第58話 薬品セールスマンよ
一通り価格調査を終えた俺達がガンテツ屋に帰宅する。
すると、店内がまたも騒がしかった。
店内に入ると、カウンターで半月のように釣り上がった目つきのアンジュと、何やら褐色肌に白髪の若い兄さんが言い争っているように見えた。
「だから!! 今そういうのやってる暇ないんだってば!!」
「お願いするっすよ! ガンテツ屋さんだからこそ売り込みに来たんすから! 絶対コレ売るっすから!」
何やら褐色兄さんはカウンターに鞄を広げ、瓶をいくつも並べていた。
気になるし無視することも出来ないので、とりあえず帰宅報告する。
「ただいま……」
「ちょっとアンタ達遅すぎ! 怪しいセールスマンが来てるのよ! イット、アンタが何とかしなさい! コハル! アンタもこの胡散臭いダークエルフを噛んで良いわよ!」
「噛んで良いの!?」
セールスマンでダークエルフと言われたお兄さんは、笑顔を崩さずたじろぐ。
「勘弁してくださいっすよ! 確かにウチは無名の薬メーカーっすけど今回の
「
セールスマンは、俺が反応に待っていましたといった表情を見せ、緑の液体の入った瓶を取り出す。
「そうそう! 冒険者の必須アイテムである
「だからさ……ウチは武具屋なんだから売り込み先を間違えてんのよ! 近くに薬屋があるんだからそっちに行きなさいよ!」
「いや~それがっすね……」
話によると薬屋も、自家製の薬の販売が多く質の戦いでは負けてしまうらしい。
委託で請け負っている薬屋に置くのが無難だが、他社競合との競争が激しくネームバリューの無い無名のメーカーでは値段を安くしても売れないことがほとんどだそうだ。
「そこで! 俺は考えたんすよ! 冒険者市場には薬屋意外に薬を置ける所は武具屋だってことを! 武具屋で金を使いすぎた冒険者に格安の
考えとしては確かに有りだと思う。
セールスマンを睨むアンジュが訪ねた。
「なら、尚更何でアタシ達の所に来たのよ? 正直他のお店に置いた方が売れるんじゃない? 見てよこの客のいない状況を」
素直なアンジュの発言が心苦しいが、ウチに置くメリットの話になると確かに疑問だ。セールスマンは口ごもることなく答えた。
「単純っすよ! ガンテツ屋さんのネームバリューを借りたいんす!」
「うちのネームバリュー?」
「そうっす! 冒険者界隈では有名っすよ! 物の質は良いけど値引きは一切しない老舗。値段は高いが武具屋の中でも信用度はかなり高い。そして看板娘も可愛いって!」
「へ、へー……悪くない気分だわ……」
まんざらでも無いアンジュはほっといて、とにかくセールスマンの言いたいことはわかった。
「なるほど……プライベートブランドに似ているな」
ガンテツ屋問わず、この世界はどちらかと言うとオーダーメイド商品を扱っている店が多いみたいで、あまりこういった考えに至らなかったのだが、この戦略は有りなのかもしれない。
プライベートブランドとは、小売店が独自ブランドとして出した商品だ。
いわゆる限定商品というのがわかりやすいだろうか。
俺の居た世界のプライベートブランドは、基本的に他の商品より値段が安いのが特徴だった。
だが品質が低いわけでは無い。
例えばポテトチップスに関しては中身が全く同じでパッケージ違いでただ値段が安いなんてこともあった。
他の物に関しても、ただの色違いや付属品が多いなどいろいろな得点のある商品として並んでいた。
もちろんこれで利益が取れるのかと言われたら……実はめちゃくちゃ利益が取れるのだ。その仕組みはここで考えても仕方ないので止めておくが、とにかくこの話はやりようによっては間違いなく武器になる。
「ちょっと、その商品を見せて下さい」
「イット! まさか承諾する気?」
