第66話 その結果よ
その後。
ガンテツ屋に訪れる数少ない常連のお客さんにポイントカードを配り、最近購入した商品の10%分のポイントを付加していった。
それと、彼等にお願いもする。
このガンテツ屋で始めたポイントカードシステムを口コミで広めてほしいと。
ガンテツやアンジュとは長い付き合いの彼等は快くその申し出を受け入れてくれた。
冒険者ギルドへ向かい掲示板にアンジュとコハルお手製宣伝用のポスターとチラシの配布のお願いをさせてもらう。一応チラシ配り何かもやってみることにしたのだ。
内容は、ポイントカードシステムの簡単な説明と初回ポイントカード入会者に10ポイントを付加するキャンペーンである。
10ポイントと聞くと俺の感覚ではお得に感じないかもしれないが、「1ポイント=1G」という文言は冒険者にとって馬鹿には出来ない。
1Gが100円相当の価値なら1000円分を無料で配っている認識だ。
初回のキャンペーンとしては十分だった。
「お客さん、来てるわね……」
「ああ、凄いまともな店みたいだ……」
アンジュが店内を見渡す。
沢山居る訳では無いが、数人程見ない顔のお客さんが来店されていた。
「すみません、これください」
一人のお客さんがレジまでナイフを一本持ってきた。
「はい、20Gになります」
「ねぇねぇお兄さん。これももっと安くならない?」
「すみません、ウチではそういったサービスは行っておりません。その代わりポイントが付きますので」
「ぽいんと? ああ、チラシに書いてあったアレね」
どうやら、何かしらのチラシで施策を見てきたのだろ。
客は続けた。
「そのポイントって奴はいらないからさ。その分安くしてよ」
「うーん、別にポイントを付けているから安くしてる訳じゃないんですよね……それじゃあ、今回初回限定で付く10ポイントでそちらのナイフに使って頂ければ良いのではないでしょうか? それか、こちらとご一緒に」
と、俺はレジ横に置いておいた例のアサバスカ産の薬草入り
「何だこの薬?」
「ウチでしか売ってない
「10G!? 随分安いな!」
店内に客の声が響く。
それもそのはず回復薬の市場は割高で、10Gなんて値段で普通買えない程安い。
一本安くて20Gから50G。
高いので200G。
もちろんこれは1本の値段である。
現実世界の栄養ドリンクみたいな物だと認識していたが、冒険者や怪我人の命を繋ぐ生命線の商品だ。
「お、おい……これ、まがい物じゃないだろうな?」
「長年やってるこの店が、そんな物売るわけないでしょ。薬草の生産地と瓶の形で値段を落としているんですよ。デメリットを言うなら、少し効き目にムラがあるそうです」
セールスマンに教えて貰った簡易説明で、お客さんは何とか納得してくれる。
「それで、その薬がどうした? まさかくれるのか?」
「正確には、ポイントカードを作ってその場で使って貰うんですけどね」
俺が居た世界では、カード発行日はポイントの使用が出来ないという所が多いが、今回その場で利用できるようにしている。
「なので、値引きの代わりこの回復薬をお渡しするということで如何でしょう? 実質10Gがタダで手に入っているので、そのナイフを10Gで手に入れているのと同じですよ?」
「うーん……わかった。それで手を打とう」
「まいどありがとうございます。あっナイフ分のポイントは付くので、2ポイント貯まります」
「お、おう。ポイントもくれるのか?」
「はい、次回の買い物で使って頂くか、武器防具の修理でも使用できますのでご利用下さい」
「修理にも?」
このポイントは修理にも使用できる。こんな感じで着実に客数が増えていった。
更に、一週間が経つと予想通りの展開になっていく。
「ちょ、ちょっとイット!?」
「何だよアンジュ?」
「回復薬が……また売り切れ寸前なんだけど! 発注お願い!」
そう、この価格破壊を起こした回復薬の売れ行き……いや、消費量が凄まじいのだ。
10%等の付与率の高いポイント制度に見られる傾向として、安い商品へのポイント消費へ思考が移りやすい。
この前ロジャースさんの前で実演した話だが、買った商品の10%に付加されるポイントだ。そしてポイントを消費した分の価格にはポイントが付かない。
この仕様を少し考えると、単価が高い商品へポイントを使うとせっかく多く付加されるポイント数が減少する。
そうなると、ポイント付加率が少ない商品、もしくはポイントを使い切って買える商品……つまり単価の安い商品へ向かっていくのだ。
そして、その先は部品や素材品を除くと、ガンテツ屋で最も安い商品は例の如く価格破壊を起こしている回復薬である。
激安の回復薬の噂を聞きつけた新米の冒険者など新規顧客需要だけでなく、空き瓶へ入れ替え瓶を装備しづらい問題を克服し節約を計る中堅冒険者達も集めることが出来た。
更にこの回復薬、仕入れ値がとても低く粗利で考えると悪くはない。
売れても良いしポイント消費としても良い。プライベートブランド商品は成功だったのだ。
それから三週間程。
「パーティ全員分の装備を見繕ってほしい」
「はーい、ただいま!」
客数が増えた。
お客さんがパーティ単位で訪れることがかなり多くなり、一回の会計額が高くなった。会計をまとめればその分大量のポイントを付与されるからだ。
こういう増え方は想像していなかったが、相対的な単価が間違いなく増えている。
例の回復薬も新規顧客を呼びやすく、他の薬屋からクレームがあるかと思いきや品質や品揃えの違いによる差分が出来ていた為、今のところ無い。
ポイントの使い方もなるだけ単価の安い物、ポイントが付与されない修理等のサービスに活用する傾向が出てきた。この策略は思った通りの方向性に傾いてきた。
全品10%のポイント付加という実質値引き。だが、それの消化方法が確立され安定した高収入を得ることが出来るようになった。
「イット! ボサッとしてるなら、レジ番してて! アタシはあそこの団体さんの案内するから!」
「ああ、わかったよアンジュ」
「イット! 常連さんに呼ばれちゃった!」
「ああ、接客してこいコハル」
「うん!」
女性陣は忙しそうに接客に向かっていく。
俺はポイントカードの兼ね合いでレジに廻ることが多くなった。
二人がレジを使えないことはないのだが、たまに操作を間違えてしまうこともあり、今後使いやすくするようにこの魔道具も改良の余地があるのだろう。
「あのーすみませーん」
突然呼ばれ、条件反射的に顔を上げる。
「はい、いらっしゃいま……ってベノム!?」
「ははは、久しぶりだね少年」
悪戯な笑みを浮かべた私服のエルフ、ベノムがカウンター越しに居た。
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