第140話 完璧よ

 俺の部屋から皆追い出した。

 心配してくれているコハルとソマリも、心苦しかったが一人にしてほしいとお願いした。部屋の中で一人、外からは街の住人の楽しげな話声が聞こえるが、俺はベッドの上で寝そべっている。


「……」


 仲間に怒ってしまったことが、今更きている。勘違いされ、失敗を擦り付けられた状況に腹立たしさを感じたが、あそこまで言わなくても良かったのではないか。

 今更だが、俺がまた我慢すれば良かったのではないか。


・貴方、魔物ですよね?

・……ごめんなさい


 ルドに責め立てられるコハルの姿を見ていられなかった。

 パーティーを良くしようという気持ちよりそちらの方が優先され俺は動いた。

 つまり私情で仲間の輪を乱してしまったことによる罪悪感である。

 そうこうしていると、出入り口のドアがノックされる。


「イット君入るよ」


 ソマリが俺の部屋に訪れる。

 定期的に体調を確認してくれると言っていたのでそれだろう。


「イット君元気?」

「ああ……」

「そう、とりあえず意識が戻ってくれたから皆ホッとしているよ」

「どうだか」


 俺を起き上がらせてくれようとするが、一人で起きられると遠慮する。

 服を脱ぐように指示され傷の様子を窺われながらソマリは話してくる。


「今日はみんな解散になったよ。コハルちゃんはイット君につきっきりだったから疲れてたのかも。すぐ寝ちゃったよ」

「……そうか」


 いろいろと俺が寝ていた時の状況を説明してくれる。

 やはり、ルドとシャルは俺が身勝手な行動をしたからと避難し、ロイスも思うところがあったのか信じてしまった流れだそうだ。

 コハルは俺の容体が心配でそれどころでは無く、ソマリも弁解していたみたいだが日の浅い自分の言葉ではあまり信用されなかったのだと話してくれた。


「ま、今回の件はウチもルドちゃん達が軽率だったと思うよ。ヤバい相手の前でいつものノリをやっちゃった……みたいな?」


 と、軽いノリでまとめてくれる。

 聞かせてくれてありがとうと、俺は彼女にお礼する。


「ありがとう、何から何まで」

「え? ウチは何もしてないよ。自分の役目を果たしてるだけ」

「……」


 ソマリの役目。

 彼女が神官であるが故の役目なのか。

 はたまた斥候スカウトギルド員としての役目なのか。

 どちらにしろ、この旅の中で一番助けてもらっているのは確かだ。

 最初こそゴブリンと淫行し、ロイスを抱え込む為に股を開くとんでもない女だと思っていたが、一緒に同行すればこんなに頼もしい者は居ない。

 本当に、俺にとってコハルともロイスとも違う頼もしい仲間の一人だ。

 俺はよく見ると容姿端麗な彼女の姿を見つめていると、目が合う。


「どうしたのイット君?」

「……いや、なんでも」

「ウチとしたくなった?」

「違う」


 口を開けば下世話が飛んでくるのにも馴れてきた。

 このままだと、また童貞がどうとかからかわれる。すぐさま率直な思いを打ち明けることにした。


「正直な話だ……」

「ウチにときめいたとか?」

「だから違う」

「えー、ショック。ウチの胸でイット君には刺さらないんだね」

「……真面目な話、俺はソマリのことを尊敬してる」

「……え?」


 ふざけ笑みを浮かべていたソマリが、あまり見せない驚きの表情を見せた。


「俺は、人としてソマリのことを尊敬してる。それに感謝もしてるってことを伝えたかったんだ」

「え……えっと……急にどうしたのイット君? もしかして、おちょくってる?」


 いぶかしげに俺を見つめるソマリ。

 何だか、俺は悪いことを言っているのではと錯覚しそうになるがそんなはずは無いと自分に言い聞かせる。


「職業柄かもしれないが自分の役目を持っている所、どんな人にも同じ態度で接せられる所、このパーティーで俺よりも後に入ってきたのに凄いって改めて思ったってだけだ」

「……それって褒めてるの?」

「それ以外の意味に聞こえるのか? 俺はお前のことを褒めてるっていうか……いや、うらやましいって気持ちの方が強いぐらいには思ってるよ」

「羨ましい?」

「ああ、神官としての役目をこなして、それで斥候スカウトギルドの任務でこの癖の強いパーティーに溶け込めて……完璧超人かって言いたくなる」


 少し言いすぎかなと自分でも思ってきたので、照れくさくなってきた。


「ごめん、もう忘れてくれ」

「もー、褒めたり謝ったり忙しいね」

「すまないな。最近、俺は自分がどうしたいのから分からなくブレブレなんだ。いろいろな心の整理がついてない。それで……自分のペースでいるソマリが、きっと羨ましいって思ったんだろうな。はは……」


 笑って誤魔化そうとソマリを横目で見ると、彼女は何とも言えぬ……どこか疲れたような笑みを浮かべて窓の先を見つめていた。


「あ、あの……ソマリ?」

「……ウチが完璧か……そんなこと初めて言われたよ」


 声がどことなくいつもより乾いていた。


「イット君、ウチのこと褒めてくれてありがとう。でも、ウチはそんなこと言われる身分ではないよ」

「何言ってるんだよ。俺はここ最近ソマリを頼りにしてばかりで、申し訳ないと思ってた程だ。正直このパーティー内で一番頼りになると言っても過言ではない」


 そこまで言うと、ソマリは小さな溜め息を吐く。


「……イット君は完璧になりたいの?」

「え?」


 いきなり彼女の問いかけに一瞬戸惑う。


「完璧というか……何だろうな。恥ずかしい話だけど、誰かに必要とされる存在になりたいって思ってるよ」

「必要……ね」

「ああ……俺の生前は散々な人生だった。誰からも必要とされない、いらない人間だった。だからそういうものに……誰かから必要とされる特別な何かに憧れているのかもしれない」

「……そっか、イット君はそんな風に悩んでたんだね」


 悩んでいた……か。

 悩むというかコンプレックスに近い。

 俺は生まれ変わった今でも、性根は変わっていない。昔の無気力だった頃より幾分マシになったかもしれないが。

 それでも人として、人格としては未熟なままなのだろう。


「「……」」


 無言のまま二人でいると、ソマリは俺の寝ていたベッドに腰掛ける。

 どうしたのかと思い俺は彼女を見る。すると、俺の視線を確認するやいなや彼女は笑みを浮かべ耳にかかった髪をかき上げる。


「見て……イット君」

「……え」


 今更だが、彼女の耳を見るのは初めてで、いつも隠れていたが特段気にしてはいなかった。しかし、彼女が自身の耳を見せ俺は目を見開いてしまった。


「……エルフ!?」


 ソマリの耳は人間の物とは違い尖った物で、斥候スカウトギルドの長ベノムよりも小さく小ぶりの耳だった。

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