第106話 音速よ

「簡単な話、俺は自分の身体能力を魔法で書き換えた。これはどの国でも許可無く行えば重罪に問われる危険行為だ」


 俺は坦々と続けた。


「元々人間の身体の情報ステータスに記載される限界数値は256と決まっている。それ以上は上がらない。そういう世界の理がある。もちろん例外はあるけどな」


 例外的に俺やロイスの魔法適性の値はその限界値を凌駕している。

 これはいわゆる才能なのだと思うが、今はそこを深く掘り下げる所ではない。

 コハルが尋ねてくる。


「そ、そうなんだ……でも何で使っちゃダメなの? 身体が弱い人とかに使ってあげれば運動とかも出来るようになるんじゃない?」


 コハルの質問にソマリも乗っかった。


「あ! それウチも思った! その限界数値とか超えないように調整すれば沢山の人が平等で幸せになれるんじゃないかな?」

「そうだよね! ソマリちゃん頭良い!」


 女子達がキャッキャするが、俺が咳払いをして話を続ける。


「そうだな。だがその微調整って奴がこの魔法の難しい所で、たった1数字をずらすだけでも難しいんだよ。少し触っただけでも簡単に限界数値を超えてしまうし、下手したら元に戻せないかもしれないんだ」

「戻せないと、何か不都合でもあるの? 身体が強いままなら全然良いと思うけど」

「例えば敏捷性って項目を800に書き換えると新幹線の最高速度と同じ速さで動けるようになる」

「しんかんせん?」

「……例を変えよう。敏捷性の数値を3万にすると音の速さと同じ速さで走れる。走るどころか全ての動作が音速で行える」

「音の速さと一緒!?」


 コハルは目を輝かせる。


「そんな感じで攻撃力や防御力、この身体の情報ステータスの値が、俺達の筋力や免疫力、代謝なんかも表し、そして重要なのはこれら数値が体質とということだ」

「凄いじゃん! その魔法があればどんな敵にでも楽勝で勝てるじゃん!」

「でも、この魔法を使える付加魔法使いエンチャンターはこの世にほとんどいないしいなくなった。どうしてかわかるか?」

「いなくなった?」


 コハルはまた首を傾げ、俺は皿に残っていた肉を口に放り込む。


「理由はだいたい二つだ。一つは身体への情報拡張魔法を展開するまでの実力が伴っていない。いわゆる魔法適正が人間を超える程高くないとそもそも使えない」


 俺等勇者の値なら対した事無いのだが、実際256を超えた値の魔法適正なんてこう考えると化け物と言って良い。

 情報拡張の文献があるということは転生してきた勇者以外にも人智を超える実力者は存在しているということだ。

 恐ろしい話である。


「そして、もう一つの理由が禁忌とされた内容だ。コハル、お前がもし音速で走れるようになったらどうなると思う?」

「私が? うーん……凄く速く走れる?」

「違う。身体がバラバラに吹き飛んで死ぬ」


 彼女の口が開いたままになる。

 周りも黙って話を聞く。


「自分の速さだけが変わっても自分の筋肉や骨が追いつかない。摩擦や空気抵抗みたいにこの世界の法則も変わる訳もない。音速に動けるようになった瞬間、瞬き一つしただけで頭が吹き飛ぶかもしれない」


 少々怖く言ってみたが実際やってみないとどうなるかわからない。

 だが、文献に書かれていた情報拡張の研究をしていた付加魔法使いエンチャンターは軒並み実験中の事故で亡くなっていると記されていたので察する。

 この話も調整に失敗した時の話だ。


「今回俺がイジったのは攻撃力という一番そう言った被害が少ない項目で、これは筋力と直結している。この数字を単純に大きくすればするほど筋肉は発達するんだ」

「それじゃあ……あの大きい男がイットの腕を倒せなかったのは……」

「ああ、単純に攻撃力の値を倍増した。それがあの時のカラクリさ」


 しかもあの時は調整はしたが、それでも相当数値を上げてあった。

 俺の身体に触れて少し押しただけでも、腕が砕けかねない。

 意識しないと座っていた椅子や机も容易く破壊するかもしれないのでかなり気を遣って動いていたつもりなんだ。

 説明を終えて持っていたフォークを置くと溜め息交じりにロイスが投げかけてきた。


「それで……筋肉を無理矢理増強し、イット君の腕が耐えられなくなって裂けた。それがあれってことだよね?」

「え! イットが血を流していたのは……」

「うん、そうなんだよ。とても身体に対するリスクが高いんだ。それに、あの場で魔法への知識がある物が少なかったから良かったけど、分かる人間がいて、もし通報でもされるものならここに僕達は居られなかったかもしれない」


