第73話 横よ
「……」
服を着た犬型のコハル。
生前の世界で飼い犬に服を着せることが流行っていたが、理解できなかった。
実際身近なワンコが服を着ていたら可愛いと思うのかな思っていたが、こうして見てみると何とも言えない気分だ。
「ちょっとイットー! なんか凄い微妙な顔しないでよ! 可愛いでしょ! 私、可愛くなってるでしょ!?」
可愛い服ではないな。
どちらかというとレスキュー犬みたいな見た目だった。
「ま、まあ、可愛いかな?」
「絶対思ってないでしょ! いいもん、ちゃんと見ててよね! いくよ!」
コハルが姿を変えていく。
四足歩行からから二足歩行に変わる。
「お、おいコハル!?」
人間から犬型に変身する際は体格が変わるため、大型犬ではあるがだいたい服が脱げてしまう。
その反対を試したことが無いが、先ほどのレスキュー犬のようなパツパツの衣服はどうなってしまうのか。
「コハル止めろ! 服が!」
いや想像は容易い。
服が破けるならまだ良いが、首や肺が締め付けられてしまう。俺が止めようとするより早く変身してしまう。
「あれ?」
服は破けずゴムのように伸び、身体の前面はロールスクリーンの様に布が伸びていく。
「「……!?」」
皆が釘付けになる。
コハルが人間状態になり、ズボンから上着までピッチリと着替えることに成功していた。スポーツ用のスパッツやちゃんとブーツも身につけ、尻尾も窮屈そうでなくちゃんとズボンから出ていた。
下半身は見事な作りでどういう構造なのかと関心を寄せてしまうのだが……
「……」
皆がコハルの胸に集中しているに違いない。ただでさえ彼女の大きな胸が際立つのに、胸から腹を隠す前面の布が盛り上がり、ギリギリ隠せているが、その……肉が横にはみ出している。
もう隠さず言ってしまうと横乳がはみ出ているんだよ!
アンジュが目を細めながら現れる。
「また大きくなってたから、隙間のくさびは外したのよ」
「く、くさび……そ、そうだよな! ちょっとこれは過激すぎるもんな!」
「当たり前でしょ! こんなの着て戦うなんてどこの痴女よ! とにかく、この服はワーウルフ用に伸縮自在になるように作った軽装備。ちょっと重いけどワーウルフ事態の筋力もあるし、動きは阻害されない私の力作なんだけど――」
そこまで言うと、アンジュはコハルの横乳を軽くはたく。
「コイツの! コレのせいで調整が上手くいかないのよ! どうなってるのよコレ! 魔物って全員こうなの!?」
キーっと怒りにまかせてアンジュが胸を揉みしだく。
コハルは嫌がる所か勝ち誇ったように胸を張っていた。
どんな気持ちでいれば良いのか分からないうえに目のやり場に光景だった。
『イット君にコハルちゃんはいるか?』
くぐもった声が店内から響いた。
店内へ顔を出すと、常連のロジャースさんと、相方のリザードウーマンがいた。
相変わらずのフルフェイスで表情は分からないが、明るい声色である。
『冒険者ギルドからこれを預かってきた』
宛先も綺麗な字で、あの長いロイスのフルネームが書かれている。
これが何なのかすぐにわかった。
これは例の勇者パーティー勧誘状だ。
それを受け取った俺の様子に察したのか、アンジュが神妙な面持ちで聞いてきた。
「アンタそれって……」
「ああ、準備はもう整った」
これから、魔王討伐の旅が始まる。
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