第78話 夜の晩餐よ

 時間が経ち、ネバの国王へも挨拶に行く。

 さすがに緊張したが、何やら難しい説明をされる。要約すると「ああ、伝説の勇者達よ。闇に包まれしこの世界をどうか救い出してくれぬか」みたいなことを長々と話され、途中で寝そうになりつつも儀礼を終えた。

 化粧室を連れて行かれる。用意された衣装をまとい、会場へと導かれた。


 俺達以外ほとんどこの国の貴族だそうだ。 グラスを片手に談話している貴婦人達や、大きな楽器で奏でるタキシードの様な姿の演奏者を見ると本当におとぎ話みたいな光景だった。これが俗に言う社交界というものか。


「イットー!」


 こんな場でも、いつもと変わらない元気な声が後ろから聞こえる。

 振り向くと、耳に装飾とドレスを着ておめかししたコハル。そして、お盆を抱えたシャルがいた。


「おう、コハル。いつもより随分可愛くなったな」

「もう、いつも可愛いでしょ! でも、ありがとう! ドレスを着るのシャルちゃんに手伝ってもらったんだ!」


 彼女がそう言うと、横に居たシャルが軽い会釈をする。


「お手伝いさせて頂きました。シャルの経験した中でコハル様が、もっとも苦戦は致しました」


 そう言うと、シャルは一瞬コハルのはち切れそうな物を何とか押さえ込んでギリギリ上品に見せようとしている胸元に目をやった。 大きいのも考えものだな……


「それではイット様にコハル様、今宵の勇者際をお楽しみ下さいませ」


 シャルは頭を下げ、給仕へ向かった。





 パーティー会場は豪華で料理も美味しかった。ただ、周りの貴族からはあまり歓迎されていないらしく、まだ年齢の浅く明らかに貴族の風格の無い俺や、人族では耳を生やしたコハルに対して陰でコソコソと何か話しているのをチラホラ見かけた。

 コハルはというと、あれだけ人の目を気にしていたのに周りの目を気にせず目の前の料理に夢中だった。俺の方が気をつかったよ。

 しばらくして、ロイスとルドが会場に現れる。会場の貴族達は一気に彼等を取り囲み始め、俺達が挨拶するのは最後になった。




 時間が進み、次第に優雅なダンスパーティーへと変わっていく。

 男が女の腰に手をやり、互いに手を取り、楽器達の奏でる音楽に合わせてステップを踏んでいた。


「イット! 私達もあれやろうよ! 誰でも参加出来るってよ!」

「ええ……俺はいいよ……」


 俺は拒否したが、コハルの握力には勝てず強制参加を強いられる。

 思いのほか楽しかったが、人の目の前で踊る恥ずかしさに耐えられずロイスと交代してもらった。

 ロイスがコハルにダンスを教える姿が気にくわなかったのか、ルドが彼等に突っかかっていくのを俺は傍目から見ていた。




 会場から出た吹き抜けテラスで俺は休憩する。夜風に当たりながら、明日にはこの馴れ親しんだシバ・ネバカア王国を離れなければならない。

 俺が勇者である以上、それは定めなのだ。


「はぁ……」


 夜風に当たりながら月を見つめる。

 はたして自分が上手く出来るのか。

 どうしても自信というか……何かこう……本心では乗り気になれないというか。



「溜め息なんてどうしたんだい? 陰の薄い勇者さん」



 突然軽い口調で声を掛けられ、驚いて振り向く。そこには、ドレスや綺麗な宝石で着飾ったエルフがグラスを持って優雅に近づいてきた。俺はどんなに綺麗な化粧をして美人にしたとしても、このエルフに見覚えしかなかった。


「ベノム!? こんな所にまで」

「今はシンシアさ。ここでベノムって声に出して言わないでくれるかな?」

「ゴメン……でもキャシーとかシンシアとか、覚えられないからベノムで統一させてくれよ。小声にするからさ」


 そう言うとベノムは笑う。


「それは言えてる! わかった許可しよう」

「まったく……それで、ここに招待された訳じゃないよな?」

「仕事のついでと言っておこう。旅の門出を祝そうと思ってね。勧誘状をもらったのに恩人への報告はないのかい? ってね」


 確かにベノムへ伝えることを後回しにしてしまったが、それも今日決まった話でそんな暇はなかった。

 その峰を話したら「だろうね」とわかっていたように頷いた。

 わかっていたなら、何故聞いたのか?


「とりあえず、これから私の管轄から離れることになるけど、まあ死なない程度に頑張ってきな」

「え……」


 思いのほか軽い返答で、拍子抜けだった。


「なんだい? もっと行かないで! みたいに止めてほしいのかい?」

「あ、ああ……もっとこう……何か言われるものかと……最悪殺されるかと」


 そう言うとベノムは笑った。


「大丈夫だよ。まだ私の範囲内で動いているから殺しはしないさ。とりあえず、目先の課題である魔王を倒しておいで」

「……」

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