第79話 月夜の杯よ

 範囲内ってなんだ?

 それにしても優しいベノムに、正直気味の悪さを感じてしまう。


「もしかして……何か企んでいるのか?」

「私が企むって? 失礼だね。人聞きの悪いことを言う物じゃないよ」

「いやそれは嘘だ。俺の知ってるベノムは何も言わずに見送ってくれたりなんかしない」


 この5年間、俺はガンテツさんの元で働きながら、突然来るベノムからの依頼を半強制的かつ密かにこなしていた。

 だいたい休日か真夜中に呼び出され派遣される。

 国内外で一騒動あった魔物の駆除から始まり、国に潜むスカウトギルドと敵対するカルト組織の斥候、謎の薬を運ばされる運送の護衛、貴族の汚職調査、子供の世話、掃除、洗濯、etc.etc……

 非常に濃密な日々で、良く生きていたなと自分と、そして一緒に同行していたコハルを褒めたくなってくる。

 俺の言葉に、ベノムはクックックと怪しい笑みを浮かべた。


「君も成長したねイット。言わなくてもわかるようになってくれてお姉さんは嬉しいよ」

「やっぱり……」

「単純な話よ、ロイス率いるパーティーにスカウトギルドの密偵を潜り込ませるのさ」

「密偵? もしかして、俺やコハルにまたそんなことをさせるのか? 何のために?」


 俺の質問にベノムはまた笑った。


「君達じゃないよ。でも、誰かは言わないけどね。目的は単純さ、二人も勇者が居る状況の動向を探るため」

「動向……本当にそれだけなのか?」

「そうだね……それだけ」


 絶対それだけではないはずだが、そう思う根拠が見当たらない。

 無理矢理探そうとするなら、根本の問題になる。


「……なあ、ベノム」

「なんだい?」

「アンタ達、スカウトギルドの目的って何なんだ?」

「……」

「何だかんだ、世話になってたから深入りしないつもりでいたけど、殺そうとしたり、かと思えば面倒をみてくれたりで目的が分からない」

「……なるほどね」


 今度こそ本当は殺されるのかと内心冷や汗が垂れたが、ベノムは俺から視線を外しゆっくり答え始める。


スカウトギルド   私ら   の動力源は簡単さ。転生者の抹殺だよ」

「……」


 直球の答えに俺は言葉を失った。


「元々、初代魔王の被害者が集まって出来たのが切っ掛けさ」

「……え?」

「驚いただろ? そして、魔王討伐を掲げ勇者を支援してきた。その戦いの中で多く同士を失いながらも、新しい仲間を各国に増やした。それが今のスカウトギルドさ」

「そんなに昔から勇者と魔王に貴方達は関わっていたのか」


 話を聞いている限りでは、今までの印象とまるで違う。まるで、世界を守ろうとする正義の秘密組織だ。

 そんな好意を初めて抱いたのも束の間、ベノムが遠い目で呟く。


「でもね……魔王の被害者であるということは、勇者を恨んでいるのと同義なんだよ」

「……」


 歴代の勇者はやがて魔王になる。

 そして魔王の傲慢で世界を歪め、関係ない人達を巻き込んでいく。その連鎖が止まること無く今に至っている。

 俺も……いずれはそうなるのか?

 誰かを傷つけるのか?

 俺が黙っていると、ベノム不意に笑みを浮かべた。


「まあ、そんな顔をしなさんな。私達も学習してきたんだ。そして、結論を出し大きな二つのことを目的として世界を守ると掲げているのさ」

「二つの目的?」

「ここからは君にも秘密……と言いたい所だが、簡単に教えておいた方が君は制御しやすいかもしれないね」


 何を言いたいのか分からないが、とにかくベノムは教えてくれた。


「まずは、勇者の先導だ。順当に君達を魔王の元へ導き、世界を救ってもらうことが第一優先としている。そして、もう一つは勇者の制御」

「制御?」

「ああそうさ、君達勇者が余計なことをして、世界のルールを変えさせない為のね。イット、君も今この国の認識を一つ変えようとしているだろ?」


 そんな大それたことはしていない……と思ったが、確かに一つある。


「ガンテツ屋のポイントカードのことか」

「そう、元々ゴールドは軽いが多いと流石にかさばるという問題があった。それが、あのカードで一個人が管理出来るとしたら間違いなく便利だ。経済の流れも影響が出てくるよ。たぶんね」


 そうだ。

 俺もこの世界の技術革新の切っ掛けを作ってしまった。これが現実世界の知識を使った影響らしい。


「まあ、今回は私達スカウトギルドが君の知識を利用させてもらった制御という形さ、内部では賛否があったけどね」

「……つまり、俺達勇者で金儲けをしたいってことか?」

「それは一つの手段。金が無いと出来ないこともあるからね」


 溜め息を吐きながら、ベノムは俺を見る。


「制御の大本は、勇者に情報を与えすぎないこと。これが一番の理由だね」

「……なんで?」

「それは教えられないなー」

「……与えられない情報ってことか」

「いいや、違うよ」


 グラスに入った酒を飲み干し、ニンマリとベノムは笑みを浮かべた。


「教えなきゃ気になるだろう? 聞きたきゃ私を屈服させるか、私の言うことを聞いて媚びを売らなきゃならなくなる。そうやって制御するやり方もあるのさ」


 ベノムに勝てない以上その情報は手に入らないということか。


「まるで、ベノムがRPGのラスボスみたいだな」

「ラスボス?」

「あー……いや、何でも無い。気にしないでくれ。そうだ、ボスと言えば、ベノムってスカウトギルドでは どういう立場なんだ? もしかしてベノムはスカウトギルドの……」


 話を無理矢理反らすが、少し大胆すぎる質問だったかもしれないと、途中で切る。

 だが、以外にもベノムは普通に答えた。


「私かい? まあ、一時スカウトギルドのトップを務めていた時もあったけど、めんどくさいから譲ったよ」

「……凄いじゃ無いか!」

「いいや、そうでもないさ。私はただの初代魔王からいる古株。組織が大きくなってからいろいろチグハグな所もあってね。元々が戦闘訓練を受けていない一般人や引退冒険者達の集まりだから統率も難しくて得意な奴に代わってもらっただけさ」


 適材適所というやつか。

 ベノムらしい様に思える。

 ……ん?

 いや、ちょっと待て……


「ベノム、今からの古株って言ったよな」

「そうだけど?」

「初代魔王の話は1000年前ぐらいの話だぞ……アンタいったい――」


 そこまで言うと、切り裂くようなが彼女から送られた。


「それは教えられない情報だな」


 微笑むベノムだが目は笑っていない。

 殺気に圧倒され硬直する俺に、彼女は持っていたグラスを向けてくる。


「とにかく、明日からの旅路は気をつけな。かんぱーい」

「か、かんぱい……」


 俺達は静かにだが、月夜の下で互いのグラスを鳴らした。

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