第65話 値引きよ

 皆ポカンと口を開け呆然としている。

 何を言っているのかわからないといった表情であり無理もないのは重々承知している。

 だから説明を始める。

 さて、どこまで上手く説明できるのやら。


「このギルドカードを元にして作ったカードに商品に応じた値段分のポイントを溜めていくシステムなんだ」

「ちょっと待って! アタシ達にもっとわかりやすく言いなさいよ! そのって何? 点とかって意味であってるの? 要点とかそういう意味?」

「ふーむ……魔術の呪文に"ポイント"という一文があるのをは何かしらで聞いたことがあるんじゃがそれか?」


 う……そこからか……

 下手に横文字を使うと、ややこしくなる。

 もっと、お客様に教えるような感じで……


「なら……この世界に商品券ってあるのか?」

「しょうひんけん?」

「いや、わからないならいいんだ! ならこうしよう。ポイントと言うのはこのお店で使える新しいお金として考えてほしい!」

「金じゃと!?」

「あくまでこのお店でしか使えないお金だと思ってほしい。実際には現物の無いお金だから、実際のお金ではないんだ。言ってしまえば、お客さんがウチでどれだけ物を買ってくれたかを示す数値だ」


 渋い顔を見せるガンテツ。

 もしこのポイントシステムが無い理由が通貨偽造罪みたいな物の関係で、複製や勝手な増加をしてはいけないという物があったとしても、これはあくまウチのお店で行っているサービスであることは現状言えるはずだ。

 ……と思う。

 あまりお金だと例えてしまったのがよくなかったかもしれない。

 しかし、他の良い言い回しが思い付かない。ガンテツさんの様子を窺いながら話を進める。


「今回このシステムを使ったポイント還元率は、俺から提案すると10%が良いと思う。単価がこの店は高く、値引きをしない方針が顧客に認知されているならこの施策は相性が良いと俺は思っている」

「何よ、そのかんげんりつって言うのは?」


 アンジュが思っていた通りの質問をしてくれた。


「買った商品の値段に対して10%……100Gの商品を買えばその10%、10ポイントの点数がこのカードに加算されるんだ。点数みたいに考えてくれれば良いよ。そして、買えば買うほどポイントはもちろん貯まっていく」

「その点数が増えるとどうなるのよ?」

「この点数はこのお店にとってお金だ。1ポイント1Gとして使える」

「……え、それって」

「つまり今の話の流れで言うと、このカードに貯まった10ポイントを消費すれば10Gを消費したのと同じように買い物が出来る。10G以上の商品でも追加でお金を払って貰えば購入することが可能ということなんだ」


