第88話 ソマリよ

「……」


 俺はどういう状況なのか思考が追いつかない。何だ? 何か楽しそうに見えるぞ。

 あのゴブリン達の真ん中で輪姦される少女が、たぶん例の見習いシスターのソマリだと思われる。

 まわされているにも関わらず甘い声を漏らしている彼女、それにゴブリン達も喜ぶ様子で少女の身体にかぶり付いていた。


「……攻撃して……良いんだよな?」


 異様な雰囲気に飲まれそうだが、倒れ犯されている女性達がいる以上、間違いなく危険な状況なのだろう。

 仮に、あの少女がソマリではない婬魔だったとしても、シスターの姿をしているのは彼女しかいない。

 もしや、ソマリはあまりの恐怖で気が狂ってしまったのでは……

 いや、ソマリは元々ゴブリンの仲間だった説も……


「……ダメだ、分からん」


 疑っていてもしょうがない。

 どんな状況だとしても襲われている者を助けない理由はない。

 ロイスが来るの待つことも許される状況ではない。迷ったが、ゴブリンは話せる相手ではない。

 先手を取るべきだ。

 息を整え魔法元素キューブを掲げ前に出る。


「君! 地面に伏せろ!」


 空洞に俺の声が木霊する。

 正気があるのか分からないが、ソマリと思われる少女に向けて指示をした。


「……!」


 すると、彼女はすぐに気が付き抱きついていたゴブリンを振り払い倒れ込む。

 愛し合っていた彼女のいきなりの拒絶や、俺の存在に不意を打たれたゴブリン達は明らかに混乱していることがわかる。遠慮無く俺は奴らに向けて魔法を撃ち放つ。


氷網アイス・ネット!」


 一応、彼女とゴブリンの関係性が分からない為、敵を捕らえるだけの殺傷能力が低い魔法を拡散させる。

 水平方向に放たれた冷気の弾が広がり、立ちんぼのゴブリン達を巻き込みながら壁に激突した。氷の粉が舞う中、壁に氷の塊がゴブリンごとガムのように張り付き拘束に成功する。だが、運良く生き延びた輩が素手で襲い掛かってきた。

 俺は冷静に改めて魔法元素キューブを投げつける。もう1匹を捕縛できるが、分際しているゴブリン全てを捕らえることは出来なかった。

 迷わず腰に差していた遠距離魔法用のスタッフを取り出し俺は前に掲げた。


雷付加サンダー・エンチャント!」


 昔ロイスが使った魔法を手に持った棒が青い稲妻を帯びる。

 迷うこと無く飛びかかってきたゴブリンが俺の武器を掴んでしまう。


「ぐぎゃああああああ!?」


 絶叫と共にゴブリンは感電し、痙攣しながら地面へ転げ倒れる。


「やっぱり武器は持ってて良かったな」


 そう、スタッフの使い道として近接武器として使えることだ。まあ、魔法を使わない時は棍棒と同じだと俺は思っている。ガンテツさんの所で働いていた頃に来ていた魔法使いのお客さんに聞いた話だが、冒険者達の間でと言われる戦法で、状況に合わせて戦い方を変える方式だ。

