第56話 市場調査よ

 朝から俺とコハルは市場調査の為に出かける。

 近辺にある武具屋を俺達はちゃんと知らなかった。まずは、周りの店の傾向や特別なことをやっていないかの調査だ。

 以前クレーマーが話していた一番近くて安い店に足を運ぶ。店内の面積はガンテツ屋より広く、冒険者らしい人達は朝からそれなりに居た。


「イット! ウチのと同じ物売ってるよ! しかも安い!」

「シッ! あまり大きい声を出すな!」


 コハルが指さすと、そこにはショートソードが乱雑に刺さった樽があった。


「えっと……60G。本当だ、ウチよりも凄く安い」


 約6000円だ。

 ガンテツ屋のショートソードは85G。

 25Gの差は日本円で2500円の差と同等と考えると確かに普通はこちらを買うな。

 他の商品も一通り見てみると、やはり1割引き以上の値段で安い。

 こんなので元が取れるのか?

 とりあえず、ハンドアックスを1本取ってみる。


「あれ? 軽い?」


 ハンドアックスが思いのほか軽かった。

 ガンテツさんの所の物はもっと重みがあったのに……

 そう言えば、ガンテツさんが型に鉄を流し込んで作った物と言っていた。

 この軽さも関係があるかもしれない。


解析魔法アナライズ!」


 俺は人の目を気にしつつハンドアックスを解析してみる。

 するとアックスの刃の中に所々大きな空洞が出来ていた。

 素人目で見ても耐久性に不安を覚える。

 この値段の違いは、まさに素材費と制作費の差のように思える。


「おいガキ共……ウチの商品に何やってんだ?」


 コハルと共に後ろを振り返ると、店員の男が眉を吊り上げ立っていた。


「い、いや、あの……」

「ガキは出て行け! 遊び場じゃねえんだ!」

「きゃん!?」


 店員に追い出されてしまった。







 他の店も見て回る。

 店内を小綺麗にし、武器に宝石やら装飾を施した女性をターゲットにした店。

 付加魔法エンチャントを購入者に無料で付ける店。

 商品購入者に娼婦館の優待チケットを配布している店。

 他に指の数では収まらない程の店があり、様々な経営戦略が見て取れる。ハッキリ言って武具屋と薬屋が飽和している。

 これは……たとえ、ガンテツ屋の商品が良かったとしても、埋もれてしまうのは容易に想像が付く。







 次に冒険者ギルドへ向かった。

 冒険者への依頼を集めた国の運営する施設らしい。館内は時間帯のせいか、冒険者の数は疎らだ。


「もしかして、ロジャースさんいるかな!」


 コハルは辺りを見渡す。

 そうか、前に店へ来たロジャースさんはまさに冒険者だった。

 いや……傭兵だったか?

 とにかく彼が居てもおかしくない場所ではある。


「これはこれは……ずいぶんと可愛い冒険者さん達ね!」


 俺達が店頭でキョロキョロ見回していると受付と思わしき制服を着た女性が近づいてきた。笑顔で俺の目線に合わせてくれる優しい受付嬢さんは問いかけてくる。


「こんにちは! 何か依頼でもあるのかしら? それとも見学とか?」

「ああ……えっと……」

「私たち、しじょうちょうさ? しに来ました!」


 コハルが元気よく答え、俺が正直に内容を補足する。

 自分達がガンテツ屋の従業員であり、昨今の冒険者達の傾向……まさに市場調査の為に冒険者ギルドへ訪れたのだと説明する。

 すると「まだ子供なのに偉いわね!」とお姉さんはいろいろ説明してくれた。

 余談も多かったので、まとめてみるこんな感じだ。


 国王側近の貴族騎士の生まれであるロイスが転生した勇者であることが知れ渡ると、この国に多くの冒険者が募るようになった。

 元々立地上各国から冒険者が募りやすい大国であったが、特に国民や近隣の村々から冒険者志願者が増えたそうだ。


「若い駆け出し冒険者さんが増えましたね。昔はおじさんが多かったのですが、今は若い子達が増えてギルド自体は活気づいてるわね。人員も多くなったわ! 元々人手不足の業界だったから、この傾向は助かっているのよ!」

「なるほど……それじゃあ、顧客自体は増えたのか。でも、何でウチにお客さんが来ないんだ? やっぱり立地が……」

「あら? ガンテツ屋さんの所は、あまり売れ行きが芳しくないのかしら?」

「はい……なので調査しに来たんです」

「そうね……たぶん理由は簡単だと思うわ」


 お姉さんは少し困った表情で答える。


「たぶんだけど……お金がないのよ」

「お、お金がない……」


 一番頭を抱える言葉が飛んできた。

 一応理由は尋ねてみる。


「冒険者って結構お金が掛かるのよ。装備一式を揃えるだけで約300G。それと装備の整備費が熟練者であればある程かさむ。宿は一日40Gぐらい。馬小屋を借りて寝泊まりしている人も居るって聞いてるわ」


 初期投資費用が300Gということは約3万円。しかも壊れる可能性の高い消耗品で、かつ衣食住も稼がないといけないとなるのか。好きでなくては始められない趣味の金額だ。

 いや、生活もかかった仕事として考えれば安いものなのか。

 仕事の内容にも寄るけれど……

 お姉さんが続ける。


「そして最近新人さんが多いのも相まって事故も多くてね」

「事故?」

「そう、冒険者さんの実力不足もあるのだけれど、最近武器や防具に粗悪品が多く出回ってるみたいでね。不慮の怪我や最悪死んでしまった何て話も聞いているわ」


 何てことだ。

 俺は先ほどの空洞だらけの剣や、いつかのクレーマーが取り出した剣を叩き切るガンテツの姿を思い出した。とっさの時にあんなことになると考えたら……

 それが、安さの意味なのかもしれない。


「そんなこんな経費が余計に掛かってしまったりで、特に新人冒険者さんは余裕がないのよ。物探しや下水道の害虫駆除みたいな安い仕事しかほとんど廻ってこないし、かといって油断すれば致命傷になることもある……でも、武器防具もどうせ壊れるなら格安の物をって考えてしまうのでしょうね」


 負のスパイラルだ。

 安い仕事しか受けられないから、安い武器や防具しか買えない。

 だが、ちゃんとした装備一式揃えなくては死ぬかもしれない。

 俺は何だか疑問に思ってしまった。


「すみません……全然違う質問なんですが……こんな事を武具屋の俺達が聞いてはダメかもしれませんけど、どうして皆さんは冒険者を目指すのかわかりますか? 聞いてる限り報酬の割に凄く過酷な仕事ですよね?」


 俺の質問にお姉さんは、うーんと軽く悩んで見せた。


「……そうね。本当にいろいろな人が居たわ。名誉やお金の為、復讐の為や、いろいろな世界を見て廻りたい為。多くの理由を聞いてきたけど、多くの人達が共通して最初に言う言葉があるの」

「最初に言う言葉?」


 お姉さんが一つ咳払いした。


「対した理由なんてない。ただ冒険者になりたかっただけだ……です!」

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