 俺はロジャースさんにポイントカードを手渡す。


「せっかくだからこの前高額商品を買ってくれたロジャースさんにポイントを使って貰おう。実演だ」

『……いいのか?』

「はい、この前購入したそのヘルメットは1200Gなので120ポイント貯まっていることになります」

『1ポイント1Gという話だったな……つまり120Gも貰ってしまうことになる。そんなに良いのか?』

「ええ、その分以前に買ってもらっている証拠ですからね。今日は何か購入しに?」


 そう訪ねると、ロジャースさんは飾ってある盾に顔を向けた。


『今日は彼女の装備する盾を選びにきた。せっかくだからその貯まったポイントを使ってみるか』


 ロジャースさんがそう言うと、連れのリザードウーマンは遠慮したように慌てて首を横に振るが「気にするな」と彼は半ば強引に盾を選び出した。


『どれ、カイトシールドが良いと思ったが……彼女は背が高いからタワーシールドが丁度良いかもしれないな。値段が少しするがポイントとやらがあるし、これにしよう』


 彼がおもむろに取った大盾をリザードウーマンに手渡す。

 俺達からしたら二人分は隠れられる位の分厚い鉄板の壁のようなそれも、彼女が持つと丁度身体全体を守れる立派な盾に見える。

 彼等は何やら話し合い、ロジャースがこちらを向く。


『よし、これをもらおう』

「はい、それじゃあ150Gになります」

『さっそく、ポイントカードとやらを使わせてもらおう』


 先程渡したカードをさっそく受け取り作った魔道具マジックアイテムにかざすと貯まっているポイントが表示される。


「ありがとうございます。それでは120ポイント貯まっておりますが、使いますか? それとも更に貯めておきますか?」

『ほお……使わないという手もあるのか』

「はい、次の買い物の為に取っておくか、今使ってしまうか選べます」

『なるほど……なら、今回はせっかくなので使わせてもらうか』


 と言うことで、150Gの盾に120ポイント使い残りの30Gを現金で支払った。

 支払った30G分のポイントがカードに付加された。


『ふむ……またポイントが貯まったのか』

「はい、ポイントを使った分はポイントが付かないけど、Gで支払った分は貯まる仕組みです。今回は30G分なので、3ポイント貯まりますよ。また違う商品で使ってもらうかまた買い物をして貯めてもらえれば」

『なるほど……』


 自身のポイントカードを見つめた後、ロジャースさんは遠慮する相方のリザードウーマンへ盾を手渡した。

 コハルが「良かったね!」と嬉しそうに二人を見守る所までで、ガンテツは俺の前まで出る。


「イットよ……」

「はい、何ですかガンテツさん?」

「お前が言うとるそいつは、ただの値引きじゃ。商品を買って貰う為、客にその商品の10%の金を渡しておる。これは物の値段の価値を下げる行為じゃ」


 やはり引っかかってきたか……

 値引きを良しとしないガンテツさんにはポイントカードの方式が良いと思ったのだが……俺は反論する。


「いや、値段は下げていない。普段通り値引きはせず、その代わりにポイントが付くという言い訳をすればいいんだ」

「そういうことを言っているのではない! 結局それは10%値段を下げているのと変わらんと言っとるんだ!」


 ……そうだ。

 このポイント還元制度は、顧客にそう思わせる戦略だ。


「はい……確かに形式上値引きはしている。だが、考え方によっては、絶対に最初は値引きをさせずに購入をしてもらえる。そして、高確率で次の買い物にきてくれる。ガンテツさんの心配している所は、値引きして手に入れた装備に慢心させてしまうという懸念。その条件はクリア出来てるはずです」

「しかし、今のように150Gの物を120G分も値引きをするなど正気ではないぞ!」


 俺は一度頭の中を整理して言葉を繋ぎ合わせていく。


「確かに、を見ればそう捕らえられる。でも前回ロジャースの買い物を考えてもらえば1200Gの高額商品を買ってくれたんです。1200の10%、120Gを今回カイトシールドより高いタワーシールドに単価上げも出来ました」

「それでも、150Gの商品を120G割引するなど……」

「30Gで売ったと考えず、1230Gが売れて10%のポイント付加もなくなり3ポイントで収まったと考えるんです」


 一つ一つを見ていくと大幅値引きにしか見えないが、ポイントカードという特性は一回の会計で完結しない。

 ポイントが付き、それを使うまでの流れが生まれている。


「これは、追加購入の誘発。つまりは、リピーターを増やす施策なんですよ」

「ふん……浅はかな考えじゃ」


 ガンテツは俺を睨んだ。


「良いかイット。その施策を導入するということは、結局値引きをすることを宣言しているものじゃ。定価で買い続けた客がそのポイントとやらを多く貯めたとする。そして、高額の商品にポイントを使うとなったら、ソイツはタダで高額な武具を手に入れてしまうことになりかねない。自分の実力以上の代物をじゃ」


