第96話 密会よ
「な、何でだ!? 何で俺のことをバカにしてるんだ!?」
「うーん、たぶん半分おちょくってるんだと思うけど確かに今のご時世、人間のその年で童貞なのは珍しいと思うよ。というか、イット君、やっぱりまだ童貞だったんだね!」
「くっ!」
慈母の笑みを浮かべ男心を砕く魔性の女ソマリ。15年……いや、前世も付け合わせると約50年間童貞だ。
もちろん好きでそうなっているのではない。もはや仙人になれるのではと、自虐して己の現実を少しでも見ないようにしないと、まともではいられないのだ。
この世界に来て若返っても、自分のやるべき事が多過ぎてそれどころではなかったと言い訳したい。
でも、美人な女性に甘えるというささやかな夢は早々に達成出来て、それだけで満足していたのもある。
積極的にそういうことをしたいという欲求がその時から収まっていたのかもしれない。
それにしても彼女の言っていたことはそうなのか?
今まで生きてきてこの世界が、そんな性に乱れた世界だとは……いや、前世で出くわすことのなかった強姦の現場をここに来て何回も見てはいるから否定が出来ない。
もはや露骨な性奴隷や娼婦館を作る話なんかもあった。
更にコハルの発情期に何度も襲われたが互いの貞操を何とか守り抜いた。
ソマリが思い付いたように続ける。
「たぶん、ベノムさん的にはもっと自信持てってことなんじゃないかな。イット君そんなことは無いかもしれないけど、自信無さそうなオーラ出てるからさ」
「そ、そうか……」
「何ならウチが卒業させて上げようか?」
「止めろ! 本当にそういうの良いから!」
「えー! なんでよー!」
「お前はもっと自分の身体を大切にしろ!」
そう言うと、彼女は首を傾げる。
「うーん、たまにそういうこと言われたりするけどどういう意味? 一応ウチは病気にならないように体調管理はいつでもバッチリなんだけど? いつでも出来るよ!」
「言われるって、お前……」
たまに言われるということは、俺の性に関する価値観はそこまでズレてはいなさそうだ。寧ろ今ので確信して良いだろう。
やはり、彼女の貞操概念はおかしい。
しかし、何て言えば……
……
「イット君が童貞卒業してくれないと、ウチが何されるかわからないからさ。ひと思いに……ね? 今ここでも良いからさ」
「……」
「もー、イット君! ウチじゃ不満ってこと? ウチ、結構自身があるからショックなんだけどな……」
「そうじゃない……」
「じゃあ、何で?」
「そういうのは、愛し合っている者同士がするものだって……俺はそう思ってるからだ。俺とお前は愛し合ってはいない。それで理解出来ないか?」
うーん、と眉間にシワを寄せるソマリ。
しばらくして彼女は頷いた。
「わかったよ……人それぞれ価値観が違うからね。それにしてもイット君は愛を重んじるんだ。案外ロマンチスト!」
何だか俺が変な奴のように言われているのはシャクだが、何だか俺の性に対する倫理観を確かに自分自身が理解しきれていない。
俺が考えていると、彼女が手を上げる。
「ウチも、イット君に質問して良い?」
「え? ああ、別に」
「イット君って、巨乳が好きでしょ?」
「ブフッ!!」
何なんだよコイツは……
話を打ち切りたくなってきた。
「お前、そういう話ばっかりだな……」
「重要だよ。それでどうなの?」
「どうって……」
こんなこと話して意味があるのかわからないし、価値観が違うとはいえ女の子に自身の性癖を暴露するのには抵抗が有る。
しかし、ここで答えなければ恥ずかしさを悟られる。
前世の時、同じような状況に陥り答えなかったが故に「むっつり」という不名誉な称号が付きまとい、答えたら「変態」と持ち上げられるジレンマ。
更に普通サイズと言ったら「リアル過ぎてひくわ」という何をどう答えても悪い方向に進む悪魔の証明。
いや、冷静になれ。
こんな小娘におちょくられてどうするんだ俺。相手はソマリだ、何て思われようと構わないだろ。ナヨナヨするよりも、ここはなんかこう男としての威厳を出さなければ下に見られる気がする。
「俺は……どちらかと言えば、確かに大きい方が好きだ!」
「そっか、良かった! これならコハルちゃんに任せて大丈夫そうだね!」
「何をだ!?」
「何って、イット君が童貞を卒業してもらうってことだけど?」
「コハルとはそういう関係じゃない!」
「え? じゃあどういう関係なの?」
どういう関係……確かに改めて思うとどういう関係なのだろうな。
幼馴染み?
いや、ほぼ毎日一緒にいる家族レベルか?
