第104話 朝食よ

 宿舎のすぐ近くにある食堂へ着く。

 とりあえず二人がけの席に座り適当に頼み待っていると、コソコソ声が聞こえてくる。


「おいアイツ……」

「ああ……酒場で暴れたっていう……」


 聞こえないと思っているのか、明らかに俺に対しての会話を誰かがしていた。正体が知りたくてそちらを向くと、見覚えの無い男女が目つきの悪くしこちらを見ていた。

 俺が振り向いたのを知ったソイツらは、すぐに目線を逸らし黙った。

 酒場のことを知っているということは冒険者なのかもしれない。

 自分でまいた種だが、めんどくさい……


「イット!」


 ふと、今度は聞き慣れた声が聞こえ硬直する。向かなくても分かるがコハルだった。


「もう、起きたんだったら私も起こしてよ! 心配したんだからさ!」

「……」

「まだ体調悪い? 具合悪かったら無理しないで」

「大丈夫だ……腹が減っただけだよ」

「そっか、良かった……あれから一日中寝てたんだよ。本当に心配したんだからね」


 一日中寝ていたのか。

 コハルは、向かいの席へドカッと座り俺と向き合った。

 何となく彼女と顔を合わせたくない俺は、彼女の胸を見て話す。


「ねぇ、この前はどうしちゃったの? 酒場でイットの様子がおかしかったしさ」

「別に、ちょっとキレただけだ」

「キレたって、怒ったってこと? 何で? あんな奴等いつものことじゃん! 私とロイスがボコボコにして終わりだったんだから」

「……妙に腹がたった。それだけだ」

「ええ……何かイットらしくないよ……」


 俺らしいって何だ?


「言われ放題言われて、後ろで何もせず指くわえて見ているのが俺らしいのか?」

「え? ち、違う! そういう意味じゃなくって!」

「何だよ?」

「いつもああいう時は落ち着いてるイットが、あんなに怒ってたのにびっくりしたんだよ。今までそんなことなかったから……」


 最後は息を吐くようにコハルが話した。

 確かに、こんな怒ったことなんて今までなかった。そもそもあの突発的に沸いてきた感情が、本当に怒りだったのかすら俺にも分からない。

 やはり俺は、人として欠陥があるのかもしれない。


「……ねぇ、イット。あれって魔法だったの?」

「あれって?」

「大男の手を潰しちゃったでしょ? あの怪力の力だよ」

「ああ……あれか」

「あんな魔法……私見たこと無いよ。イットと特訓してた時もあんな凄い魔法を使ったことなかったよね? ずっと内緒にしてたの?」


 確かに模擬戦で使わなかった。

 使えなかったではない、使わなかった。


「別に隠してた訳じゃ無いさ。対したことない魔法だから」

「え? そ、そうなの? でも、あんなにイットが強くなれるってことは……前衛も出来るってことだよね?」

「……まあ、少しだけなら出来なくも無い」


 本当に少しだけ、少しの時間だけだ。

 あの魔法の反動をもって味わった。

 筋肉が勝手に弾けて切れた。

 あの魔法は乱発出来る代物ではない。


「そう……そうなんだ……」

「なんだよさっきから、別にどんな魔法を使えたって良いだろ? 結局あのチンピラ一人倒すので精一杯なしょぼい魔法だよ。結局前衛には向いてないんだよ。俺は」

「そ、そっか! えっと、その…………」


 安堵の声を漏らすコハル。

 良かったってなんだ?

 俺が役立たずの立場のままだと聞いて安心したのか?

 俺が弱いままで良かった。

 いいやそんなこと、彼女が思うわけない。

 ……って思いたい。

 俺がそう思いたいだけだ。

 コハルが何を意図してそんなことを言ったのかわからない。

 俺は彼女の言葉が突き刺さり抜けなくなる。徐々に視界が机に落ち始め、胸すら見られなくなる。

 頭もクラクラしてくる。

 それでも、意味を聞こうと必死に言葉を絞り出す。


「……良かったってなんだよ?」

「え?」

「その……前に出てお前のことを……守るのもダメなのかよ……」

「ち、違うよ! そういう意味じゃない!」

「じゃあどういう意味だよ?」

「えぇ!? ……い、言わなきゃダメ?」

「ああ」

「えっと……そ、その……」


 彼女が口ごもる。

 表情を見られない。

 顔を見て話せば彼女が何を考えているのか分かるだろう。

 しかし……今は本心を知りたくなかった。

 しばらく沈黙が続き、やがてコハルが小さく呟く。



「私のいる意味が……なくなっちゃうから」


 ……

 そうだよな。

 コハルもこのパーティーとしての立ち位置を気にするよな。

 誰だって、自分が役立たずだと思われたくはない。

 それは当然の感覚だ。

 彼女も周りの目が気になるんだな。

 俺が苦笑すると、


「ねぇイット。私からも聞いていい?」


 コハルから質問が来る。


「酒場であの男の人に言われたことなんだけどさ」

「言われたこと?」

「えっと……その……イットが、私に、ほれて……るって……」

「……ん?」


 途切れ途切れの彼女の言葉。

 聞き取りづらく、思わず俺は顔を上げた。


「……何だって?」


 目の前のは顔を手で覆って座っていた。

 彼女が付けるバンダナから、隠していた耳も折れてはみ出している。


「何顔隠してるんだよ?」

「何でもないよ! それよりどうなの!」

「どうって何が?」

「だから! イットが! 私に! ほ、ほれ……て――」

「いや、最後の方が聞こえないんだって」

「もういい! 今の質問は無し!」

「なんだよ……」


 表情を断固として見せないコハル。

 顔を上げても下げても、こりゃ一緒だったな。様子のおかしいコハルを見て、荒れていた気持ちが少し忘れられた気がした。


「……とにかくありがとうな、コハル」

「え?」

「俺のこと、心配してくれたんだろ? 少し気分が紛れたよ」

「そ、そう? それなら良かった!」

「正直に答えてくれてありがとう……気を遣われるよりそっちの方が気持ちが楽だよ」

「……?」


 顔を出すコハルは口元に笑みを浮かべながら首を傾げる。

 昔は話が通じない妹……いや下手したら娘のように思っていたが、成長するにつれて対等な人間のように感じ取れる。

 徐々に彼女が何を考えているのか分からなくなるが、だからこそ、そんな彼女が気を遣ってくれたり、本音を話してくれることが嬉しかったりもする。

 本当にありがとう、コハル。



「あ! 起きたんだねイット君!」



 突然食堂の出入り口からロイスの声が聞こえた。

 振り向くと、そこには装備を調えたロイス。更にこちらを睨むルドとシャル、微笑むソマリが立っていた。

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