者としての使命がある。もう少し頑張るよ」

「……」


 これ以上は申し訳ないと思い話を終えようとしたその時だった。

 横に座っていたコハルが俺の手を更に強く握った。

 驚く俺を制止するように彼女は手を引く。


「イット……本当にこのまま旅を続ける?」

「……え?」


 思わぬ発言に硬直してしまう。

 それって……


「イット、私思うんだ。魔王を倒すための旅だけど、絶対にこの皆で倒さなきゃいけないってことではないんじゃないかって」


 コハルは真っ直ぐ俺を見る。


「確かに冒険は楽しいことばっかりじゃないとは思う。でも、戦い以外でもずっと辛いままなんて……おかしいと思う」

「お前……それって……」

「イット……もしも辛いならさ」


 間を置き彼女は笑顔でこの言葉を言った。


「このロイスのパーティーから一緒に抜けようよ」

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