 ロイスの言葉でコハルは察したように不安そうな表情を浮かべる。

 彼は頷いて続ける。


「……確かに数値を変えれば数値通りの身体の能力へ影響を与える。だけど、身体の性質を変えるということではないんだ。人間の身体が耐えられなくなればその場で崩れていく。世の理に背く行為だ」

「……」

「それに、万が一君があのまま死んでしまったとする。そうなったら君の死体はどう処理されると思う?」


 彼の質問に俺ではなくコハルが反応する。


「ロイス! その言い方は!」

「いいや……それも情報拡張の問題点の一つなんだ。例えばイット君じゃないとしても死んだ人の処理をする場合、まず死体をその場から移動させないといけない。つまり誰かが身体に触れないといけないだろ? でも、もし情報拡張で攻撃力か何かが極端に上がっていたら……」


 そこまで言えば、コハルも気付いたようでウッと表情を歪ませる。

 ロイスも続ける。


「少し身体を転がして当たっただけでも、この前の男の腕みたいにボロボロになるかもしれない。人が死んでもこの情報拡張の魔法は数字を直さない限りその物質の情報は書き換えられたままだ」


 昔、魔王軍との戦いで命を落とした兵や民間人の死体に情報拡張を行い魔王軍に投下する人間爆弾的な計画もあったらしい。

 この世界でも、倫理的思考や魔王軍にその死体を利用される可能性を考慮して行われはしなかったそうだ。

 そもそも魔王軍からもそういう死体投げ攻撃を今までしている記述がない以上リスクが大きかったのかもしれない。

 そんな本の中の話を思い出していると、ロイスと改めて視線が交わる。


「それで……僕が昔教えてあげた項目の発見でこの世界は更に発展した。それと同時に世界が定めたルールも脅かす、魔神と同等の力なんだ。君も、そこまでわかってて何故使った?」


 ……最初にコハルへ伝えた通りに答える。


「……ムカついたからだ」

「ムカついた? 何に?」

「ああ……いろいろなことに対して」

「そんな私情で使ったのかい……はぁ、そんなの有り得ないよ」


 有り得ない……か。

 そうだよな。

 何か理由があるはずだといろいろ聞かれたが、深く答える気力も今は出ない。

 適当に、あの巨漢に腹が立ったと答え続け、最終的にロイスは溜め息を漏らした。


「結局……突発的に感情へ身を任せて行動した。そういうことなんだねイット君?」

「そうだ……」

「わかった……それじゃあイット君、内容を変えるけど今まで情報拡張の魔法を練習していたってことかい?」

「何だよその質問は?」

「思いつきで使えるような魔法ではない。それにちゃんとイット君は自身の身体の情報ステータスを元に戻している。これは……前々からこの魔法を使う準備をしていたってことだ」


 そうだ……俺は密かに研究していた。

 正直に答えるか迷ったが、言い訳できる状態ではない。 


「そうだ」

「いつから?」

「いつからって……昔ロイスに身体の情報ステータスの開き方を教えてもらった後からだよ。本当に本格的に魔法の勉強を教えてもらった時から気付いて、それからは独学で……」

「ほぼ初期からじゃないか! 違法だって知りながらも調べたのかい!」

「ああ……」


 ロイスは「どうして、イット君らしくない……」と頭を抱える。

 ……だから俺らしいって何なんだよ。

 確かにこの世界の法律に触れている。

 善良な人間に見えていたなら申し訳ない。

 俺だって……今までの勇者達が世界の理、世のルールから外れたからこそ魔王になっていった。

 それで沢山の者達が損害を被ってきたのは聞いているし、俺もそういう風になりたくないと思っていた。

 俺も理を破りたかった訳では無かった。


「どうして……情報拡張を研究しようと思ったんだい?」

「え?」


 まだロイスからの質問は続いた。


「確かに君は研究熱心だった。ちょっと熱中しやすい所もあったけど理性的で、理由無くこんな危険な物に手を出すとは思えないんだ。君の目的を教えてくれ」


 それは一番聞かれたくない質問だった。

 俺は表情を崩さず、これをを言った。

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