第90話 性への目覚めよ

「イット君、ちょっと取り込み中だからまた明日じゃダメかな?」


 動揺も何もない平常な振る舞いでソマリが俺の目の前で話しかける。

 背の低い彼女からの上目遣い、そして首から下の色白の素肌。

 目のやり場に困るが聞くしか無い。


「い、いや、それよりお前等何をやってるんだよ!」

「何って……ロイス君に今日のお礼をしてるんだよ」

「お、お礼って……お前」

「うーん、もしあれだったらイット君も混ざる?」

「はぁ!?」


 思わぬ申し出に俺は動揺が隠せなかった。

 混ざってやるって俺がそういうことをか?

 ……

 落ち着け俺!

 こんな所でしている場合ではないだろ。


「いや、俺はしない!」

「そう? いいの?」

「あ、当たり前だ! というか何でお前こんなことをしてるんだ!」

「え? こんなこと?」

「その……それだよそれ!」


 俺は彼女の身体を指さす。

 彼女は自分の姿を指されていることに気づき「ああ、なるほど」と頷いて見せた。


「何でって気持ちいいからしているんだけど、こっちにもロイス君に用事があるんだ」

「……用事?」


 聞くとソマリが小声で耳打ちしてくる。


「スカウトギルドのお仕事だから」

「え……」


 そのまま彼女はドアノブに手を掛ける。


「だから、今は忙しいからお願いね」

「お前……スカウト――」


 俺が言い切る前にソマリは唇に人差し指も当てる。


「このことは内緒だよイット君。バレたらウチと一緒に消されるかもしれないからね。ベノムさん全然優しくないからさ」

「……」

「じゃあね。おやすみイット君」


 俺は閉め出され、予想外の出来事にただただ呆然とするしかなかった。






 仕方なく俺は自室に戻り朝を迎える。

 衝撃が強くて、眠れなかった。

 朝食の為教会内の食堂へと向かう。



・「スカウトギルドのお仕事だから」



 昨日のソマリの言葉。

 つまり彼女はベノムが言っていたスカウトギルドからの密偵ってことか。数日前にベノムが言っていたことを思い出す。

 俺とロイスを見張る為の監視役を用意すると言っていたが、まさかあの子だったとはな。しかし、教会に寄らなければこの事件にはまきこまれなかった。

 ソマリと合流することはない。

 ……まさか、月経沈静薬ピルがなかったのは意図的だったのか?



・「うーん、もしあれだったらイット君も混ざる?」



 ……!?

 不意に脳裏へとソマリの身体が再生される。ダメだ……最近忙しかったからか、そういうことに対して意識が向いてしまう。

 コハルの過激な身体で見慣れたと思っていたが、素肌に対してこんなにも意識するとは思っていなかった。

 特に気を抜いた時にはそういったことを想像してしまう。

 心は結局前世のままだが、これは身体が若いからなのだろうか?

 それともストレスなのか……


「おはよう! イット!」


 突然コハルの声が後ろから聞こえたと思ったのと同時に、彼女がいつもの如くじゃれついてくる。

 よりにもよって今日は後ろから俺の背中に抱きついてきた。背中を包もうとするのじゃないかという胸の圧力が一気に押し寄せる。


「うわあぁ!?」


 俺は叫びながら振り払ってしまう。

 いつもと違う反応にコハルも驚いている。


「ど、どうしたのイット?」

「い、いや大丈夫だ! お、おはよう!」

「……何かイット顔赤いよ? どこか体調悪いの?」

「か、顔?」


 言われて頬を触って見る。

 ……確かに熱い。

 風邪……じゃないだろうな。ヤバイ、これは……俺は女性を意識している!

 コハルの年齢の割に不釣り合いな大きさの胸が視界から外せない。


「だ、大丈夫だ! 少し疲れてだけだと思うから!」

「イット疲れてるの!? 大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ! な、何でもないから気にするな」


 ダメだ。コハルの顔もまともに見られないから態度でバレるかもしれないがそっぽを向くしか無かった。

 だが、年頃になって頭も察しも良くなって小娘感の増したコハルにこの行動は見せたくなかったのだが……


「……はは~ん」


 案の定察したように彼女はニヤニヤと近づいてくる。


「イット、発情してるの?」

「は、発情って……」

「何かイットからオスの匂いがするよ~? もしかして私にドキドキしちゃったのかな~なんちゃって!」


 腕に絡みつき胸を押しつけ吐息が掛かる程彼女の顔が近づく。


「や、止めろ!? そういうことはだな!」

「アハハ! イット照れてる照れてる!」


 いつもの悪ふざけなのに、何かが違う……ような気がする。

 頭で拒否しようとしても、コハルにひっつかれて嬉しいと思っている。

 この世界に来て前世より刺激が強い出来事ばかりで感覚が麻痺していたが、これは……前世でもほど遠かった女の子と、そういうことをするタイミングが来ているということでは! モテ期が前世でも今世でも来ないで全てを諦めて俺が、精神年齢がほぼ50代に到達してしまったにも関わらず性への欲求が復活したということなのか!?


「あのー……イット君にコハルちゃんおはよう。朝から仲が良いね」

「ろ、ロイス!?」


 コハルに絡まれていたら、あろうことか気まずいロイスと鉢合わせてしまった。

 俺がアワアワしていると、コハルは元気よく挨拶を仕返していた。


「おっはよう! フフフーン、イットがねぇ~私に発情してるんだってさ!」

「は、はは、発情!?」


 昨日の出来事もあってか、ロイスは尋常じゃない狼狽え見せる。

 俺は真っ向から否定する。


「発情してない! 誤解を与えることを言うなコハル!」

「えー、絶対イット発情してるよ! だってここら辺からオスの匂いしてるよ!」


 一応自分の服の匂いを嗅いでみるが自分の匂いだからよく分からない。

 落ち着いた所で、ロイスが聞いてくる。


「え、えっとイット君……昨日言ってたあの……話したいことって」


 昨日のことに触れたくなさそうなだが、真面目に聞いてきてくれた。


「ああ……まあ、昨日のゴブリンの件でちょっと反省なんかを話したいと」

「反省?」

「そ、そうだ、今回は上手くいったけど本当にあの時の判断が良かったのかって思い直したんだよ」


 昨日考えていたことを簡単にロイスに伝える。先ほどまで顔を赤くしていたロイスも真面目な話になるときちんと聞いて「なるほど」と頷いた。


「そうか。凄く大事な話だったのに昨日はゴメン……」

「いや、別に良いんだ。後で話せると良いと思うんだが」

「……そうだね。実は僕からも皆に話したいことがあるんだ。朝食がおわってから皆を集めて話そうと思う」

「皆を集めて話すって、何か重要なことなのか?」

「うん、一人では決められないからね。その後にでもゴブリン事件の話をしよう。それでも良いかな?」


 と言うことで、俺達は食堂に向かう。

 昨日、ソマリとの間に何があったのかはまだ聞ける雰囲気では無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る