第89話 忘れていたよ
無事子供達とゴブリンに捕まっていた女性達を教会へ連れ帰ることが出来た。
「ああ……皆様、本当に助かりました。何とお礼を言ったら良いのか」
神父様達から心からのお礼を受け、一件落着となった。
捕らえられていた女性達は大天使の奇跡とやらで祝福を受け、ゴブリンの子を宿さない処置をされたそうだ。その内のソマリ以外の二人は一時教会で保護し、後から来る冒険者に回収してもらうこととなった。
後は教会の人達に任せよう。俺達が出来て辛いことを思い出させてもあれだしな。
無事帰ってきた子供達は怒られていたのが見えた。ついでに着替えてきたソマリもこっぴどい程に叱られているのを横目に見ていた。彼女は凄いがんばっていたと思うのだが、子供達を心配し神父達の静止を振り払って飛び出したのだ。
一応彼女の弁解を俺がして許して何とか許してもらえた。
「あれ? ソマリちゃん!?」
留守番をしていたコハルが、ソマリを見て驚いている。それにソマリは、笑顔を崩さず落ち着いた様子で、
「あ、コハルちゃん久しぶり。イット君が来たってことは一緒なんじゃないかなって思ってたよ」
「久しぶりだね! それより大丈夫だったの!? ゴブリンの巣にいったんでしょ!」
コハルはソマリのことを知っているらしい。ということは、この子は教会出身の子で俺達と同期だったことか。
教会に居た時の記憶を辿る。
……と言っても、俺自身子供同士で遊ばなかったからそもそもどんな奴が居たのか印象に残っていない。
楽しかったけれど寂しい幼少期だったなと今更また思ってしまう。
「……イット君」
考えている俺にソマリが話しかける。
「もしかしてだけど、覚えてない? ウチのこと」
「あ……いや……」
更にコハルが被せてくる。
「ええ!? ウソ! ソマリちゃんのこと覚えて無いの!?」
「……」
「そんなー! イット酷いよお! 私達が教会を出て行く時もお見送りしてくれたじゃん!」
見送り?
五年前の記憶を一生懸命辿っていく……
確かあの日コハルが皆から盛大に見送られ、好かれていない俺は取り残されている状況だったはず……
……いや、何か誰か一人に話しかけられた様な気が――
・「あの、イット君?」
◇「は、はい?」
・「気をつけてね。応援してるよ」
◇「あ、う……うん。ありがとう」
記憶の片隅にあった言葉が出てきた。
「……思い出した! 最後に話しかけてきたあの――」
「やっぱりウチのこと忘れてたんだね」
「あ、いやその……ごめん」
ソマリは溜息を吐き、コハルは「もー!」と軽く怒ってくる。
確かに忘れていたのは申し訳ないが、正直ソマリとの接点なんてあの時の出来事以外無いと思う。
「まあいいよ。ウチ等は会うの5年ぶりだしね。怒ってないから気にしないで」
「すまないソマリちゃん。美人になったから分からなかったよ」
適当な誤魔化しだが、ソマリの容姿が整っているのは確かだ。
シスターの帽子を被っているが、前世の俺の世界でよく居た黒色に癖っ毛の長い髪。色白で少し眠そうだがバランスの整った顔立ちをしている。
お世辞では無く本心だが、ソマリは俺の言葉に笑う。
「はいはい、ありがとう。それはそうと、改めて助けに来てくれてありがとうね」
「あ、ああ、俺だけが助けに行った訳じゃないから……他の俺等の仲間に伝えてくれ、それとこの依頼をしてきた神父様にも」
「もちろん言うよ。今回の件は皆に感謝してる。ああ、大天使サナエル様、幸運なる祝福に感謝致します」
と、祈りを捧げるソマリであった。
こうしてゴブリンの依頼は完結した。
神父様からお礼として、当初の目的だった聖水を無料でもらい、生理痛でグロッキーだったルドは大天使の奇跡というやつで直接痛みを止めてくれることとなった。
祝いとは行かないものの子供達と共に賑やかな食卓をさせてもらう。
