第97話 嫉妬の炎よ

 その日の夜。

 薪をくべ、虫の鳴く森の中、俺とルドは互いに距離を置いて薪を囲んで座っていた。無論に何も話さない。

 互いに視界へ入れないようにしているのが雰囲気でわかる。


「……」


 気まずいかと言われれば意外とそうでもなかった。

 寧ろ、めんどくさい相手と話さくて良いこと程楽なことはない。

 別にルドの事が嫌いとか悪いとかは思っていない。

 ただ、関わるのがめんどくさいと俺は感じてしまう。

 彼女の言うことは度を超す事もあるが、正論がほとんどだ。

 いや、人の心情を察せていない以上、正論という優しい言葉では認めたくない気持ちがある。

 意味はそんなに変わらないが、合理的だと言った方が彼女の行いに合っている。

 理にかなっているが、周りは着いていけないタイプと言った所か?

 何にせよ、俺自身心の広さを持ち合わせていないのは自覚している。

 この気を境に親睦を深めたいなんて、悪いがルドに対して思えない。

 無難に今夜は無言でやり過ごそうと思い、自身の防具の修繕をする予定なのだ。

 そんなことを考えながら裁縫の用意をしている時だった。


「聞きたいことが……あるのだけれど」


 ルドが言葉を発した。

 俺は作業を止め、辺りを窺うが俺と彼女しかその場にいないことを確認する。


「……俺に話しかけたのか?」

「何を寝ぼけているの? アナタ以外ここにいないでしょ」


 彼女は横たわる丸太に腰掛け足を組みながらパキパキと燃える火を眺めながら答えた。


「……聞きたい事ってなんだ?」

「アナタ転生者なのでしょ?」

「ああ……そうだけど」

「転生者って……こことは別の異世界に住んでていたということよね?」


 異世界。

 ああ、そうだな。

 この世界の住人からしたら、俺が住んでいたあの世界は異世界ってことだよな。

 なるほど……

 俺は感心しつつ頷くと、ルドは続ける。


「ロイス様とアナタは同じ世界から来たということで良いかしら?」

「まあ、そうだな。住んでいた国はかなり違うけど」

「その異世界のロイス様は、どういうお方だったのか……詳しく話しなさい」


 そういうことか。

 いきなり、話しかけて来たと思ったらロイスの過去を探りたい訳か。

 別に隠す気も、というか隠すほどの内容もないので答える。


「彼の昔の名前は、ロイス・チェルスって言うんだ。それは本人から聞いたことがあるかもしれないが……」

「聞いたことないわ」


 ルドの表情がいきなり険しくなったのを見てしまう。俺は気にせず続ける。


「……あっちの世界で、俺は直接的な接点はなかったが、彼は一部の界隈ではトップスターだったよ。世界一のみが記載されるギネスブックっていう人類の記録に載った程彼は才能に恵まれていたんだ」

「一部界隈ということは、狭い業界でってことですわね?」


 俺は頷き、手の平から魔法元素キューブを取り出す。


「ああ、俺達の世界ではルイビックキュー……名称を言ってもあれだな。この魔法元素キューブと同じ形状の玩具があったんだ。ロイスはこの玩具を世界一の速度で完成させることが出来るんだ」

「でも、魔法元素キューブがあったということは魔法もあったということよね? それって凄いことではなくって? それこそ、この世界のように名を轟かす程に」

「いや、俺の世界のキューブは完成しても魔法は出てこない、ただの立体パズルだ。遊ぶための本当に玩具なんだ。ロイスから本当に聞いてないのか? 彼の一番誇るべき所だろうし、だからここへ転生された理由だ。昔の勇者達もだいたい同じ理由だと思って――」

「……」


 ルドは黙り、俺は気付いた。

 俺は余計なことを聞いてしまったかもしれない。

 明らかにルドはロイスの生前の姿を知りたがっている。

 裏を返せば、彼の生前の話を知らないから聞いてきているのであろう。

 そうなると「ロイスから聞いてないのか?」何て台詞は挑発になってしまう。

 彼女の様子が変なのもそれが理由か?

