第98話 夜襲よ

「ルド夜襲だ! 皆を起こしてくれ!」

「……」

「何やってんだ! ルド、早く!」


 声をかけるが、未だ俯いたままのルド。

 クソ……何の為の二人体制で見張りをしていたのか。

 もう一度状況を図る。

 相手は大型の狼で、前方に4匹。

 だが、何か辺りにも気配を感じる。

 たぶん前方のは囮で注意を逸らし、隙を突いて第二の奇襲を行う、もしくはその間に食料の強奪を計ってくるかもしれない。

 相手は動物だ。

 狂乱の魔物の様に俺達への敵対心よりも食料強奪を目的にしている可能性の方が高い。そうだとしても、こちらとて奪われる訳にはいかない。

 二つの作戦を思い付くが、二秒考え俺は魔法元素キューブを取り出し片手で雷の魔法を展開する。


「皆起きろ! 夜襲だ! 雷雨サンダー・レイン!」


 魔法元素キューブを上空に投げるといくつもの稲妻が狼達の目の前に落ちる。

 危険を察知した個体は後方に退くが1匹には命中する。


「――キャン!!」


 犬のような鳴き声と共に感電してその場へ倒れ込んだ。

 威嚇のつもりだったが、幸か不幸か当たってしまった。

 本来の目的は、相手との距離を引き剥がすのと同時に雷鳴でロイス達を起こすことを同時並行で行うことだ。

 俺達に人数がおり、戦う力を持っていると察すれば戦意を失い引き下がることも考えられる。

 それでも襲い掛かるのなら、狼が相当数でこの野営地を囲んでいるのか、俺達に殺意を持っているかだ。


「――グルル……」


 だが、1匹に命中してしまったということはあちらからすればこちらにも対抗する戦意があると見られてしまう訳だ。

 売られた喧嘩を買ってしまったようなものである。

 獣達は退く様子はなく威嚇しながら俺達を囲もうとゆっくり動く。

 完全に囲まれる前に予防線を張ろう。

 俺は燃えさかるスタッフを土の上に突き刺し、からそれぞれ魔法元素キューブを取り出しそれぞれ展開。


二つの雷撃網ダブル・サンダー・ネット!」


 二つの魔法元素キューブを同時に発動させ、片手ずつ稲妻の球体を作り、 球体の一つは荷馬車を引く馬の近く、もう一つを皆が就寝するテントの裏へ放つ。

 すると蜘蛛の巣のように膜を作った稲妻が地面に張り付く。

 これは俺達の足である馬と皆を守る魔法、踏んだ相手を感電させる罠だ。

 これで更なる奇襲があっても保険が利く。

 準備を整え、突き刺したスタッフに手を伸ばす。


「――熱っ!」


 当然のことだが、燃えている物体の近くは熱く、俺は持つのをためらってしまった。付加魔法エンチャントを受けた物質が焼ける事は無いが、使用者も影響を受けない訳ではない。動物に対して火を怖がると安直に考えたのが浅はかだった。だから炎の魔法はあまり使いたくないのだと後悔が過った。

 相手はそれを隙と思ったらしく、狼達は一斉に俺へと牙を剥き襲い来る。


「っく!!」


 熱さを堪え、スタッフの燃えていない部分を握る。

 何とか狼達から身体を守ろうと構えた。

 その時だった――


「何をこんな雑魚に苦戦していますの!」


 横からルドの声が聞こえた。

 それと同時に、襲い掛かる狼共は真横から盾を構えて突進してきた彼女に吹き飛ばされた。風圧が弱まり、ルドが俺の前に立つ。


「まだ1体も倒してないじゃない! それでロイスと同じ勇者ですの?」

「い、いやお前が全く動かないから……時間稼ぎをだな――」

「見苦しいわ! 言い訳しか出てこないのかしら?」


 彼女はレイピアを抜き、盾を構える。


「少なくとも、ワタクシは自分の弱さに言い訳しませんわ。アナタと違ってね!」


 そう言うと、土を巻き上げ弾け飛び狼へと突撃していく。

 放たれた矢の如く1匹の眼前へ着くと、そのまま口の中目掛けてレイピアを大砲のように突き刺す。


「――!?」


 彼女は、串刺しになった狼をゴミの如く払い捨てる。


「ワタクシは努力した! 一族の四女という政略結婚に使われるだけの価値しかなかったワタクシは! 努力したのよ!」


 何かを叫びながら、憎悪に満ちた表情で飛び掛かる狼を盾で薙ぎ払う。


「気持ちを押し殺すよう教育され、貴族という価値しかなかったワタクシだった……それでも、ロイス様は私自身を見てくれた。殺していたワタクシの心に、息を吹き返してくれたの!!」


 彼女はレイピアを逆手に持ち替え、上から狼の頭へ突き立てる。容易く頭部から喉にかけて貫通し狼は絶命した。

 ルドの動きは全く止まらない。


「このまま成長して、ロイス様と別の道へ進んでいくのが嫌で仕方なかった。だから、ワタクシは強くなる鍛錬をした。才能が無くてもあの方の隣に居続ける為に……一族の反対も努力で認めさせてきた……それなのに……それなのに!!」


 最後の1匹が彼女の首元へ飛びかかるが、牙を盾で防がれる。

 牙が盾に食い込んだのか離れようとしない狼にルドは叫びかける。


「汚らわしい!! 消えろおおおお!!」


 彼女は飛び上がり、己の体重と重力を狼の重さを地面へと叩きつけた。

 獣の顔は地面へ埋まり、ピクリとも動かなくなる。

 狼を蹂躙し終えたルドは立ち上がる。

 ふと彼女は歩き出し、俺が最初に魔法を当ててしまい感電して動けなくなっている狼の元へ向かっていた。

 狼は目だけをルドに向け、横に倒れながら痙攣している足を何とか動かそうとする意思、表情はわかり辛くも瞳から恐怖のような物を感じ取れる。彼女が狼の前に立つと盾を手に取り、横たわる獣へギロチンのように振り下ろした。