「コハルは俺にとって兄妹みたいな存在だ。家族と同じ。そんな気持ちにはなれない」
「……? 家族でも兄妹でもそういう気持ちにならないの?」
……?
今何て言った?
俺の思考が追いつかないまま彼女は話す。
「ま、いいや。今すぐしなきゃいけないことでもないからね。そういう気分じゃないってことにしておこう!」
「……」
「それじゃあ、そろそろこの話は終わりにしておこうか。怪しまれちゃうかもしれないからね」
ということで話はここで打ち切ることとなった。
「また、聞きたいことがあったら遠慮無く聞いて」
ソマリは、そう言うと俺から離れていった。このパーティ内では友好的な一人だが、扱いづらい。
特に俺の今まで経験したことの内分野から攻めてくるから、凄く困るのである。
時間が過ぎ、夜になる。
草木と虫のさざめきの中、焚き火を囲みシャルが作ったシチューを皆で食べていると、唐突にロイスが立ち上がった。
「皆! 今日の夜の見張り役は、くじ引きで決めよう!」
皆が付箋のような紙を握りしめた彼に注目する。いつもは当番制で夜襲の対策で徹夜の見張りを立てることにしている。
当番制なのは一人一人の負担を軽減する為ローテーションを組んでいるからだ。
後皆が覚えやすい。だが、ここでいきなりのランダム性である。
「俺は別に良いが、急にどうしたんだ?」
「え、えーっと、いつも同じ事の繰り返しだからさ。ちょっとしたレクリエーションをって思って」
「……昨日の見張りはロイスとソマリだし、二人がくじを引いたら大変じゃないか?」
面白い提案だが、遊びで二人の体力を消耗させる訳にはいかない。
すると、ロイスはオーバーに言い返す。
「僕は大丈夫! 三日は寝なくてもいけるよ!」
「シャルはロイス様が心配です。ちゃんと休息を取って下さい」
即座に止めに入るのはシャルだった。
当然である。
そんな中、昨日の見張り役であるソマリが手を上げる。
「さすがにウチはパス。寝ないとキツい」
賢明な判断に文句を言う者はおらず、心配しつつも俺とコハルにルドはくじ引きに参加する。反対していたシャルも、ロイスに強く出られないのか渋々了承し参加。
各々は、彼の用意したくじを引いた。
「……あ」
皆が結果にシンと静まる。
当たったのは、元々今日が見張り当番だった俺とルドなのだ。
つまり、何も変わっていないのである。
「あ……あはは、全く同じになっちゃったね! もう一回やり直そうか!」
ロイスはくじを回収し直しやり直す。
「……」
くじの結果、何の盛り上がりもなく皆は静まり返る。
結果は、また俺とルドが当たった。
「凄いねこれ!? こんなに同じ人が当たるなんて奇跡じゃない!? イットにルドちゃん凄いよ!」
「ウチも凄いと思うよ。大天使様のお導きなんだろうね」
コハルとソマリはキャッキャと騒ぐが、それ以外の空気は重い。
ロイスは顔を赤くして叫ぶ。
「も、もう一回だ! もう一回やろう!」
「おい、ロイス。もう良いだろう」
「ダメだ! もう一回! もう一回!」
かたくなにロイスはくじを再開し始める。
何となくわかったが、たぶんロイスは俺とルドが一緒になることを避けたいのだと思う。今日の馬車での出来事を気にしているのだろう。
「別にワタクシは、このままで宜しくてよ」
ロイスの泣きの一回を遮り、落ち着いた声色で元々当番であるルドだった。
その反応にロイスは「え!?」と驚く。
「ル、ルド……ほら、君も疲れているだろうし……」
「別に、疲れていませんわ」
「で、でも……」
今度は、俺に目を向けてくるロイス。
俺は溜め息交じりに答える。
「俺も別にこのままで構わないよ。ここで皆の休むタイミングがズレて、体調を崩しても仕方がないしな」
確かにルドと二人きりになるのは正直嫌だ。だが、これもパーティーの為に仕方ないことで、個人的な気持ちで左右しちゃいけない所でもある。
それはルドもわかっている所だろう。
しばらくして、ロイスは不安そうな表情で頷いた。
「……わかった」
そう言うと、ルドが彼に向けて、
「その……ワタクシのことを気遣ってくださって……感謝しますわ」
「え!? いや、当然のことだよ。君とは長い付き合いだからね。もちろん心配はするさ」
そう言われたルドは、無愛想にそっぽを向くが、明らかに照れているのがわかる。
彼女もちゃんとこういう反応が出来るのだと、当たり前だが思ってしまった。無論、トキメキを覚えたり見直した訳ではない。
こうして、結局俺とルドが見張り役をやることとなった。
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