子供達の間では、ゴブリンを目の前で倒したロイスやシャルの話題で持ちきり、彼等の周りに子供が囲んでいたのである。
賑やかな晩餐も終わり、教会に泊めさせてもらうことになった俺達は、有り難いことに各々部屋を用意してもらった。
この世界に来て個人の空間がなかった俺としては凄く有り難く、落ち着ける。
良く俺の空間に突入してくるコハルは、久々の教会に知り合いが多く、今晩はその人達と話に行くと言っていた。窓から見える月を眺め、虫の鳴き声を聞く。
何かいろいろ疲れたな。
冒険者として初めて困っている人の任務を受け生死をかけた戦いを行った疲労感がのしかかる。
……冒険者の話で聞いていた依頼難度の低いゴブリンを殲滅することがこんなに緊張し考えて行動するものなのだと改めて実感した。俺やロイスはあの大天使サナエルから推薦され戦闘力においては他の冒険者より長けているが、そうではない冒険者達であったら今回の依頼はどうだったのだろう。
ベテラン冒険者ならきっと今回の俺達よりももっと安全で確実な判断を選べたのかもしれない。
もし俺達みたいな新人冒険者で実力がなかったっとしたら……子供達やソマリの命、今回捕まっていた女性達ももっと危険な状況になったのかもしれない。
今後もっと連携を取ることが求められるかもしれない。
「……」
連携……
ふと、ルドとシャルが俺を睨む表情が脳裏を過った。
あの小娘達を何とかしないとな。
まず俺の言うことは聞かないだろう。なら、ロイスから指示をしないとこのチームは成り立たないだろうな。
どうしたものか……
「俺が今このチームに貢献出来ること……」
正直戦闘に置いては俺が居なくてもどうにでもなることが今回の依頼でわかった。
だが、どうやって依頼をこなすかの話し合いは基本的に俺とロイスで決めていた。
今後もそんな形になるだろうということが想像出来る。
そして、より難しい問題を俺達二人で判断することになるのだろうな……
「……少し、ロイスと話し合うか」
寝る前にロイスと今後のことを相談しておこうと思う。
今回の反省などもあるが、正直まだ冒険者としてチームを組みまだ日は浅い。
ロイスの考え方も100%分かっている訳では無いし価値観の違いで判断出来なくなる状態を避ける必要があるだろう。
思い至った俺は自分の部屋を離れ、ロイスの居る部屋へ向かうことにした。
廊下を歩き、ロイスの部屋へ向かった。
寝ている場合も考えられる時間帯だったので、もし就寝していたら明日でも良いかもしれないが、教会を出発する準備が忙しくなるだろうから出来れば今日中にまとめておきたい。そんなことを考えながら彼の部屋の前に来た時だった。
「――ッ!?」
「――」
部屋の中から二人の声が聞こえた。
一人はロイスであることは分かるが、もう一人は女の子に思える?
誰かが先に訪れていたようだ。
どうする……やはり明日にまわそうか。
少し悩むが、一応様子だけ確認して明日話し合いたいことを伝えるだけ伝えよう。
そう思い俺はドアを開ける。
「すまないロイス、ちょっと話が――」
話しかけながら中へ入ろうとするが言葉を失う。部屋の中にロイスとソマリがベッドの上に裸で重なり合っていた。
横になるロイスの上にソマリが跨がり明らかに事が起きている情景に俺の心と身体は固まってしまう。ロイスと目が合うと「こ、これは、その……」と顔を赤くして言葉になっていなかった。
それを遮るように、ソマリが彼の上から降り裸体のままこちらへ向かってくる。
先程のゴブリンの巣で彼女のあられもない姿は見ていたが、緊張感の無いところでスレンダーながらバランスの良い肉付きの彼女の姿に目が離せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます