第115話 妬ましいよ

「……」

「ご、ごめん! こんな話をして!」

「いいや、いいんだ。その話、詳しく聞いても良いか?」


 そう聞くとロイスは話を続けた。


「今思うと、僕の母親はネグレクトだったんだ。僕のことは昔から邪魔者扱い、家事はしないし酒癖も酷くて大変だった。父親はいつも仕事で忙しくてほとんど見たことが無い。関心がなかったのかもしれない」

「ああ……確かにネグレクトだな、それは」

「それだけなら良かったんだけどね。身体が弱かった僕は、たまに行く学校でも虐められてたんだ。体力も力も無く背も低い僕にいじめっ子達はいつも絡んできてた。死んだ今なら思うよ。殴り返しておけば良かったって」


 懐かしそうに語る彼の横顔に、何を言えば良いのか分からなかった。

 何かが俺の喉元につっかえて出てこない感覚。彼は続ける。


「だから……僕は君みたいに年齢も、人種も、立場も関係なく、僕の特技で握手を求めてくれる人がいたことが嬉しかった。自分が認められた気がしたんだ。パズルで一番になったって誰も僕に感心なんて無い。それどころか……恨んでる人が多かった」

「恨んでる?」

「僕が世界一になったことで負けた人達、それに僕の周りの人々も嫌がらせが酷くなったよ」

「な、なんでだ!? 何にも悪いことをやっていないのに、周りはどうしてそんなことを……」

「妬ましかったんだと思う」


 徐々に彼の目元に陰が落ちてくる。


「僕のことを下に見ていた人達は、僕が世界一になった事が気にくわなかったんだと思う。口を開けば皆、玩具が少し上手いからって調子に乗るなって罵倒しか受けなかったからさ」

「それは、絶対に違う!」


 俺は思わず口を挟んだ。


「ロイスはあっちの世界の……キューバー界では英雄だ。少なくとも俺はあの大会の映像で感動したんだ。そんなこと言う奴は人としてどうかしている」

「はは……ありがとうイット君。でも、六面立体パズルなんて、所詮他の人から見たらただの玩具さ」


 そう言うと、ロイスは魔法元素キューブを取り出し手元で転がす。


「結局この特技も誇れる物なんかじゃない。僕達は都合良くこの玩具で魔法が使えるゲームをしているだけ。でも、好都合だよ。いっそ思いっきり遊びたい。今まで遊べなかった分思いっきりね」


 遊びたいか。

 この世界がゲームだと思えば確かにいろいろ合点がいく。

 間違いなく生前の俺達の世界より、こちらの方が都合が良い。

 俺達の得意分野で世界を変え、そして救うことが出来る。

 まるで、俺達を中心に廻っているような世界、そんな風にも感じ取れる。



・貴方が死んだら私も凄く悲しい――だから生きて、絶対に生き延びて


・君も良い目をしてきてお姉さんは嬉しいよ


・アタシはねぇ! ア、アンタ達と……働いてやらなくもないって感じかしら


・イットのこと助けたい! 良い子にするから、一緒に……連れてって……



 イット!



 今までの言葉は全て決められた台詞だった……ってこと。

 ロイスは、そう俺に言い聞かす。

 彼はそんな世界で生きている。

 俺の心に何かチクリと刺さった。


「ありがとうロイス。俺の事を気遣ってくれて、気持ちが少し楽になった」

「いいんだ。元気になってくれたなら」

「……だが一つだけ俺は違うと、お前に言いたいことが出来た」


 少し驚いたようにロイスはこちらを向く。俺は続けた。


「俺は……この世界がゲームの中なんて思えない。少なくともここに住む人達は皆生きる。そう思うんだ」


 ロイスは何も答えない。

 俺に否定されてショックだったのかもしれないが伝えなきゃいけないと思ったのだ。


「この世界は元いた世界と一緒だ。皆いろいろなことを思い、思い合い、一生懸命生きている。ここの人々は決して偽物なんかでは無いんだ」

「……」

「だからロイス、この世界で君が褒められたり愛されたのなら、それは君の成果だ。紛れもない君の力だ。本物だ。だから中身が無いとか……そんなこと言うな」


 ルドやシャルのことを思って言ったわけでは決してない。

 ロイスがこの世界を虚構だとしてしまえば、俺が大切だと思った人達も虚構になってしまう。

 そうやって、否定されるのが嫌だった。

 ただ、それだけだ。

 俺達は見合い、黙り合ってしまう。

 やがて、ゆっくりとロイスが口を開く。


「そっか……やっぱり僕達境遇が違うからかな……」

「ロイス……」


 そう言うと、ロイスは頷く。


「僕が君を慰めに来たつもりだったけど、僕の方が慰められちゃったかな? ありがとうイット君」


 軽く笑うと、ロイスは続けて謝る。


「ごめん……僕は何を言っているんだろう。ルドとシャルに申し訳ない」

「覚えているか? いつかの時に、俺が付加魔法エンチャントの練習をコハルにしようとした時ロイスに止められた。あの時に似てるな」


 あの時のことは俺の中で凄く反省している。やらなきゃいけないという気持ちが先行していた。

 それで周りも見えなくなる。

 状況や内容は違えど、ロイスも追い詰められていたのかもしれない。

 本当は、俺なんかよりも彼の方がもっと長い間この世界の空気に縛られ、自分を保とうとしていたのかもしれない。


「ごめんイット君……結局なんか変な話をしてしまって」

「いいや、ありがとうロイス。もっと客観的に物事を見ても良いのかもって思えたよ。さすがにゲームだと思えとまではいかないけどな」


 俺とロイスは笑い合う。

 こうして、男同士で笑い合ったことは俺の意識が産まれてから一度も無かった。

 まるで、友達みたいだ。俺は呼吸を整え紺色に映る窓の外を眺めた。


「問題なければ、もう少しだけ頑張ってみるよ。俺は、お前とならこの世界で冒険したい。そう思うよ、ロイス」

「イット君……ありがとう! でも、ルドとシャルの件は……」

「脱退とかはさせなくて良い。そこは何とか上手い具合に言っといてくれよ。俺からじゃウチの女子達は聞く耳持ってくれないだろうしな」


 ロイスは溜め息交じりに笑った。


「……わかった。親友の頼みだから頑張るよ!」


 親友……ね。

 何だかむず痒い響きだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る