 付加魔法使いエンチャンターの戦い方で自身に武術の心得があれば自身を強化して戦う猛者がいたらしい。

 流石に格闘や剣術を覚えられる程俺に才能はないが、コハルとの特訓で一般人より動けるようになったのだ。

 俺は付加魔法エンチャントの掛かったスタッフを残りのゴブリンに向ける。

 さすがに警戒したゴブリン達は後退りして様子を窺う様子だった。

 不意打ちによって1対複数となり、更に人質付きの状況を半壊させ硬直状態へ追い込んだ。これでロイスがくれば間違いなく制圧出来る。

 後は耐えればいいだけだ。

 俺は気を引き締め牽制している時だった。


「奥にゴブリンの魔法使いがいるよ!」


 倒れているソマリと思われる少女が叫ぶ。

 視界の先に見覚えのある光があった。

 俺は咄嗟にその場から飛び退く。

 その時、後ろに隠れていたであろう他より艶やかな装飾を付けたゴブリンの片手に魔法元素キューブが浮いていた。


「ゴブリンシャーマンか!」


 下級の魔物と言われるゴブリンの中にも魔法適正を持つ個体も存在する。

 そいつはゴブリンの中でも特別視されるゴブリンシャーマンとなるそうだ。

 まさにその特例が目の前で起こってしまった。シャーマンが構えている魔法は殺傷力の高い炎の魔法、当たれば一溜まりも無い。

 ほぼ間近からの魔法範囲は全力で避けるしかない。 


炎弾ファイアー・ブラスト!!』


 しゃがれた声でシャーマンから魔法が放たれた。

 俺がその場から横へ飛び退いたその刹那、炎の塊が地面へぶつかり爆発する。

 熱が空間に広がり爆風で土と埃が舞う。

 難を逃れるが、バランスを崩し転げながら何とかしゃがみ込む姿勢に戻す。

 しかし……


「クソ!」


 その隙を見逃すことなく、武器を持ったゴブリン達が襲い掛かる。

 絶体絶命か……だが、時間は稼げた。

 そろそろ彼が来てくれるはず。


「待たせたイット君!」


 ロイスの声が洞窟に響いた。

 瞬間、襲い掛かってきたゴブリンの身体に閃光が走り乱雑に切断される。

 何が起こったのか理解できないであろうままゴブリン達の断末魔も響いた。


「ありがとうロイス!」

「まったく……君も無茶をするよね」

「わるい。女の人達を見過ごせなかった」


 俺の言葉にロイスは、裸の女性達に目を向ける。

 酷い惨状を見た彼は目を細め、普段穏やかな彼と思えない鋭い横顔を見せた。

 ゴブリンの死骸が辺りに散らばる中、1体だけとなった生き残りを俺は示した。


「気をつけろ、あそこにゴブリンシャーマンがいる」


 すると、シャーマンは危険を感じたのか洞窟の奥へ逃げようとする。


「逃がさない!」


 残像が出来る程の早さで移動したロイスは一瞬で間合いを詰める。

 一瞬にしてシャーマンの背後にまわり心臓を貫いた。


『グギィギ……』


 血が滲み出ながらゴブリンシャーマンは倒れ伏した。





 拘束したゴブリンも話は通じなかった為始末することにした。

 襲われていた女性達を介抱する。

 ずっと横になっていた女性二人は、命に別状は無さそうだったが一人はぼーっと虚空を見て放心状態だった。もう一人は泣きじゃくり助けに来たことを伝えても聞こえているのかは分からない。


「二人はウチが来る前からゴブリン達に捕まってた旅行者みたいだよ。たぶん妊娠もしてると思うから早く教会に連れて行かなきゃ」


 ウチと自分を示した見習いシスターは、先程まで乱交していたとは思えないテキパキさで女性達の様態を見始める。

 その様子に見たロイスは唖然としながら俺と目が合うが、俺も何でこんなに彼女が元気なのかは分からない。


「えっと……君がソマリちゃんかな?」


 恐る恐るロイスが訪ねると彼女は微笑む。


「そう、ウチはソマリ。君達はもしかして神父様がネバの街に依頼を投げて、来てくれた冒険者様達なんだね?」

「あ、いや、僕達はただの通りすがりみたいなものだ。名前はロイス。そしてこちらはイット。僕の仲間だ。そんなことより君は大丈夫なのか?」


 ソマリの様態を気にするロイス。

 それに「ああ……」と思い出したみたいで、顔に着いた粘液を拭う。


「もう、凄いショックだったよ……」

「そ、そうだよね……ごめん、嫌なことを聞いてしまって……」

「修道服が破かれちゃったから神父様に怒られちゃうな……ゴブリンが出したやつも染みが付いてるし……」

「……うん?」

「でも、気持ちよかったから良いかって感じ。大勢にされる何て中々ない体験が出来て人生の勉強になったよ」


 ほんわか笑顔で答えるソマリ。

 ロイスは俺の肩を叩き耳打ちする。


「彼女はいったいどうしたんだ? もしかして正気じゃないの?」

「俺もわからん。ここに来てゴブリン達に犯されてる時からこの子は変だったぞ」


 男二人で狼狽えていると、ソマリから質問が来る。


「そうだ。教会の子達は大丈夫かな? ゴブリンから逃がしたんだけど無事だといいのだけれど……」

「ああ、それなら大丈夫。全員無事だよ」


 その言葉に「良かった」と胸をなで下ろすソマリ。

 落ち着いた所で、ロイスが指示をする。


「とにかく教会に戻ろう。イット君はそこの泣いている人をお願い。もし良ければソマリさんも手伝ってくれればありがたい。僕は気を失っている方を担ぐよ」

「ああ、わかった」


 とにかくここから出た方が良いな。

 指示の通り、ロイスは気を失っている女性に軽く布を身体に巻き、背負い外へと向かった。俺はもう一人の女性に外へ出ようと促すが、癇癪をお越し何故か歩こうとしてくれず苦戦する。

 その様子を見たソマリは、女性の手を優しく握る。


「貴方はよく耐え抜きました。ここは寒いですから一緒に行きましょう。きっと、教会で温かいスープを出してくれますよ」


 優しい口調で女性を説得すると、涙を拭きながら立ち上がってくれた。

 ここは彼女に任せた方が良いだろうと思っていると、ソマリは俺の方を向く。


「イット君、久しぶりだね」

「……え?」


 唐突な言葉に俺は硬直する。

 その様子に知ってか知らずか、彼女が笑みを浮かべる。


「助けにきてくれてありがとうね」


 そう言うと、彼女は泣く女性を連れて外へと向かった。

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