第109話 脅しよ

「正直に申しますと貴方様……いえ、イット様……醜く汚らわしい貴方はシャルのロイス様に支障をもたらす存在」


 いつも淡々としていた彼女が顔を歪めこちらを睨む。


「ロイス様が、貴方の話をする度に他の人にも……シャルにも見せたことも無い表情を見せる。信頼と尊敬を滲み出す笑顔を」

「な、何言っているんだ?」

「その顔を見る度に、ロイス様が……シャルの知らないロイス様になっていくのがわかる。どんどん離れていくのがわかるのです」


 瞳孔を開き頭を抱えながら怒りを露わにするシャル。何を言っているのかわからない上に異常だ。

 コイツはおかしい。


「お、落ち着け! お前も嫉妬してるのかどうか知らないが、俺は男だぞ! ロイスと話していたって別に良いじゃ――」

「良くないんだよッ!!」


 突然彼女はナイフを取り出す。

 鋭い殺意で俺も一歩も動けない。

 間違いなく動いたら殺しに掛かってくるのを感じた。


「忌まわしき汚物の群れからシャルはロイス様に助けてもらいました。そうです、ロイス様にです」


 いつも通りの口調に戻ると、ナイフを撫でるように指で拭き始める。


「ロイス様は、シャルを見つけたのはイット様とコハル様のお陰だと言っていました。でも、シャルは知ってます。貴方達は汚物共に負けてましたよね?」

「……」


 昔のことをほじくり返されると辛いが、それは事実だ。

 シャルが奴隷にされているのを目撃した子供の時の俺は、己の力に慢心していた。結果、彼奴らの洗練された立ち回りに封殺され自分の実力不足だと思いしった。ロイスが来なければ、俺もコハルどうなっていたかわからない。

 シャルが続ける。


「シャルはあの時、貴方達の無様なやられっぷりに心底落胆しました。暗い闇の中で微かな希望を抱かれ、そして簡単に握りつぶされたのです。この絶望がわかりますか?」

「あれは……俺達も完全に相手できるとは思っていなかった。だから人を呼ぶように魔法を使ったんだ。落胆させたのならすまなかった。だが、君を救いたいという気持ちに変わりなかったんだ」

「救える気がしなかった。なら良いです。結局それは、貴方の力ではなくロイス様の力でシャルを救って下さったということになりますから」


 コイツ……

 正直俺もあの時慢心する気持ちがあったのは事実。

 それでも俺達も危険な目にあいつつ見過ごせないという気持ちで前に出たのは事実だ。恩返ししてほしい何て微塵も思っていないが、ここまで散々に貶される筋合いも無い。

 こんな奴、救わなければ良かった。

 今、その思いが胸の奥から沸き起こる。

 彼女の主張に俺は怒りを通り越し呆れ始めて来た。


「君がどれだけロイスに心中しているのかわかった。俺が彼と仲良くしていることに嫉妬していることも、君の年齢と経緯では仕方ないことだと思う。君の気持ち理由は受け入れるよ」

「……どういう意味ですか?」

「俺の慢心に君の危機感を与えてしまったのは謝る。申し訳なかった。それに君の嫉妬心も理解はした……感情論ばかりで納得はいかないけど、君も俺とだいたい同じ年齢ってことなら、今思春期って時期なんだろうな。身体と心がコントロール出来ていないんだって俺の中で納得したんだよ」

「……」


 更にシャルの表情が鬼のように歪む。

 わざわざこんな挑発することを伝えなくても良いのはわかっているが、今までの分口が止まらなかった。

 まあ、それでもそういう時期にこの世界では大人と認識されるのだから、ここはシビアな世界なんだと改めて思う。

 更にシャルは幼い頃にあんな酷い目に遭っていたのだからここまで極端になってしまうのは無理もない。

 同情できる所は少なからずある。

 彼女が噛みつくような目で話す。


「シャルのことをわかったような口利き、それに馬鹿にしているということですね……汚らわしい、腹立たしい!」

「そう言われても当然だろ? 俺のことが気にくわないからパーティーから抜けろってことだよな? 魔王を倒しにいかなきゃいけない大義がある上で人手が必要になることは容易に想像できる」

「だから何だと言うのです」

「世界の命運が掛かっているであろうこの勇者パーティーの戦力を削ぐことに個人の感情一つで決めてはいけない内容だって言いたいんだよ」


 俺もコイツと一緒に居るのはうんざりだ。

 それでも、この世界を救うよう派遣されてきた責任を放棄する訳にはいかない。

 これは義務だ。

 俺の数少ないここで生きる為の存在意義なんだ。


「そんなに俺のことを辞めさせたいなら、俺じゃなくロイスに言え。ちゃんと理屈や筋を通してアイツに説得してこい。俺はロイスと同じ勇者としてこのパーティーから降りるつもりは――」

斥候スカウトギルドに所属してる」


 今まで怒り狂っていた形相と声色が一気に冷め上がると同時に言葉は差し込まれた。


「……今……何だって?」

「シャルは、以前野営の時に聞き耳を立てていました。ソマリさんと貴方がコソコソと話しているのを」

「いや……いつのことだかわからん。ソマリと何て、まあいつも話している訳だし……」

「しらばくれても無駄ですよ。あれは、ルド様と貴方が見張りの時だった昼頃のことです。貴方達がロイス様を陰から操ろうとしている。斥候スカウトギルドの差し金で。だからシャルは貴方を危険だと申しているのです。ご理解頂けましたか?」

「……」

「今なら告発しません。貴方もあの情報拡張という犯罪魔法のせいで立場が危ういのでは? そこで斥候スカウトギルドと繋がっているとなったら……それこそ信用を失うのも当然でございます」


 シャルは口元に笑みを浮かべているが、獲物を捕らえるように鋭い目を向けてくる。ゆっくりと彼女は吐息のように言葉を吐いた。


「シャルはとても心配です。ロイス様が犯罪者にたぶらかされ、斥候スカウトギルドの手先に良いように誘導されてしまうのではないかと。だからこそ不穏分子は即刻消したいのです。ですが、シャルも悪魔ではありません」


 強い念を込めるように睨み付けてくる。


「貴方が引いて頂ければ、全て丸く収まりますよ?」


 彼女の敵意にもはや目眩すら覚える。

 それにしてもまさかあの時聞いていたのか? あの時俺はソマリと何を話していた?

 本当に他愛もないことだったはず。

 ……ダメだ、ソマリが俺の童貞を捨てさせろって命令された話だけ印象に残っている。

 俺の馬鹿! クソッ! こんな時に何でこんなことだけパッと浮かんでくるのだ……



 ――カチッ


 

 いやまて……そうだ、話していないんだ。

 俺とソマリは互いにギルド員だと認識したが重要な内容は例のあの時話し合っていないんだ。


 それなら――

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