 これ以上話を続けるべきか悩むがほぼ対面である以上逃げることは出来ない。

 話の軌道修正をした方が良いだろう。


「と、とりあえず、ロイスは生前も凄い人物だった。冴えない俺に取っては年は大分離れていたが、尊敬する存在だったよ!」

「……」

「たかだか玩具で競い合うだけかもしれないけれど、そんな中で誰よりも速く手を動かし、完成させて他のプレイヤーを置き去りにしていく彼の姿は正直震えたね。鳥肌が立った。俺がただの暇つぶしでやってたパズルも極めると人智を超えるものになるんだって驚き、そしてそれを幼かった彼が成し遂げていく姿。感動したよ」


 俺はその動画を見た時のことを鮮明に覚えている。生前の仕事の昼休みにスマホを開き、動画投稿サイトで立体パズルの世界大会を視聴した。

 日本ではマイナーな大会であったが、愛好家として見逃したくなかった気持ちも覚えている。ロイスがカメラの前で、観客が見守る中で目にも止まらぬ動きでパズルを完成させたあの衝撃。刹那、何が起きたか理解できずに俺は手が震えた。

 同時に笑いも込み上げていた。

 凄い……もう、その一言でしか言い表せなかった。

 その時の歓声音も俺の気持ちと共に沸き起こっていたように思える。

 一瞬で、彼はスターになった。

 伝説となった。

 俺は、ロイスのいちファンとなった。

 

「だから、俺とロイスは深い関係ではなかったけれど、俺は彼の凄さを知っている。本当に尊敬しているんだ」


 だから、俺達がこの異世界に勇者という同じ役回り転生したことに対して……比較されれば俺は彼に勝てない。

 どこを取っても能力は劣化している。

 容姿や人間性、そして立場も何もかも。

 俺自身が人間として出来ている訳ではない。それ故に、今のロイスを妬ましく思わないかと言われたら思っていないと言える自信はないのだ。

 でも、それでも彼は凄いと心の底から抱く尊敬は本当だ。

 自分の醜い心をかき消せる程には、その思いは強い。ある意味彼のカリスマ性なのだろう。明らかに彼の劣化である俺が、こうしてパーティーに所属し続けていられるのも、彼が俺に何かを必要としてくれたからだ。

 俺の数少ない自尊心なのだと思う。

 ふと、俺はルドを見たその時だった。


「……気にくわない!」

「え?」


 突然、彼女は腰に下げていたレイピアを抜き、地面に突き立てた。俺は一瞬何が起こったのか理解できずに硬直する。


「気にくわない! 気にくわない気にくわない気にくわない!」


 何度も怒りをぶちまける様に相棒であるレイピアを突き立てるルド。正気とは思えないただならぬ状況を傍観するしかない。


「何で……何でワタクシにその話をして下さらないの……ワタクシはもっとしりたいのにどうして……」


 激昂の次は頭を抱えて泣き始める。

 情緒不安定な彼女をどうするべきか……関わりたくないが、とりあえず落ち着かせるべきかと立ち上がった。


「お、おい、ルド! 皆も寝ているし落ち着――」


 その時だった。

 一気にこちらへ駆け寄ってくる気配と足跡を感じ振り返る。


「ガアッ!!」

「なっ!?」


 1匹の狼が無防備なルドへと噛みつこうと牙を剥き出す。


「危ない!」


 俺は咄嗟にスタッフを持ち、牙を剥き出す狼の口へフルスイングを叩き込む。

 狼は自身に向かってくる棍棒に反応し、標的を変え、スタッフに噛みついた。食らい付いた狼は離すこと無く、右に左に身体をしならせる。


「クソ! 離せよ!」


 俺はスタッフから魔法元素キューブを取り出し片手で展開する。


炎付加ファイヤー・エンチャント!」


 持ち手の先から炎が燃え上がる。

 狼は気付いたらしく、牙を放し距離を取る。すると、更に数匹の狼達が現れ俺とルド……いや、もしかしたらこの野営地を囲まれているのかもしれない。


 今、この状況……

 夜襲だ。

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