 ポイントを過剰に貯める可能性。

 実はそこにもある人間の心の動きがでるのだが、今それを説明しても納得はしてくれないと思う。

 今のガンテツさんが問題視しているのは、値引きをしてしまったことで、本来手に入れるはずの無かった武具が手に渡ってしまうことだ。

 本来手に入れるはずの無い力を……

 ……ああ、そういうことか。今更ガンテツさんのことが分かった気がする。

 なら、ここは受け入れべきだろう。


「……認める」

「……急になんじゃ?」

「俺がやろうとしているこのポイントカードは、確かに遠回しな値引きだ。近い未来、そのツケが回ってくるのは確かだ」


 俺はポイントカードを一枚取り出した。


「でも、お客さんがという一面がこれにはある。これはお客さんを甘やかしていることではないはずです。自分の身の丈や今後のことを考えさせる選択を与えているんだ」


 俺の居た世界のポイントカードも、使用するかどうかを選んでいく。

 ポイントを使うかどうか、どちらが今の自分に取って最善かを考えてもらう。

 そこに甘えや奢りという考えはない。

 寧ろ、自分の先の未来を多かれ少なかれ考えているのだ。カウンターパンチではないが、値引きの話で食いかかるならこちらにも言い分がある。


「ガンテツさん、貴方だって俺達が来た初日に、いちゃもんを付けてきた冒険者に打ち合ったショートソードを上げたでしょ」

「……」

「冒険者業って、何もかもが無事な状態で帰ってこれる訳がない。魔物を倒してこれたとしても、装備は壊れていたり、武器が壊れたり、そしてお金を無くしたりもする」

「……それは当然じゃ、この業界は甘くはないからな」

「じゃあ、何であのお客さんに商品をあげたんですか? それに魔物の倒し方のアドバイスまですると言ったんですか?」

「それは……その場の流れじゃよ」


 確かにそうかもしれない。

 だが、俺はそう思えない。


「ガンテツさん、貴方は優しい人なんだよ。悪態をついてきた冒険者に、流れだったとしても商品をあげたりしない。少なくとも俺は腹が立って出来ないと思う。でも、貴方は利益よりも赤の他人の行く先を心配する人なんだと思ってる」

「だったら……何だと言うんじゃ」

「だから、俺は貴方の気持ちを考慮した値引きの仕方を提案したんだ。貴方は値引きすることを本当に拒んでいる訳では無い。冒険者が自分の身の丈に合わない武器や防具を手に入れ慢心を持ってほしくないんだよ。自分の作った物のせいで死んでほしくないって」


 俺も、自分が作った弓矢が俺の育ての親である魔物のマチルダを貫くところなんて想像したくないし、これを買った冒険者が作りが悪かったせいで命の危機に晒されてほしくない。何かを殺める物を作っているのに、これに携わる全てに死んで欲しくないという矛盾した気持ちをこの鍛治士という仕事を通じて感じた。

 そして……俺は更に言うか言わないか迷ったが、それでも言うことにした。


「本来手に入ることの無い強力な力を手に入れてしまった……それを止めることが出来ず大切な物を失った。だから、俺の提案するこの世界にはまだ無いシステムを拒み、値引きも拒む気持ちは理解してるつもりなんだ」

「……」

「……ごめん……ガンテツさんの心の内を知ったような口を利いて。しかも意に反して値引きの話を提案してしまって。俺みたいなヨソ者の……ましてや、貴方の家族を追い込んだ勇者と同じ世界の人間になんて言われたくないと思う」


 俺は俯き、拳を作る。


「……でも、俺もここがなくなってほしくないんだ」

「イット……お主……」

「俺は、俺の居た世界の知識を教え、それを実行することしか出来ない……たとえ誰かが考えた知識を真似して持ってきた浅知恵だったとしても、それが少しでも誰かの救いになるなら、俺を好きなだけ罵倒してくれても構わない」


 俺は真っ直ぐガンテツさんを見た。


「それがこの世界に来た俺の存在理由なら」


 しばらくの沈黙が流れる。

 やがて、溜め息を漏らしたのはガンテツだった。


「……今は、この店を残すことが先決か」


 ボソッと呟く彼は続ける。


「プライドを捨ててでも孫の為にこの店を畳むわけにはいかんからな」

「ガンテツさん……」

「わかっていても守れなかった者達を見送る人生じゃった。だから、何とか止めようと意固地になっていたのかもな……」


 ガンテツは目を伏せ頷く。


「もう、後が無いと言うのにジジイは頑固でな。イットよ、お主の言う施策をやろう」

「――ありがとうございます!」

「どうか、頼む」


 彼は、ゆっくりと頭を下げる。


「どうか、この店を助けてくれ」


 いつかに見た彼のお辞儀、それに伴ってアンジュも頭を下げる。

 俺は必ず達成しなければならない使命感に駆られた。

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