「や、やめろ!!」


 俺の呼び止めを聞き入れず「――キャン!!」と子犬の様な悲鳴と肉が叩きつけられる音が響く。

 何度も何度も……


「憎い……憎い! 憎い! 憎いぃぃ!!」


 鬼の形相で盾の角で打ち続けるルド。

 見ていられない俺はかけより振り下ろす彼女の腕を押さえた。


「離しなさい!!」

「もう十分だ! これ以上痛めつける必要はない!」

「何をおっしゃっているの!? 敵よ! ワタクシ達を殺しにきた敵なのよ!」

「わかってる! それでも……ここまですることはないだろ! ただのなぶり殺しだ!」


 完全に虫の息となった狼。

 悪いが、こんなに痛めつけられたら長くはない……


「それなら……俺がトドメを――」

「!?」


 俺が魔法元素キューブを取り出したその時だった。


「えッ!?」


 俺は横に吹き飛ぶ。

 横腹から痛みを感じ始め、地面へきりもみする。

 こぼれ落ちた魔法元素キューブは消えたが、何とか顔を上げる。

 新たな増援か?

 だが、その気配がなかった。

 見ると、そこにはいつの間にか足を上げていたルドが戻している一人姿。

 その場で回転していた痕跡。

 ……え?

 まさかと思うがコイツ……


「俺を……蹴り飛ばしたのか」


 腹を押さえながら立ち上がると、狼の断末魔が聞こえる。

 そちらを向くと、ルドが狼にトドメをさしていた。

 彼女は結局、鉄板の盾を獣の喉に突き立てていた。

 ゆっくりとルドが盾を持ち上げ、こちらを睨み付ける。


「……ワタクシは、死に物狂いで努力をして結果を出してきた。それなのに、貴方は対した努力もせず、生温い世界で生きてきただけ……ただロイス様と同じ世界から来たというだけで、あの御方に気に入られている」

「俺が……努力していないだと……」

「ええ……現にこれまで貴方は魔物を殺しているのかしら? シャルにも聞いたのだけど、魔法の発動前にだいたい殲滅していたそうじゃない」

「……」


 この世界の魔法の性質上初速が遅いのはしょうがない。しかし、魔物を倒している数で言ったら、メイドのシャルよりも少ない。

 それは周知の事実。


「……それは、敵を殺すことが俺の役割ではないからだ」

「は?」

「俺は付加魔法使いエンチャンターで、味方を支援。パーティー全体を補強するのが俺の役目――」

「まったく出来ていませんわよね!」


 俺の言葉を遮るルド。


「はっきり言いますわ! このパーティーは、ロイス様とワタクシの二人でだいたいどうにかなるの! 周りは奴等はそれこそ補強! 特に貴方なんて全くパーティーのスピードに追いつけていないお荷物!」

「……」

「ロイス様に気に入られて、良い気になってるだけの足手まとい!」

「良い気になってなんか……」

「黙れ、アナタなんていらない、消えろ!」





・お前はいらない子なんだよ






「――ッ!?」


「本当にアナタは使えない!」







・本当に君は使えないな








「……」



「アナタには、存在価値なんてないのよ!」








 存在価値



 俺の存在価値。


 ……


 だから言っただろ?


 アイツが言っている通りだ。


 俺は、もともと無価値な存在なんだよ。










「うるさい!!」


 頭を抱える。


「俺は無価値なんかじゃない! 変わったんだ! 俺は乗り越えて変わったんだ!」


 ずっと収まっていた声達が、また頭の中で反響する。


「あら? どこがかしら? 変わってこのざまなんてトコトンゴミクズだったのね?」

・ほんと……いなくなって清々した

「違う!」

「存在価値のない無能が何を言ってますの?」

・生きてる価値が本当にない

「だまれ!」


 ルドの言葉に合わせて記憶の中にあった声も聞こえてくる。

 俺が無力だったとき。

 コハルが暴力を受け犯されそうになっていたあの光景。

 ただの傲慢なオヤジに、何もできなかった。俺が……一番俺を嫌いになったあの光景が――




 バチンッ!!



 後ろから電気がはじける音が聞こえる。

 大きな音に俺達は言い争いを止め、後ろを振り返るとどこからか現れた狼が痺れていた。俺の仕掛けた魔法の罠に引っかかったようで動けない様子だった。

 更にその後ろにはいくつかの眼光が光っていた。


「イット! ルドちゃん!」


 痺れる狼へ、同じ大きさの柴犬が体当たりした。


「寝坊しちゃった! 二人とも怪我無い? 大丈夫だった!?」


 敵を吹き飛ばした柴犬もといコハルは、心配したように俺達へ声をかける。

 テントからも軽装ではあるが、ロイス達が武器を持って姿を現す。

 飛ばされた狼は立ち上がり、仲間達の参上と俺達の人数に察したのか群れは去って行った。辺りから気配が遠ざかっていった。


「すまない二人とも! 出遅れてしまって……」


 ロイスが頭を下げ謝ってくる。

 ルドがそれに答えた。


「大丈夫ですわ。ただの狼如きどうということはございません」


 先ほどまで乱心だったとは思えない程落ち着いた面持ちの彼女。

 すると……


「ふふふ……」


 笑みを浮かべ、ルドはこちらを向く。

 まともに彼女の表情を見れない。

 先ほどまでの情緒不安定さに、俺は薄気味悪さと気持ち悪さを感じる。そして、心を乱され気怠さも押し寄せていた。

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