第114話 ゲームの世界よ

「生前、僕には友達がいなくて学校でも一人で過ごしていたんだ。同級生の子供達がよく僕の席の横で遊んでたTRPGティーアールピージーの世界に似ているんだ」

「……ティーアール?」

「テーブルトークロールプレイングゲーム。略してTRPGって言うんだ。一人がルールブックを持って友達とサイコロを転がしながら物語を進めていくボードゲームみたいなものさ。君の国では流行って居なかったのかい?」


 言われてもピンと来ない。

 俺が遊びに疎いのかよくわからなかった。


「すまない。ちょっとわからないな」

「そうか、なら詳しくは話さないよ。って、僕も実は一回もやったこと無いゲームなんだけどね! 一人じゃ遊べないものだったからさ……」


 そう聞くと少し寂しい気持ちになるが、気を取り直してロイスが語ってくる。


「その同級生がやっていたTRPGの世界は僕達みたいな人間、そしてエルフやドワーフ、そしてゴブリンやオーク、そしてドラゴンなんかが出てくるココみたいなファンタジーな世界なんだ!」


 典型的なファンタジーって設定のゲームらしい。

 そう言われると、今まで普通に受け入れていたが、この世界に住む亜人種達は俺達が想像するファンタジーにはお馴染みの者達ばかりである。

 そして、魔王軍の魔物ゴブリンやラミア、そしてワーウルフなんてまさに絵に描いたように使い古された敵達だ。

 彼は続ける。


「それに、ゲームとかによくあるステータスって概念、冒険者、職業、亜人、それに魔法。悪の魔王を倒しに行く目的のストーリー。こんなにもゲームに酷似しているとそう疑う他ないと思うのだけれど君はどう思うんだい?」


 確かに、それはずっと思っていた。

 この世界は俺がやっていたスライム何かが出てくるゲームに似ている。漠然とそれを受け入れていたが、よく考えると確かに変に親近感がある物ばかりこの世界にはある。

 俺は問いに答えずにいると、ロイスが静かに続けた。


「……ここは、僕がずっと遊びたかったゲームの世界。僕が殺された後、サナエル様……いや、神様が僕に慈悲をくれたんだ。今まで上手くいかなかった人生をここでやり直させてくれている」

「……」

「僕はそう思ってる。だから僕に力をくれて、僕のことを慕ってくれている人達を与えてくれたあの神様には感謝しているんだ。とても……感謝しているんだ」


 静かだが言い放つロイス。

 その言葉に俺は彼の生前の苦労を感じた。


「でもね……あまりにも都合が良すぎて信じられないんだよ」

「どういう意味だ?」

「この世界の皆はことある毎に僕のことを賞賛してくれる。褒めてくれるし女の子達は好意を持ってくれる。最初は嬉しかったけど、ずっとそれが続くと本当に皆がそう思ってくれているのか疑わしくなってきたんだ」


 ロイスは俺では無く何も無い壁の向こうを見つめている。


「この世界がゲームなのだとしたら、この世界の住民達は中身の無いプログラムの存在なんじゃないかってずっと心の中でモヤモヤしているんだ。皆僕を褒めるためのNPCノンプレイヤーキャラクタじゃないかって」

「……」

「本物は転生者である僕達だけ、僕とイット君だけが本物なんだ」


 彼はこちらへ向き直る。


「だから、彼女達の言ってることは気にする必要は無い。そう言う風に彼女等はプログラムされているNPCなんだ。そして、ルドやシャルの人選は僕が選んでしまった責任があるから謝らないといけないと思ってる。本当に申し訳なかったイット君」


 そう言うとロイスは頭を下げた。


「……頭を上げてくれロイス。お前が悪い訳じゃ無い」

「ありがとう、そしてどうかまた一緒に冒険してくれないか。何なら彼女達をパーティーから脱退させるよ」

「脱退って……」

「当然だよ。転生者の……要はプレイヤーである君に不愉快な思いをさせたんだ。ルドは元から当たりが強いのは分かってたし、シャルは僕以外の男性に対して敵意を持ってるのは初めから知ってたんだ。能力は高いしイット君となら、そのうち仲良くなれる……そう、思ってたんだけどね」


 彼は真顔だった。


「大丈夫、脱退させた後はもっと優しいNPCの冒険者を雇えばいいんだ」

「そこまでしなくても良い。何でだ? ロイスの昔からの幼馴染みと信頼出来る従者なんだろ? どうしてそこまでのことをする」

「そんなの当たり前だ! 僕達はプレイヤーなんだよ。君のメンタル面の方が大事だ!」


 大真面目に彼は力説する。


「僕は今皆がいないから正直に言うよ。君が情報拡張の禁忌を犯したことに対して僕が怒ったのはって理由じゃない。何でか分かるかい?」


 優しく尋ねてくるロイス。

 どういう意味なのか分からず、首を横に振ると彼は穏やかな口調で答えた。


「僕も情報拡張の知識は持っている。イット君、君はあの魔法を使うことでだろ?」

「……」

「あの魔法は心拍数を早める効果が多い、心拍数は生き物によって決まってるって言われているんだ。それが早くなるってことは……イット君も分かっているよね?」


 分かっているさ。

 あの魔法は多かれ少なかれ寿んだ。

 それをわかって使っている。

 そして考えてはいる。

 俺は何も答えないが、ロイスは溜め息を一つ漏らした。


「僕は君にも、もっとこの世界を楽しんでほしい。僕達はあっちの世界でいっぱい辛いことから耐えてきたんだ。だからこの死後のゲームの世界で勇者であることをロールプレイしよう。遠慮しなくて良いんだ」


 ゲームを楽しもうってことか。

 この世界がゲーム。

 ゲーム……ね。

 そのことは、後回しに聞きたいことが出てくる。


「……その気持ちは有り難いが、どうしてそこまで俺の肩を持つ? やっぱり理解は出来ないな」


 ここまで俺のことをひいきにしてくれるのは嬉しい反面、少し怖くも感じた。

 考えすぎかもしれないが、その質問にロイスは笑った。


「イット君は、最初僕達が出会った頃のこと覚えてる? 生前の姿の時の」


 生前の姿ということは、サナエルがいたあの白い空間にいた時か。


「ああ、覚えてるさ」

「良かった!」

「でも、それがどうしたんだ?」


 そう言うとロイスは少し恥ずかしそうに笑った。


「あの時の僕は、平常心を装っていたんだけれど内心不安だった。死んで地獄に落ちるんじゃないかって」

「はは……まあ確かにな。でも、あの時は俺の方がめっちゃテンパってたよ。恥ずかしながら」

「そんなことない。あの時、僕が立体パズル大会の優勝者だってすぐに気付いた」


 その言葉に、俺も恥ずかしくなってきたが答えた。


「ああ……あれはその……俺はあの世界大会の時から君のファンだったんだよ。君のキューバーとしての実力を目の当たりにした時は感動したんだ。大人なのにこんなこというのはおかしいかもしれないが、今でもあの感動は忘れられない」

「……」

「すまない……俺なんかに言われても気持ち悪いだけだよな? 忘れてくれ」

「いや、気持ち悪くない。むしろ凄く嬉しいんだ。いままでそんなこと……言われたことない。褒めてくれたのは君が初めてなんだ」

「……え」


 彼は俯く。


「昔の僕は周りに嫌われていたから……友達も、家族にも。誰からも……ね」

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