第113話 異世界転生者達よ
宿舎の自室。
何も気が紛れないまま夜を迎えた。
ロイスにこの部屋で待機するように言われ、寧ろ何もやる気が起こらず明かりを消して床につくことにした。
何か話したいことがあったらしいコハルも俺の部屋には訪れず、本当に何もすることがないので横になり目を閉じようとしたその時――
「イット君、起きてるかい?」
ドアの向こうからロイスの声がした。
開ける気力がなかったので、毛布にくるまり寝たことにしようと思ったのだが、扉を開く音が聞こえた。鍵を閉め忘れたのか。
そのままロイスは中に入り、ベッドの前まで歩み寄ってくる気配を感じる。
先ほどのシャルのせいか、神経が鋭くいつ奇襲されるかわからないという緊張が俺の中で駆け巡り始める。
ロイスは前に立ち話しかけてくる。
「起きているんだろ? 気配でわかるよ。寝息が聞こえないからさ」
それでも俺は反応せず、時が過ぎるのを待っていると、一つロイスは一つ軽い溜め息を吐く。
「今日は転生者ロイス・リド・フリュートルではなく、生前の僕……ロイス・チェルスとして、いろいろ話そうと思ったんだけど……それでもダメかな?」
生前の……
ああ……そうだな。
確かに転生者として話はいろいろしてきたが、生前の自分達として話したのは、一番始めの大天使サナエルに呼び出された時、そして王都ネバで再開した時ぐらいか。
話す気になれなかったが、今の俺の心境を察してそんな提案をしてきたのかもしれない。迷いに迷ったが、俺は起き上がることにした。
「ありがとうイット君……」
「……それで、生前の俺達として話し合おうっていうのは?」
「うん、今回のことや今までのことを考えて、今の僕の立場からいろいろ言ったり聞いたりしても、イット君が……いや、イットさんにプレッシャーをかけることになると思ったんだ」
落ち着いているが、少し悲しげな声色のロイス。申し訳なさも感じ取れる口調に、気力のなかった俺も会話をしなければならない気がしてきた。
「とりあえず"さん"は付けなくて良いよ。俺もロイス"くん"と付けなきゃいけなくなる」
「ははは、わかったよ。ありがとう」
俺がベッドに腰掛けると、ロイスも俺の隣に腰掛け話し始める。
「さっそくさっきの件だけど……」
俺がシャルを強姦したかということだろう。もうその話を聞いただけで嫌気がさしてくるが、彼の問いは意外なものだった。
「君は強姦をしていない」
「……え?」
「あれはシャルの演技だと思ってる。君はそんなことする人物じゃない」
「あー……そう言ってくれるのはありがたいし、実際俺はやっていない」
信じてくれるのは本当にありがたいが違和感がある。
「でも、何でロイスはそこまで俺のことを信じてくれるんだ?」
「ん? 何でって言われても当然イット君を信用するよ」
「いや、だから信じすぎだって。仮に俺が嘘を吐いていたら、お前とシャルの関係がさ」
そこまで言うとロイスは笑った。
「根拠が必要だよね! さっきまで
「それって……」
「指紋鑑定がとか、誰の指紋かまではさすがに専門外だからわからないのだけれど、君はシャルの性的な部位へは一回も触れていないことがわかった」
まるで刑事か探偵だなと感心をしつつ話は続く。
「それと状況が……彼女にしてはありえないと僕は思ったんだ」
「と言うと?」
「彼女は僕のメイドになった時から護衛の為の近接戦を叩き込まれていたんだ。別にイット君を見下している訳ではないけど、組み倒される彼女なんて久しぶりに聞いた。正直手を抜いていたとしか思えないよ」
その話に思わず鼻で笑ってしまった。
「どうしたんだいイット君?」
「いや……確かにあの時、手を抜かれていたのかもなと思ったんだよ。俺が対抗してくるとはシャルも思っていなかった様子だったし、慢心していたのかもしれない」
「彼女が慢心……そんな子ではないと思っていたから想像がつかないな」
「ああ……でも、最初だけだ。結局その後俺が防戦一方だったから魔法を使って不意を突いたんだ。正直最初から本気で来られたら、今の俺では太刀打ち出来なかったかもな」
今回は都合良くいったが、それは相手に隙があったからだ。
やはり専門ではないからこれ以上あんなことは起きないことを願いたい。
ロイスが更に話す。
「あと、実は僕も外であるものを見ていたんだよ」
「見ていた?」
「うん、ルドと冒険者ギルドから宿舎へ帰っていた時、外から君の部屋が光ったのを見たんだ。一瞬だけど結構強い光だったから急いで戻ったんだよ」
「……ああ、なるほど」
あの取っ組み合いの中で放った目潰しの魔法のことだろう。
「あの光で僕とルドが駆けつけたんだが、あれはイット君の魔法だよね?」
「そうだ、目潰しで使った魔法だ」
「目潰しか……そう考えると、シャルを襲う話としてはおかしいよね。襲いたいならもっと静かで目立たないようすると思うんだけど……」
「そりゃあ、どちらかと言うと襲われたのは俺の方だからな。いきなりアイツからナイフで攻撃され、応戦しながら隙を作るために魔法を使ったんだ。俺が言えることはそれだけだ」
「ははは……正直そっちの話の方が、シャルの説明よりも本当っぽく聞こえる」
溜め息交じりに笑うロイス。
彼は続ける。
「やっぱり、僕はイット君のことを信じるよ。シャルやルドの言ってることは正直信用出来ない」
「ありがとう……なあ、でもロイス。こう言っちゃ何だが本当にそれで良いのか?」
信じてくれるのは有り難いのだが、それに対して俺は違和感を覚えてしまう。
「ルドやシャルの方が俺よりずっと長く一緒にいたんだろ? こんなの俺の立場から言えることではないが、俺とロイスの関係よりルドとシャルの方が信用できるんじゃ……」
「あー、うん……本当はそうあるべき何だろうけどね」
「……言いにくいんだが、もしかしてあの二人のこと苦手なのか?」
「いやいや! そんなことはないよ! こんなことになってるけど彼女達はとても良い子なんだ」
そこまで言うと、ロイスは俯きながら小さく呟く。
「でも……NPCなんだよ」
「……え?」
突然、ロイスが意味のわからないことを呟く。そのまま彼は続けた。
「ねぇ、イット君。君はここがどんな世界か考えたことはあるかい?」
「この世界を?」
俺が聞き返すと、ロイスはゆっくりと顔をこちらに向けた。
「ここは、僕達みたいな人間の為に作られたゲームの世界なんだと思っているよ」
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