第68話 マッチポンプよ
ガンテツ屋が存続できることが確定した夜のことだった。
「うわ――!! 料理がいっぱい!!」
目を輝かせるコハル。
食卓に豪勢な炒め物料理達が並んでいた。
「アンタ達、良くやったわ! 本当に感謝の言葉しかないわ!」
アンジュが満面の笑みを浮かべていた。
「うむ、イットにコハルよ。本当にありがとう。お主等の援助のおかげで、この店の存続、それにこの先も売り上げの見込める環境を整えてくれた」
ガンテツは、後ろから
「コイツは今月分の給料……いや、分け前じゃ、受け取ってくれ」
「え!? こんなに!?」
以前もらった100G入った袋の十倍はある大きさと重量。
それを見た俺は困惑を隠せない。
だが、コハルは素直だった。
「こんなにくれるの!? ありがとうガンテツ店長! アンジュちゃん!」
「こら、コハル! すみませんガンテツさん。俺達、こんなに良くしてもらう訳には……」
そう言うとドワーフ二人は――
「遠慮をするな。これはお前達の功績じゃ」
「そうよ! ちゃんともらってくれないとこっちの気が済まないんだってば!」
と、少し凄んでくる。
気持ちは凄くありがたいのだが……これらを受ける立場ではないのだ。
この一騒動の根本を話すべきかどうか、ずっと悩んでいた。
俺とコハルが昔捕らえていた城主を殺したのがきっかけで、アンジュ達の店が間接的だが潰れかかったのだ。
後ろめたさを抱えながら、思い出さないよう必死に仕事をし続けていた。
……だが、そろそろその時が来たのかもしれない。
「ガンテツさん……それにアンジュ」
「何よ! お祝いの時にそんな暗い顔して」
「実は……ずっと俺は隠していたことがあるんです」
俺は、全てをこの場で告白した。
我ながらズルいのは分かっている。
こうして、何もかもが上手くいった後に自分が犯した罪を告白する。これは許して貰いたいという弱い心の表れだ。
しかし、このまま黙って彼等から報酬をもらうのは騙していることになる。
いや……これも言い訳だ。
事の成り行きとはいえ、言うならいくらでも告げるタイミングはあったのにそれを言わなかった。
それが……俺の弱さだ。
話は全て告げた。
俺は、コハルを助ける為に城主を……たぶん商業ギルドの権威者を殺してしまったのだ。この店を潰し掛けた張本人は俺だ。
だから、報酬は受け取れない。
コハルに罪は無く、全て俺が彼を殺す計画を立てたのだと何もかも告白した。
室内は静まりかえり、誰も言葉を発しない。そう言えば、生前の時に謝っていたのを思い出す。
仕事場の上司に、
クレームを入れる客に、
幼い頃のいじめてきた同級生に、
引き取ってくれたおばさんに、
生まれ変わっても、まだ謝り続けていたな。全部その場しのぎ、上辺だけの平謝りだった。
でも、今回は違う。
心から、俺は謝罪する。
たとえ、それで許してもらえなくても……
謝りたい。
ずっと謝りたかったんだ。
俺は頭を下げ続け、どんな制裁をも受ける覚悟を決める。
彼等になら、俺はどんな仕打ちも受ける理由も義務もあるのだ。
「……それは、イット達のせいじゃないよ」
俺の頭に手を置いたのは、俺よりも背の低いアンジュだった。
「アンタ達は生き残ろうとした結果、何処かにツケが回ってきた。ただそれだけのこと」
「でも……それでアンジュ達が……」
「アタシ達の店も正直前から経営不振だったのよ。お父さん達の件があったからね。その話はただの事故よ」
ガンテツもアンジュに続く。
「イットやコハルお主達が逃げ出したから今ここにおる。そして困っていたワシ等を救ったのじゃ。その事実しかここにない」
「……」
「もし、お前が根本の原因だと言うのなら、今回で全て水に流そう。全てなかったことにする」
そして、一息ついた後にガンテツは更に続けた。
「そして、ここからは取り引きじゃ」
「取り引き?」
「ああ、最近店が忙しくてな人手が足りん。そこでイットにコハル、改めてここの住み込みで働いてもらいたい」
「え!?」
「いいのガンテツ店長!?」
俺達の反応にガンテツは頷く。
「うむ、それとお主等はいずれ魔王討伐へ向かうのじゃろ? ならば出発間際に装備を見繕ってやる。勿論給料も出してやるわい」
「そ、そこまでしてもらわなくても……」
「何じゃ? 良い条件だと思わぬのか?」
良すぎる。
いやいや、そうじゃない!
「完全に居候みたいなものだし申し訳ない気が……」
「遠慮をするなと言っとるじゃろ。相変わらず優柔不断な奴じゃ。ワシはイットとコハルお主等に感謝してもしきれないんのじゃよ」
そうすると、ずいずいアンジュが近づいてくる。
「イット! アンタ、私達と働きたくないわけ!?」
「い、いや、そういう訳では……」
「アタシはねぇ! ア、アンタ達と……働いてやらなくもないって感じかしら?」
そっぽを向く彼女を見て、俺とコハルは笑みを浮かべてしまう。
「本当に良いんですか?」
「無論じゃ」
「あったりまえでしょ!」
「やったー! これからも宜しくね! ガンテツ店長! アンジュちゃん! そして――」
コハルは屈託の無い笑顔を向ける。
「イット!」
「……おう!」
こうして、俺達はこのシバ・ネバカアに長い間滞在することになった。
ポイントカード施策を上手く行き、売り上げも少しずつだが上がっていった。
ガンテツに弟子入り志願する者も多く訪れ、従業員の数やお店も少しずつ大きくなっていった。
俺達の店に対抗するお店も予想通り現れるが、ポイントカードの本質に気付いて運営する店舗は中々おらず、四苦八苦している様子だった。
ただの真似では、このシステムを扱いきれないのだろう。
次第にこのポイントカードを他店の薬屋と共同で使用する案も上がった。
ガンテツ屋以外でも使えるポイントカードの提案だ。
俺はこの考えが上がるのも想像していた。
この世界は硬貨はあるが、紙幣はなかった。このカードという形式は嵩張る硬貨よりも圧倒的に軽く、そして便利でもあった。
いずれ、ガンテツ屋以外でも使えるようになり普及すれば、このカードは俺の世界にあった電子マネーに近い物として扱われるようになるのではなかろうか。
そう俺は想像している。
ある意味で、俺もこの世界の経済を変える切っ掛けを与えてしまったのか?
……なーんて思ってみたが、そんなことは起こらないだろう。
この先の商業の発展は偉い人達に任せよう。こうして俺とコハルは、ガンテツやアンジュ達と共に、業界の波をかいくぐりながらも怒濤の販売経営を営んだ。
そして、気付けば5年の月日が過ぎ去る。
この世界で、俺達は大人として扱われるようになった。
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