「い、いや、ちゃんと商品を見定めてからでも遅くはないと思うんだ。思っていた以上に質が良くて安く仕入れられるなら、俺はこの人と契約したい。もちろん質があまりにも悪ければ寧ろ契約しない方が良い」
それを聞いたセールスマンは待っていましたとカウンターの上に液体の入った瓶を数本並べた。
「これがウチで提供する
見た目はまんま俺達の世界で沢山見てきた円柱状の栄養ドリンクの瓶だった。
実はこの世界でこの形の瓶はあまり出回っておらず、独特なひょうたん型の形状をしているのだ。
「何か持ちにくそうね。これって研究者が良く使う瓶の形じゃない」
アンジュの一言に、セールスマンは自信ありと言わんばかりに返した。
「これはガラス職人が、もっとも作りやすいシンプルな瓶の形状なんっすよ! まずそこのコストをめっちゃ削減してるんっす!」
セールスマン曰く、ひょうたん型の瓶は冒険書用ベルトに引っかかりやすい形状になった物だが、近代のベルトにはショルダー付きの物が多くそこに薬品を入れる者も多いという調べ(当社比)だそうだ。
「大切なのは中身っすよ! それじゃあ試飲をお願いするっす!」
カウンターに
飲む前に皆考えることは同じで、まず匂いを嗅いでみる。
即座にアンジュは微妙な顔を見せた。
「……臭くは無いけど植物の匂い。青臭い感じ?」
「……あれ?」
それに比べて驚いたようにコハルが一生懸命に匂いを嗅ぎ呟く。
「なんか……なつかしい匂いがする」
「なつかしい匂い?」
「うん。何でだろう? 何か昔から知ってる匂い」
俺も嗅いでみるが、アンジュの言った通りの青臭さのみで、懐かしさは感じなかった。セールスマンが説明する。
「この青臭さはアサバスカという遠くにある雪山で採れた薬草なんすよ」
「雪山……」
「そうっす! そこで採れる薬草には環境の影響からか本来の薬草より栄養素が凝縮していることを俺等は発見し、少ない原料で
セールスマンの話はそっちのけで、雪山という単語に俺は引っかかった。
コハルが懐かしいと言ったのは、もしかしてそのポーションの薬草があるアサバスカと言っていた山が、もしかしたら彼女の古里なのでは?
そう言えば、合ったばっかりの頃に雪が降っていた言っていたような……
いいや、考えすぎかもしれない。
「ささ! 皆さん飲んでみてくださいっすよ!」
すすめられ、口に含んでみると味はそれほど悪くなかった。
アンジュが感想を述べる。
「何か、花の蜜みたいほんのりとする感じ……」
「そうっす! 従来の薬は蜂蜜をまんま使っているんで、比較しちゃうと正直他社より味は負けてるっす! けど、花をそのまま原料に使っているんで悪い味では無いはずっすよ! 物は言い様じゃないっすが、癖が無くて飲みやすいっすよね!」
自分で言うなよ。
それに悪く言えば薄味だ。
しかし、確かに不味いわけではなかった。
確かにこのレベルの味なら売っても問題はないと思う。
ただ値段が安いという反面、ちゃんと
確かめる手段は、やはりこれしかないな。
「
薬に魔法を使い成分を分析する。すると、セールスマンは驚いた表情を見せた。
「おお! その年で
「ああ……ちゃんと効果があるのか分析を……」
「ならちょっと待っててほしいっす!」
そう言うと、セールスマンは外へ駆けだしていく。しばらくすると、息を切らせて戻ってきた。
「この……近くで売ってた
「え!? 今買ってきたんですか!?」
「そうっすよ! 他社製品との比較っす! ウチの商品も何本か置いときますんで、好きなだけ調べてほしいっす! 時間掛けて良いんで!」
「あ、はい……」
セールスマンの必死な対応に、俺は思わず頷いてしまった。
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