第111話 久しぶりにこれだよ

「な、何やってるんだ!」


 俺は思わず彼女腕を掴もうとするが――


「え!?」


 彼女はナイフで自分のメイド服を襟から腹にかけて切り裂いた。


「――ッ!」

「お、お前!?」


 下着と色白い肌が露わになると、シャルは一歩踏み込み持っていたナイフを俺に振りかざしてきた。

 とっさに俺は彼女の腕を掴む。


「お前、本当に何を考えて……」

「最終手段……ですよ」


 何が最終手段だ。

 本当にコイツは常軌を逸している。殴り倒す訳にもいかないので、無力化する為に掴んでいる。ナイフを奪い取ろうと手をかけた。


「……フフ」

「え?」


 その刹那、シャルが不敵な笑みを浮かべたと思ったら、そんなに力もかけずあっさりとナイフを奪い取れたが……


「くッ!?」


 彼女は足を主軸に回転し、俺の鳩尾みぞおちへ蹴りを打ち込んできた。

 あまりに容赦ない不意打ちで動揺したが、何とか急所はズラすことが出来た。二発目、三発目と飛んでくる蹴りをとっさに手と腕でいなしていく。


「……何で避けられるんですか」


 訓練されたであろう攻撃をまさか付加魔法使いエンチャンターに避けられたことに驚くシャル。足だけではなく今度は拳を打ち込んでくる。それも避けていき避けられない物はなるべく痛みの無い部位へ身体を当てにいった。


「それも魔法ですか? シャルは大柄の男程度なら倒せる訓練をしているのですよ?」

「ああ、努力っていう魔法だ」


 近接戦を見越してコハルとの組み手を毎日毎日疲れ果てるほどやった成果が、まさか身内の奇襲で役に立つとは思ってなかったけどな。それでも防戦一方であることには代わり無い。


「久しぶりだがコレしかない……」


 俺は自信の背中に隠しながら魔法元素キューブを完成させ、彼女との距離を取った後に目の前で展開した。


小さな火花リトル・スパーク!」


 部屋一面が白い世界に包まれる。

 俺はとっさに目を閉じたがシャルは間に合わなかったのだろう。目を押さえながら何とか姿勢は臨戦態勢を取っている状況。

 しかし、後は簡単なことだった。


「……!?」


 後ろから腕をひねり上げ、組み伏せて戦いは終わった。


「あり……えない」


 まさか負けるとは思っていなかったのか、徐々に彼女が涙ぐんでいくのがわかる。

 まさか、魔法使いに肉弾戦で挑んで負けるとは思っていなかったのだろう。

 俺だって、こんなことの為に鍛えていた訳ではなかったが故に、今物凄く虚しさだけが込み上げてくる。


「いい加減終わりにしろ。お前の負けだ」

「……」


 反省の色を見せれば、ここまでの出来ごとはなかったことにしようと思ったが、抵抗しようと身をよじっていた。

 しばらくして、動かなくなったと思ったその時――


「いやあああああ!! 止めてえええええ!!」


 と、シャルが叫び声を上げた。

 思わず驚いてしまったが、組み伏せた状況。手には取り上げたナイフ。彼女の服の胸元が引き裂かれている。

 ようやく彼女の本当の目的に気づいた。


「て……てめぇ……」


 怒りと同時に、俺はこのシャルという女に対しての良心を全て捨てた。コイツは、元から俺をこうしてはめる為に来たのか。

 汚い、やり方が虫唾が走るほど汚すぎる。

 怒りに震えて声を出せないでいると、彼女はまだ叫び続ける。


「きゃああああ!! 止めて!! 触らないで!!」


 半狂乱になりながらドタバタと彼女が音を立てていると、案の定部屋の扉のノブがガチャガチャと回され声が掛かる。


「その声はシャルちゃん!? 私だよ! コハルだよ! 大丈夫!? それにここ……イットの部屋!?」


 最悪なことにコハルが来たらしい。

 何で……何でこのタイミングで……

 シャルは助けを呼び続ける。


「助けて下さいコハルさん! イット様に襲われて……」

「どういうこと!? ここを早く開けて!!」


 ダンダンダンとドアを叩くコハル。

 俺もドアの向こうへと叫ぶ。


「コハル! 襲われたのは俺だ! シャルに脅されたんだ!」

「え!?」

「今、コイツを取り押さえててドアまで近づけない! 管理人を呼――うぐッ!?」


 突然俺の後頭部へ何かが叩き込まれた。

 見ると、組み伏せられた状態から海老反りになり、足を打ち付けられたのだった。

 無防備だった俺は驚きと痛みで過剰反応してしまい、拘束を緩めてしまった。

 すかさずシャルは身体をよじり、馬乗りになる俺の頬へ裏拳をかました。

 何て柔軟な身体なんだ。

 完全に相手のペースを掴まれ、彼女はスルリと拘束から抜け出し立ち上がると、間髪入れずに俺の顔面へ蹴りをかましてきた。


「ッが!?」


 鼻の中に血の匂いが上ってくる。

 息もまともに出来ない。

 顔を押さえながらも視界にあの女のニタリとした顔が見えると、彼女は出入り口のドアへと手をかけ鍵を開けた。


「シャルちゃん!?」

「コハル様!!」


 ドアの向こうで構えていたコハルに、このクソ女はわざとらしく抱きついた。コハル以外にも、ソマリ部屋の向こうの廊下に立っており俺とシャル達を見比べていた。コハルは明らかに動揺したように呆然とし、


「これは……どういうこと……」


 と、声が震えていた。

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