第74話 シャル・トリューよ
俺達は招待状の記された通り、ロイスの住まうフリュート家の屋敷へ久しぶりに訪れた。相変わらず豪勢ながら重々しい雰囲気を出す館内を俺等と一人の同い年ぐらいの若いメイドさんに誘導されていく。
フリュート家は巷で、国王直属の騎士家系「剣の一族」とも言われている最も有名な貴族である。
何百年もの間、この王都ネバの軍力の中枢を担う存在であり、魔王軍の撃退、また歴代勇者達と共に戦ってきた歴史が残されているそうだ。
調べたことを並べ続けると切りが無いが、地位も名誉も財産も何もかもを持ち合わせ、それでいて世界を救う転生者、つまり勇者も産まれたのだからさぞ主は鼻が高いだろう。
ロイスも俺より秀でた才能を持ち合わせながら、ここに産まれた。
俺の今まで経緯を考えたら、どれだけ無心になろうとしても浮き上がる不公平さを感じずにはいられない。
「……はぁ」
思わず溜め息が漏れてしまった。
いかんいかん、自身の出自を恨んだってどうしようもない。
生まれは違えど、その人生をどう歩むかは自分次第だ。
こうしてがむしゃらに生きて、今こうして俺が居るのだ。
そう考えると、何だか不思議な気分になる。生前の俺は、ここまで頑張って生きただろうか。
身体を動かし、魔法学みたいな何かに打ち込んでいただろうか。
自分の知識や力で、困難に立ち向かっただろうか。
いや、ないな。
絶対ない。
俺は間違いなく、昔の俺とは違う。
もっと胸を張れよ、俺。
「イットー私の耳さ、やっぱり隠した方が良いかな? 一応公共の場だし……」
思い老けっている俺に、ふわっとそんなことを聞いてくるコハル。
お陰で気が抜けた俺は、彼女の尖った耳を見た。
「とりあえず今は良いんじゃないか? ロイスも俺達の事情は分かってるだろうし。隠せって言われたら隠せば良い」
公共……何て言葉がコハルから出てくるようになって成長したなと感じる。
魔物である自覚と配慮をしているのだなと親心みたいなものが俺の中に芽生えた。
しかし隠せるものなら、クサビで隠れたが存在感がまだある胸を何とか出来ないものだろうかと個人的に思う。
「……」
ふと視線を感じ、前を見る。
俺達を先導していた前を歩く若いメイドが俺達を見ていた。
彼女は金髪に白色の白い肌、青い目で人形の様な可愛らしい子だった。
使用人というより、よく見れば見るほど何処かの貴族なのではないかと思えるほど、容姿端麗なことに気付く。
「……」
「えーっと……すみません。思わず騒いでしまって」
「……いいえ、そういうわけではございませんが」
見た目通り落ち着いた声色のメイドさん。
それでも、何か言いたげなのか俺達を見比べてくる。
俺達も不可解に思っていたが、ふとコハルが思い出したように――
「ねぇイット。何かこの子、どこかで見覚えない?」
「え? この子を?」
「うん、何か何処かで凄い出会い方をした気がするんだよね。どこだったっけ?」
「……」
メイドのその子もこちらをしっかり振り向き、三人はその場で立ち尽くし静止する。
知り合いではないのは確かだが、言われてみれば何処かで見覚えが……
・「止めて……助け……」
・「へへへ、奴隷の分際で命令してんじゃねぇぞ!」
……思い出した!
「君は、裏路地で会ったあの……!?」
「……はい、そうです。あの時貴方達に見つけられたシャル・トリューと申します。気軽にシャルとお呼び下さいませ」
メイド改めシャルは、無表情で頭を下げる。俺は驚きで、配慮も出来ずに声を出してしまった。
あの思い出したくも無い記憶がよぎる。
まさか、こんな綺麗で可愛い子が、あのならず者冒険者達に捕まっていた奴隷だったいうのか。
信じることが出来ず唖然とする俺を差し置いてコハルがはしゃぐ。
「本当に!? 凄い凄い! あの時路地で捕まってた子なの!?」
「お、おい、コハル!」
「あ……ご、ごめん」
「いいです。確かに思い出したくはありませんが、事実なので致し方ありません。それに貴方達が悪いわけではありませんし、このシャルを救う切っ掛けを与えたのだとロイス様もおっしゃっておりました。五年越しになってしまいましたが、ありがとうございます」
一つ静かだが綺麗に深く頭を下げた。
ああ……俺達もあの時返り討ちに遭い、ロイスの援軍が来なければどうなっていたことか……
正直お礼を言われるほどの活躍は出来ていない。
コハルがシャルを見る。
「シャルちゃん元気になったし綺麗になったね! 良かったよ!」
「ええ、お陰様で。救出された後、身寄りの無かったシャルをこうしてロイス様が雇ってくれたのです」
シャルの話をまとめると、どうやら彼女の故郷はロイス達の調べで、すでに焼かれ跡形もなくなっているとわかったそうだ。
その後いろいろあったみたいだが正式な手続きを行い、昔俺達が居たガブリエル教会へ何事もなく保護されることとなった。だがしかし、彼女はロイスの元で働きたいと志願したそうだ。
「命を救って頂き、衣食住、それに故郷の捜索……身寄りも無いワタシの為ことをして頂きました。どうせ先の無い汚れた女であるワタシの人生、それならば恩人であるロイス様へ一生を捧げご奉仕しようと決めたのです」
「そうか……」
ロイスとは年に数回会っていたが、彼の身内でそんなことが起こっていたのは知らなかった。俺達にも少しぐらい話してくれても良かったのになと思う。
しかし、あくまで彼の家系内でも話もあったのだろうから言いづらかったのだろう。
それに、男達に強姦され続け身も心もボロボロだったろうに五年の歳月でここまで回復したのだ。ロイスへ感謝する気持ちも分かるし、彼女の強さにも驚きが隠せない。
コハルも感動したのか涙を流しながらシャルの手を握っていた。
「シャルちゃん本当に大変だったんだね! こんなに立派になって偉いよ!」
「いいえ……今こうして自分の生きる意味を見い出せているのは、支えてくれたロイス様あってのこと。一人では到底……」
謙遜した後にシャルは顔を上げる。
「申し訳ございません。こんな所で立ち話をしてしまって」
「良いんだよシャルちゃん! よろしくねシャルちゃん!」
「はい、よろしくお願いします。コハル様」
改めて挨拶をし直す二人。
俺も便乗して挨拶をする。
「シャルさん、よろしく」
「……お願いします。さあ、お二人共こちらへどうぞ」
……気のせいか間を置かれ、彼女が俺から一歩退いた様に見えた。
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